第二十一話:母と料理
聖は両手に荷物を抱えながら、やっとのことでターシャの家に辿り着いた。相変わらずの豪邸で、大きな庭は少しも変わらず、気持のよさそうな芝と多様な木々で見事に彩られていた。ターシャの家に来るのは久しぶりで、聖は懐かしさに胸が一杯であったが、この感情の中に含まれる、恐怖という感情を幸か不幸か拭い去ることができなかった。
「ただいま。」
ターシャは何気ない素振りで靴を脱ぎ、真っ先に台所に向かった。
「お邪魔します…」
聖は家に入る一歩を踏み出すのに気が進まなかったが、恐る恐る靴を脱ぐ。
「おかえりなさい。…って聖君?」
家の中から、とても一人の子供を育てているのか不思議に思える程の、若い女性が顔を出した。この女性の名前はローラ。言うまでもないがターシャの母親である。顔がそっくりで、背はターシャより少し高く、その体つきは大人の女性そのものであった。また、その態度はターシャに比べ上品で、聖から見ても女性の魅力という点ではターシャは数段劣っているだろう。
「はい。お久しぶりです。」
「まぁ!やっと来てくれましたね。もう…全然来てくれないから嫌われたかと思いましたよ。さぁさぁ、上がってください。」
心底嬉しそうにはしゃぎながら、聖に優しく微笑みを向けている。だが聖はローラが何となく苦手であった。ターシャはともかく、見るからに女性の魅力に溢れたローラに色々と話しかけられるのは妙に照れくさいのである。まぁそれ以外にも理由は山ほどあるのだが…
「お邪魔します。」
聖は急いでターシャの元に逃げようと、そそくさと避けるようにローラの横を通り抜け、台所に向かおうとするのだが、その手をローラが掴む。
「…えっと、なんですか?」
聖の質問に、ローラは聖の耳元に小声で話しかけた。
「ごめんなさい、でも本当に久しぶりなのに、なんだか素っ気ないようですけど?」
「そ…そんなことないですよ。それに、今日はターシャがご馳走してくれるからってことで来たの…で」
「そう?あの子にしては珍しいわ。そんなに積極的だなんて…もしかして…うふふ、聖君はうちのターシャと付き合ってるの?」
聖が返答に困っていると、奥で顔を真っ赤にしたターシャが、怒りの形相でこちらを睨んでいた。しかも、明らかに聖の方を睨んでいる。
「ちょっと…」
ターシャが口火を切った。無言で聖とローラの方に歩いてくる。
「ん…はぁ、もう少しだったのに…じゃあ聖君、またあとでね。」
ローラはターシャの顔を見るなり、平然とした表情でその場を後にして、悠々と庭の方に逃げて行った。ある意味さすがはターシャの母親、大物である。
「はぁ、助かったよターシャ…ローラさんにも困ったもんだよね。」
やっと解放された聖は安堵の表情でターシャに語りかけたが、未だにターシャは聖を睨んでいる。無論、聖は何故自分が睨まれているのかが分からない。ただかなり居心地が悪いのは確かだった。
「なんでお母さんと手を繋いでたの?聖。」
「なんでって…あれは逃げないようにって、いきなり手を掴まれてただけ…」
その瞬間、聖はあの状況が再び脳内によみがえった。(そういえば、何で腕じゃなくて手を掴んだ…じゃない、握ったんだろう?しかも小声だったしあの体勢は…僕がローラさんを連れていこうとしてるみたい…だったかもしれない…かも。」
「あぁ、そういうことか…ターシャ違うって、勘違いだよ。」
なんとか弁明を試みようとした聖だったが、今のターシャには聞こえていないようだ。無言で聖の首にそっと手を伸ばす。
「次…お母さんとあんなことしたら…分かってるわね?」
その顔は、輝くような笑顔であった。もしも聖以外の男にこの顔を見せたら、たちどころにターシャの魅力のとりこになるだろう。しかし、聖の顔には恐怖の為か阿修羅にしか見えない。
「りょ…了解です。以後気を付けます。」
「それならいいわ。じゃあ、りビングでくつろいでていいから。少し待ってなさい。」
どうやら聖は命拾いしたようだ。ただ聖の体中から出ている冷や汗は止まらないようだけれど…聖は大人しくリビングで待つことにした。リビングに入ると、家具の置き場所が変わったくらいで、目立った変化はない。ほとんど昔のままである。高級そうな木の香り、高い天井、毎日掃除されているのだろう、埃一つない。窓からは、色彩豊かな庭が見える。風に揺れる木々や葉の音が、聖を落ち着かせるかのようだ。
