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第二十四話:昔話と聖の明日(後編)




 ローラは言葉を発するのを止め、目をそっと瞑った。いつにない真剣な表情、しかし、その様子は恐怖に囚われているのではない。むしろ過去の自分を悔いているように感じられた。


 __今から六年前、ちょうど今日のような晴れた日の午後、アミリヤと聖は引っ越しの挨拶にやってきた。驚くほど若そうな母親、短い髪が風のそよ風を浴びて揺れていて、その明るく活発そうな瞳に、思わず魅入られてしまいそうだった。そのアミリヤが手を握りながら連れてきた少年は、綺麗な金色の髪が太陽の光に反射し輝いて見え、育ちの良さそうな印象を受けたが、アミリヤに促され、俯いて下を向いていた聖が顔を上げ、目を合わせた瞬間、漆黒の目…自分を貫く鋭い視線に体が硬直し、何の言葉も出なかった。その様を、悲しそうに微笑みながら、お辞儀をするアミリヤ、何の感情も感じられない聖…


 ローラが目をつむった仕草を見たアミリヤは、今も悲しい笑みを浮かべていた。


__ローラが恐怖を感じるのも、仕方のないことだとアミリヤは思った。でもしょうがないのだ。聖のせいではないのだから。あの子は被害者なのだから。私よりも…誰より一番辛いのだから…


 「ローラは…。」


 「何?」


 アミリヤの言葉に反応して、ローラは目を開け、申し訳なさそに表情を浮かべていた。その表情に、少し胸を痛めるが、聖の過去を話すわけにはいかない。自分の心に誓ったのだ。例え親友だろうと、友達だろうと親だろうと…聖の悲しい過去は、ある一つの約束と共に、胸の奥底に死ぬまで封印することを。


「…いえ、何でもないわ。そういえば、あの頃の聖に話しかけてくれたのは、ターシャちゃんぐらいだったわね。やっぱり子供の純真な心って凄いわ。何を話しかけてもうわの空だった聖が…今じゃ、普通の子と変わらないもの。」


「そうね…礼儀正しいし、しかも、本当に凛々しくなって…将来が楽しみ…なんだけど、あんな乱暴なターシャと結婚…してくれるかしら…」


「またそっち?大丈夫よ。ターシャちゃんは満更でもないと私は踏んでるわ。問題は…根性無しの息子にあるのよ。全く…困ったものね。」


だが、聖のことを語るアミリヤの表情は明るく嬉しそうだ。思わずつられてローラは柔らかい笑みを漏らしてしまう。昼の温かい日差しが、今のアミリヤの胸の内を表しているかのように感じられた。ローラは同じ母親として、言葉にできない親近感を覚えたが…何かを忘れているような…不快な何かが胸の片隅に残っていた。


「あ…だめよ。早くターシャにギルドを辞めるように説得するか、ギルドから追放するかしてくれない限り、私、許さないから。」


ローラは険しい表情でアミリヤの目を見つめる。だが、その仕草は逆に愛らしくもあり、迫力は皆無といって良かった。まぁ、アミリヤには効果的なのかもしれない。ローラが言い出した瞬間から、面倒そうに溜息を吐いていた。さもうんざりしているのは明らかである。


「ま〜だ言ってる…いい加減諦めなさいよ。この不毛な問答も、何回繰り返したことやら…子供じゃないんだから。しかも、追放って…」


「…それもそうだけど……。」


「…そもそも、私じゃ無理よ。諦めなさい。それより、今日は何の用?」


「え…と、そう、ターシャと聖君を二人きりにさせるためもあるけど、聖君のことよ。今までこの町から出るのすら禁止させるほどの過保護だったのに、何でギルド入りを許したの?」


「あんたに過保護と言われる日が来るとは…無性に腹が立つわね…。」


アミリヤは椅子から立ち上がった。そして、そのまま窓辺の方に歩み寄り、空を見上げた。雲一つ見当たらない綺麗な空…この空の下での平穏がいつまでも続けばいい。だけど…時間はあっという間に過ぎていく。あんなに小さく頼りなかった聖が、自分を残して、聖が旅立って行くように…


