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第二十二話:蠢く闇

 

 ロムは聖と出会ってからギルドを後にし、一人自分の家に向かって歩いていた。時刻は昼。人通りの多くなった道のりが、今のロムにとってどうしようもなく鬱陶しかった。早く家に帰りたい。家に帰れば自分の言うことを何でも聞く召使いがいる、何でも許してくれる母親がいる。家では、父親についで自分は最高権力者なんだという、極めて子供じみた、傲慢な自負がロムにはあった。


 「くそ…聖め…せっかくターシャと二人きりの時も邪魔しやがるし、それに今日も…どれだけ僕に屈辱を与えれば気が済むんだ…あの悪霊が聖を殺していれば…」


 今のロムにあるのは、聖に対する醜い嫉妬と愚かな羞恥心だけであった。暗い影が、ロムの心を包んでいる。貴族の家に生まれ、両親の過保護な育て方とエリートとしての教育が、彼を一際自尊心の強い、性根の曲がった心の持ち主にしてしまったのだろう。


 そんな中、ロムが人通りのない狭い路地にさしかかったのを見計らい、気配を押し殺した死神が口を開いた。 


 「ひひ…これはこれは…貴族の坊ちゃんがそんな口汚いこと言っちまっていいのか?」


 体中が底冷えさせる声がロムの耳に響いてきた。咄嗟に声のする方を振り向き、地面を蹴って距離をおいた。ロムにとってこんな不気味な声を聞いたのは、生まれて初めてであったからか、すぐに臨戦態勢をとる。


 「……君は誰だ?」


 「何をそんなにビビってるんだ。ひひ、聞いた話じゃあ、この町では名が知られているんだろう?」


 ロムは必死にその不気味な黒装束の男を睨みつける。しかし、相手が薄ら笑いを浮かべ、ロムとは違い戦う姿勢を全く取っていないのにも関わらず、ロムの頭の中には勝つことができるとは微塵も思えなかった。その男は何も構えず、ゆっくりと歩きながら間合いを詰めてくる。


 「来るな!君は何者だ?僕の質問に答えろ!!」


 「うるさい…な。今ここで死にたいのか?」


 「…答えろ…僕を舐めるな…舐めるな!僕はロム・グルポフ。神に選ばれた貴族の人間だ。」


 その男に言われた一言で、完全にロムは逆上し、冷静さを失ってしまった。あらん限りの迫力で男を睨めつけながら、その身に付けた手袋を外す。そして、その両手を前方にかざし、意識を集中させた。その瞬間、場の空気がより密度を増したように感じられた。


 「偉大なる大地。その地は眠る。今ここに悠久の力。片鱗を見せよ。我に従い、我以外の全ての者を引き砕け。」


 ロムの右腕から、土の精霊が顔を覗かせた。その姿はミミズのようで、色は茶色くサイズは中指くらいであった。しかし、姿を見せたと思いきや、すぐに土の中に潜ってしまった。


 (勝った。馬鹿な奴め…黙ってこっちを見ているなんて、この攻撃で死なない奴なんていやしない。)


 この攻撃に、ロムは絶対の自信を持っていた。ここでロムの右腕から出てきた精霊は、はっきり言えばミミズの精霊であり、その姿は決してロムの好むものではない。よって、ロムの攻撃は、はったりの言霊を唱えながら、精霊を見せないようにそっと地面に忍ばせ、下から不意打ちするという類のものであった。その精霊の力が、ロムの実力に比例したものであれば、一生Bランクには届かなかっただろう。


 その男の周囲、道幅6メートルの地面が突然沈み始める。無論、その下は土でできた槍が真っ直ぐに伸びていて、落ちてくる相手を一突きにするのだ。落ちていく男を卑屈な笑みで見送りながら、その穴にすぐさま駆け寄り、死ぬ様を見ようとしたロムだったが…そんな子供だましの戦法、死神と称される男には通用するはずがなかった。


 駆け寄ってすぐ、ロムの右腕に激痛が走る…服が真っ赤に染まり、鮮血がゆっくりと地面にほとばしっていく…その瞬間、恐怖で発狂したかと思えるほどの悲鳴があがった。右腕の傷口を、左手で抑えたまま、両膝をつく。その男は、気味の悪い笑みを浮かべ、悠々とロムの後ろに立っていた。


 「うるさい。ひひ、本当に死ぬか?」

 

 その一言で、ロムは完全に戦意を喪失してしまった。体が動かず、逃げられる気がしないのである。また、もし動けたとしても逃げ切れないという、根拠はないがはっきりとした確信があった。


 「そうそう…やっと大人しくなったか。安心しろ、皮一枚しか切ってねぇから、そのまま抑えてればそのうち血は止まる。いいか…とりあえず俺の話を聞くんだ…な〜に、お前にとってもいい話だよ。聖が憎いんだろう?」


 「……そうだが…それと僕と何の関係が…」


 その男は黙ってロムを舐めまわすように、じっと見つめていた。ロムは蛇に睨まれているかのようで、男の方を直視することは到底できそうになかった。ただ俯くだけである。すると、男の表情が満足なものへと変貌した。


 「実はな…俺の入ってる組織アヴィズムが、優秀な若い人材を集めているんだ…そこは、選ばれた特殊な奴しか入れないんだが…お前を入れたくてよ。」


 「…アヴィズムって…確かこの国で暗躍してるテロ組織のはず…そんな組織、僕は入りたくない…」


 「いや、暗躍をしているのは一部の人間だけでな、実際はエリート達の間で裏の情報交換が行われているだけだ。そこには、お前のような前途有望な若い奴が必要なんだよ。そこで、お前か聖かを組織に入れるって話があるんだが、俺はお前の方がいいと思ってな。」


 「……。」


 (話に食いつき始めたな…ひひ、こういうタイプの人間は扱いやすいぜ。少しほめてやれば、すぐに調子に乗ってくれるし脅しにも弱い。しかし…皮一枚切ったくらいであの反応…実戦慣れしていない証拠だ。しかも、あんな何の力も感じない言霊なんて唱えやがって…ひひ、こいつは使い捨て決定だな。」


 ロムが興味を持ち始めていることを確信した男は、ロムの左ポケットに一枚の紙を押し込んだ。ロムの視線がそこに釘付けになる。どうしたらいいのか戸惑っているようだ。


 「とりあえず、紙に書いてある通りの時間に会いに来な。言っとくが、これが最初で最後だぜ。後…ひひ、もし逃げて俺に恥をかかせたら…分かってるよな。」

 

 それだけ言うと、男はロムから離れ、建物の影に溶け込むかのように姿を消した。少しの間、あまりのことに呆けていたロムだったが、正気を取り戻し急いで辺りを見回したが誰もいない…これは幻なのか。しかし、ロムの左ポケットには依然として、粗雑に押し込まれた紙の切れ端と、血は止まっているが微かに残る痛みと恐怖がこの現実を物語っているのだった。


 


ちょっと横道にずれました。次回は本筋に戻ります。いよいよクライマックス!っていう展開が全然見えてこないです。

もしかしたら、第二部とか続いちゃうかも…しれないです。読んでくれてありがとうございました。

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