第二十三話:昔話と聖の明日(前編)
「もう…無理…そもそも無理…」
聖は心身ともに疲れ果てていた。こんな状態でも、小声で呟くあたりが聖らしい。聖の目の前には、まだまだ多くの料理が今か今かと、聖を待ち構えている。ターシャの料理は、よく言えば大胆であるが…悪く言えば単に丸ごと調理しただけであった、よく分からない獣が丸焼きにされて横たわっているし、野菜も包丁で切られてはいるが…形はバラバラで、異様に大きかったり小さかったり…非常に食べづらい。
(これって…料理なのか…何も無い山の中で、遭難中に食べるなら分かるけど…家でこれは…無理。)
「どう?おいしい?」
こう聞かれて不味いと答える程聖は命知らずではない。実際、不味くはないようだが、おいしいかと聞かれれば、返事に困ってしまうのだろう。聖は少し戸惑ったが、なるべく笑顔で返事をした。
「おいしい、けど…ターシャ、これって昔と変わらなくないか?」
「そういえばそうね…けど、あの頃は実験で色々辛子とか入れてたけど、今回は普通に作ったから、別に食べれるでしょ?私としては、うまく作れたと思うわ。」
「実験か…こっちは命がけで…いや、はは、嘘だってなんでもない。じゃあ、ターシャも一緒にこの料理しょぶ…食べてくれ。」
「馬鹿ね。私が聖のご馳走食べてどうするの。言っとくけど、食べ終わるまで帰さないから。」
(…いじめ…だろ、これは…僕一人でどうやって…。)
ターシャの作った料理はまだ半分以上も残っていたが、聖は最早限界である。その証拠に、聖の顔は少し青白く、食べる手は止まっていた。だが、この料理を作ったコックの方は不満気な表情だ。テーブルの向い側に座っているが、少し眉を寄せ、黙って聖を見つめている。ターシャが声に出さなくても、聖には幼いころからの付き合いで気持ちが伝わってくる。聖には選択権が二つしかない。…料理を食べるか、ターシャの手で死ぬか…。
まぁ、聖が一度として死んだことはないが、ターシャはギルドに入ってから急激に身体能力、攻撃力が上がっていた。その結果急所、死角からの攻撃など、聖の不幸が増えたのは確かだった。
「ターシャ…さん。僕お腹一杯で…もう限界なんですけど。そもそも、これは一人で食べられる量じゃ…」
「…別に残してもいいわよ。」
(嘘だ…)
聖の直感は恐らく正しい。ここで残して帰っても、後日ターシャがどんな無茶を言い出すか…進むも地獄、引くのも地獄である。
「…そう言えばさ、ターシャの父さんって今も都に勤めてるの?」
仕方なく聖は強引に話を変え、時間を稼ぐ。せめてローラさんが戻って来てくれれば…一種の賭けであり、事態が悪化するかもしれない。だが、食べられない以上他に手段が何もないのも事実だった。
場所は変わり、ここは聖の家。聖の帰りが遅いことに怒りを感じ始めたアミリヤが、久し振りに出会う来客に、目を見開いていた。
「久しぶりね、ローラ。二度と来ないとか言ってなかった?」
「さぁ、どうだったかしら。それより、少し話したいことがあるの、お邪魔してもいい?」
にっこりと微笑みながら、ローラはアミリヤを見つめ返していた。その気品溢れる姿は、まるで貴族階級の人間であるかのようだ。しかし、アミリヤは嫌そうに顔を曇らせた。ターシャと聖の関係から分かるように、この二人の付き合いは意外と長い。気質は正反対だったが、性格が似てい為か、ターシャがギルドに入る前は、度々二人で食事をすることもあったぐらいである。
ふぅ…アミリヤらしくない、軽い溜息を吐き、渋々ローラを家の中へと招き入れた。ローラは一言も喋らずに、案内されるまま、部屋の椅子に腰を落ち着かせる。それを横目に、アミリヤは慣れた手つきで紅茶をいれ、ローラの前に置いた。
「あら、ありがとう。あなたの紅茶も久しぶりね。」
紅茶の香りを楽しみながら、カップに入った紅茶を口に入れる。紅茶の香りが、静かに部屋に漂ってくる。このまま、優雅に紅茶タイムを過ごせればよいのだが…二人の放つ緊迫感が、それが起こりえないことを語っていた。
ローラが飲み終わるのを合図に、アミリヤが口火を切った。
「今日は何?ターシャちゃんのこと?」
「それもあるわ。…あの子に訓練をつけるなんて…聖君には秘密みたいだけど、どうしてなの?」
「前にも言った通りよ。あの子が望んだから。ローラだって私が物好きだからわざわざ教えてるなんて、思ってるわけじゃないでしょ?だから止めることができない。私にもね。念のため言っておくけど、聖には秘密よ。女同士の約束だから。」
「そう…ターシャは強くなったわ。あなたに憧れてね。」
「ターシャちゃんには、本当に感謝してる。聖が今みたいに明るくなったのも…ターシャちゃんのおかげだから。」
「ねぇ…聖君に昔何があったの…あなた達がここに住んでから6年経つけど、未だに教えてくれないのね。あの時の聖君の黒い目…私には怖かったわ。まるで…生きることに絶望してるような、感情の感じられない…あの目が。」