第二十五話:レートニイ+α登場
あれから二日、ギルド禁止期間の一週間が過ぎ去った。だが、聖はというと…部屋のベッドでぐっすりと寝込んでいた。静かな寝息をたてながら、頬を緩ませ幸せそうな表情だ。それもそのはず、昨日でやっとメルシーの特訓は終わったのである。今日からギルドの仕事を行うことは可能だったが、聖にその気は全くないようだ。
ベッドの横の壁に貼られたカレンダーには、一週間後に小さな赤丸と一言書き添えてある。
<ギルド開始かも>
どうやら、このまま最低一週間はのんびり過ごすことを計画しているようだ。事実、メルシーにはさらに二冊の本を買い与えることで、ギルドに行くのを伸ばしてもらってあった。これで万全と思っていた聖だったが、不覚にも一人の男の存在を忘れてしまっていた。他人の都合などお構いなしのあの男を。
「すいませーん!!聖君いますかー!」
ドアのノックする音と共に、こんな朝から大音量の声が響いてきた。その声だけで見事に聖の安眠は妨害されてしまう。聖は寝ぼけながらも、反射的に意識を外から聞こえてくる声に集中させた。
「おはよう。レートニイ君。聖は寝てるわよ。…そうね、ちょうどいいから起こしてきてくれる?」
「お安いご用です。実は、俺今日聖君と約束してるんですよ。だからすぐに……」
…してないぞ!思わず心の中でつっこんでしまう。しかし、聖の心の叫びなど無視して、階段を上がる足音が聞こえてきた。しかも駆け足で迫ってきているようだ。声同様に足音がやかましい…
(母さん…レートニイを起こしに来させるなんて…普通追い返すとかさ…もっとこう…なにかないのかな。僕疲れて寝てるんだよ。)
ガチャッ…レートニイがドアを勢いよく開け放った。静寂…聖の部屋には、息遣いの音もしなかった。ただ…ベッドの上の毛布が人型の膨らみが見えるだけである。軽く辺りを一瞥し、そのままの足取りで聖のベッドの毛布に手をかけ、掛声と共に力の限り引っ張ったレートニイだったが…まだ温かいぬくもりがあるだけで、聖の姿は見えなかった。
「あり…聖は……やば、逃げたか。」
レートニイは念のためベッドの下を手探りで探した後、溜息混じりに呟いた。
「ふぅ…絶対レートニイに捕まったら、仕事やらされるからな〜。とりあえず、帰るまで森で時間つぶそうかな。」
聖は手に刀だけ持って、寝巻き姿のまま窓から逃亡を図り、家の裏側で静かに佇んでいた。刀を手に持ったのは、反射的に手が伸びてしまったのだろう。あまりに今の格好と不釣り合いである。
「でも風の精霊の力って便利だな〜。二階から飛び降りても全然平気だし。これは、メルシーの特訓の賜物だな。」
実際聖は、毛布を少し内側から人型に膨らましたり、着地の際風のクッションを即座につくりこの難を逃れたのであった。
今の聖の能力…メルシーが傍にいれば話は別だが、大気に漂う無数の風の精霊、簡単に言えば実態化のできない力の弱い精霊の力を、聖の意思である程度自在に操れること。メルシーと魂の契約を行ったからこそできる芸当であり、メルシーの精霊としての力が高くなければ、決してできないだろう。つまりは、何の契約も交わしていない精霊を扱うことになるのである。
この信じがたい能力を、聖はわずか一週間たらずでものにしたのである。まさに異才。その聖の姿を、さらに後方で驚きの表情で眺めていた者がいた。素人目には決して分からない。その力の片鱗を。
「嘘…精霊の姿も見えないのに。…さっすが、聖お兄ちゃん…でも…私の方が強いもん。…よし、試してみよう。絶対逃がさないからね。」
またもや、朝から聖の災難は続く…