 「約束…したから。」



 同じ青空の下のもと、聖は…危機に瀕していた。ターシャとの雑談に花を咲かせていた聖だったが、状況は一向に良くならない。時間をおいて一口…また一口を料理に手をつけていくが、30分前から依然として減る気配を見せなかった。


 「私、少し料理の後片付けするから。」


 ターシャは一人、席を立ち食器を片づけ始めていた。聖が食べ終わった料理の食器を広々とした台所に持ち運び、水で洗い始めた。このまま帰りたいところだが、そうはいかないだろう。聖はテーブルに顔を沈めて、突破策を必死に考えるが何も思い浮かばなかった。


 「眠い…寝ちゃおうかな…」


 今の聖には窓から注ぎ込まれる風が、なんとも心地よかった。その微風が聖の耳をくすぐったかと思えば、弱く小さな渦を巻き始める。次第に風の渦は風速を増し、どんどん大きくなっていく。しかし、突如渦が霧のように消えて、そこには小さな精霊が佇んでいた。

 

 「聖、遅いぞ。読む本が無くなった。他にはないのか?」


 「…………なぜ…ここに?」


 一縷の望みと共に、ローラを待っていた聖だったが、まさかメルシーがやってくるとは…夢でも見ているのかと思ってしまうが、少し顔を脹らましている不機嫌そうなメルシーの様子は、急速に聖を現実に引き戻す。夢など見ている時間は全くないのだ。なにせ…メルシーとターシャの仲は…最悪なのだから。絶対ここで合わせるわけにはいかない。


 「前に言わなかったか?私と聖は魂が繋がっているんだ。意識を集中させれば聖の居場所など簡単に知ることができる。それで…ここは何処だ?それとこれは…昼飯か?」


 「…知り合いの家です…豪快な人でさ、全部食えってしつこくて、全部食べたら本屋行って、何か好きそうなの買ってきてあげるから、お願いだから先に家に戻っててくれ。」


 「……よし、私も行く。この料理が無くなればいいんだろ?」


 聖は不安そうにメルシーを見つめた。何か嫌な予感が…ある意味で的中。ターシャ作の料理が次々に風を纏い、中に浮かび始めた。ターシャが見ていたらと思うと恐ろしいが…こちらの様子に気づいていないようだ。ターシャが食器を洗う音が聞こえてくる。メルシーは浮かびあがり、口を大きく開けた。その瞬間、信じられない勢いで料理がメルシーの口の中に押し込まれていく…


 「おかしい…なんで入るんだ?しかも、明らかにメルシーの口より大きいのに、全部一口で食べてるし…」


 聖を脅かし続けた料理が消え去るのは一分とかからなかった。疑惑の念はつきなかったが…聖がようやく解放されたのは確かだった。だが、その現実に聖は未だに呆然としている。


 「……まずい料理だな…まぁいい。よし、聖、早く行くぞ。お前が買ってくれるんだろう?」


 子供が見せるような屈託のない笑みで、メルシーは聖の袖を引っ張っている。聖はお礼とばかりにメルシーの頭を撫でながら、メルシーがなぜこんなに嬉しそうなのか理由を考えたが、


 (本がそんなに欲しかったのか…)


 としか思い浮かばなかった。アミリヤが呆れるのも無理はない。後はどうやってここから出るか…それだけだが…すぐにこの場所から逃げるしか手ないだろう。


 「ターシャ!僕全部食べたから。本当に。一人で。だから、もう行くね。じゃあまた!」


 ターシャの返事を待たずに、辛そうだが無理をして、まっしぐらにメルシーを連れて家を飛び出した。その迅速ではない速さ…こういう時に風の力を借りるのもどうかと思うが…


 「聖?あれ…全部食べ終わってる…早すぎ…もっと居てもよかったのに…うーん…けど久し振りに話せたし、いっかな。」


 不審に思ったターシャだったが、意外にも上機嫌なようだ。こうして聖の貴重な休日はあっという間に過ぎていく。時も人も交差していく。当然、水面下で闇もうごめいていく。これからどんな未来が待っているか…今は、明日からの二日間、聖がどのような地獄を見るかしか分からない。


 


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