「綺麗でしょ?毎日大変なんですよ。」
「そうですね…全然変わってないで…」
いつの間にか聖の横にはローラが座っていた。思わず聖は後ずさりをしてしまう。こうも見事に気配を消せるとは…天然なのか修練の賜物なのか、いずれにせよ聖は全く気づくことができなかった。
「ローラさん…いつの間にそこに?」
「最初からです。聖君全然気づいてくれないから待ちくだびれちゃっいました。ところで、さっきの話の続きなんですけど、どうなんです?」
「どうなの?ってなにがですか?」
「ターシャと付き合ってるかどうかに決まってますよ。あの子が自分の手料理を食べさせに、わざわざ食材まで買って、家に招待するなんて聖君くらいのものですよ。」
「あぁ、それはお祝いを兼ねてるらしいんですよ。ギルド入りの。」
「でもここまでのことをやるなんて聖君くらいだし…って聖君、本当にギルドなんて入ってしまったんですか?今からでもいいから辞めた方がいいわ。ターシャは何度言っても聞かないし…」
ローラは心配そうな暗い表情を見せる。いつもは何を考えているのかイマイチつかめないが、聖はローラの考えていることがすぐに分かった。ローラは母親として、娘が命の危険を伴う仕事をしているのが不安でたまらないのだろう。
「ターシャなら大丈夫ですよ。この町のギルドの中では最強クラスの実力ですから。」
聖が気落ちしているローラに慰めの言葉をかけるが、ローラは聖の顔を覗き込むように見つめるだけで、何も言わなかった。
「それにギルドの間では人気者らしいですよ。ファンクラブもあるとか…ターシャはしっかりしてるし、僕よりよっぽどたくましいですよ。」
「たくましい…そうよ、そこなのよ。」
ローラは聖の言った単語を、俯きながら不気味に繰り返し、ぶつぶつ唱えだした。まるで敵を呪い殺すためのものであるかのように。全身から負の感情が発せられているかのようだ。
「…えっと、ローラさん?」
「お嫁に行き遅れたらどうしよう…」
「……。」(そっちですか…)
どうやら聖の考えは的外れだったようだ。まぁ、心配と言ったら心配な点だが、どこが違う気がする。やはりローラさんは計り知れない…そう実感する聖だった。
「だって…あの子顔は可愛いから彼氏の一人や二人いてもおかしくないはずなのに、素振りすらみせないのよ。しかも、趣味が料理とか裁縫じゃなくて修行なのよ。さらには、女の子のはずなのにギルドで最強で聖君よりたくましいのよ。本当に心配だわ…聖君…もしターシャがお嫁に行き遅れてしまったら、どうかお願いね。」
「…僕には無理です。」
「あなたなら大丈夫。私が保証するから。」
「お母さん…何を言ってるの。」
泣いている振りをしているローラを横目に、ターシャは料理を終えたのか、両手で料理の乗ったお皿を抱えていた。見るからに呆れ顔である。その話は聞き飽きたと言わんばかりであった。
「何って…あなたのことを思って言ってあげてるのに。」
「それ、前に家にきたレートニイにも言ったでしょ。その後大変だったんだから…余計なお世話よ。お母さんはどっか行ってて。」
「聖君は私の中では大本命なのよ…まぁいいわ。邪魔者は退散するわよ。後は二人きりでどうぞ。私はアミリヤさんのとこにでも行ってくるわ。」
何故か意味ありげな笑みを浮かべながら、軽い足取りでそのまま出て行ってしまった。ターシャは少し顔が赤く染まったように見えたが、何も言わずに黙々と料理をテーブルに並べ始める。手伝おうとした聖だったが、身振りで何もするなと制されてしまった。あくまで聖は客として扱うということなのだろう。
「さぁ、どうぞ。」
とうとう出されたターシャの料理。聖の目の前には…よく言えば大胆な料理…の品々が広がっていた。
表現が難しい…全然文章が下手で、迷ってたら投稿遅くなってしましました…
読んでくれてる人には申し訳ないんですけど…とりあえず今はこんな感じで精一杯です…
うまくなるよう、頑張って書き続けます。