第十九話:喜び
「なんで買わないの?実は暇つぶしに行ってるとか?」
「おお、よく分かったな〜聖って、さり気に鋭いよな。実際最近暇人なんだよ。ターシャは不機嫌だし、妹は冷たいしさ、もっと兄を敬えっての。」
「一人で仕事すればいいのに…」
「面倒くさいじゃん。」
聖は呆れた表情で呟くのだったが、レートニイのさも当然といった顔で断言するのを聞くと、笑うしかなかった。内心、一人で働けよと心底思ってしまうが、そんなことを言ってもこの男には無意味だろう。
「レートニイって、賢いのか馬鹿なのかよく分からないよ。」
「はぁ、何言ってんだよ?天才に決まってんだろ。」
この自信はどこから一体どこからくるのか?恐らく一生聖には分からない。ある意味でこの性格は見習ったほうがいいのだが、聖が同じことを言ったら甚だ可笑しく…間違いなくアミリヤが大爆笑するだろう。
「はいはい。そういえばギルドになんの用事があるの?」
「ああ。実は今度の仕事をどうせなら聖に選んでもらおうと思ってな。聖にしたら、初のチームでの仕事なんだ。それくらいサービスしてやるよ。」
「何?僕の今度の仕事、レートニイ達とチーム組んでやることが決定してんの?」
「当然だろ。わざわざ選ばせてやるんだから喜べよ。まぁ俺最近仕事やってないから、いい加減やらないとやばいっていうのが本音なんだけどな。」
「それはレートニイの個人的な理由じゃんか…何だかやりたくなくなるんだけど。」
「それより着いたぜ。さっさと入ろう。」
至極最もな聖の意見だったが、レートニイは素知らぬ顔と聞き流していた。さすがの聖もこの態度には少々の苛立ちを隠せなかったが、レートニイは聖の様子を気にする風でもなく、ドアを開けた。時刻は昼頃だったが、未だに多くの人がうろついている。
「へぇ…結構人いるんだね。仕事探してんのかな。」
「馬鹿、何言ってんるんだよ。こいつらは情報収集に来てんの。仕事なんかうようよしてるけど、最近ありえない場所での悪霊の出現が頻発に起こってんだ。さすがに命に関わるからな。事前にしつこく調べる奴が多くなってる。」
「げ…最悪。メルシーが知ったらなんていうか…想像するのが恐いな。」
「お前の会った暴虐の火竜なんて、その最たる例だぜ。どこに現れるか、とにかく分からねぇ。そもそも、同じ悪霊が広範囲に現れては消えるなんておかしな話だよな。」
「そのおかげで運よく暴虐の火竜を倒せたんじゃないか、君はとにかくついていたよ。」
その人物、ロムは高価なタキシード、手には白い手袋を身につけ、辺りには香水の香りが充満している。聖とレートニイは、あまりに場違いなロムの服装に呆気にとられていた。そのままロムが二人の方にあの高慢な笑みを漏らしながら歩いてくるのと同時に、周りの人間が海辺の波が静かに引いていくように、無言で一斉に離れていく。どうやら聖の予想以上にロムは嫌われているようだ。
「あ、どうも。ロンさんですよね?」
「………。」
周りのざわざわとした喋り声が消える…レートニイはもちろんロムでさえ時を忘れたように黙っていた。当の本人もこの状況を理解できず、何が起きたのか分かっていないのが、表情から丸分かりであった。
「ぶはッ…くく、腹痛ぇ。聖マジで言ってんの?ロンじゃなくてロムだろう。お前は昔から人の名前とか覚えんの苦手なんだな〜まぁ、発音は似てるけどよ。」
レートニイの発言を口火に、皆一斉にクスクスと笑いだした。これが男だけの状況なら、ロムもまだ我慢できただろうがその中には女性も混じっている。一部の笑い上戸の女性が手を口に当てて、必死に笑わないようにしている姿が妙に可笑しく、それだけでまた笑いを引き起こしそうだ。
「…僕の名前はロム・グルポフだ。ふ、僕を挑発しようとしているのが丸見えだが、そんな幼稚な手は食わないよ。」
ロムは周りに自分の平静な姿を見せ、あたかも子供のいたずらであるかのように言い切った。しかし、その顔は見るからに赤く染まり、最初に見せた笑顔すら消えていた。もしもここに聖以外誰もいなかったら、すぐさま聖に殴りかかっていたことが容易に察することができるだろう。
「…あれ、す…すみません。本当に間違えました。あと、暴虐の火竜をロムさんが狙ってたのに倒してすみません…」
慌てて詫びて、頭を下げる仕草にまたもや周りが笑いだす。ここではどんなことをやっても、笑いを引き起こしてしまうかに見えた。まるで酔っ払いが意味もなく人の行動を笑うかのようだ。最もこの笑いの原因は、常に威張っていて傲慢なロムが、こんな少年にしてやられているのが、今笑っている連中にとって嬉しくてたまらないのだ。
「そ…それじゃあ、また。」
この状況を脱するために、未だに笑っているレートニイを片手で引っ張りながら、恥じるようにギルドの中を進んでいった。
聖達が消え去った後、ロムは周囲を無言で睨みつけた。もう笑う者はいない。皆われ関せずといった具合に散っていった。
「くそ。今に見てろよ。」
ロムは壁を思い切り蹴った。その顔にはただ屈辱に対する怒りしかない。そのまま壁に背を向け、ギルドを出て行くことにしたのか、いつもより数段早い歩調でドアを開けて外に出ていった。
しかし散らばっていった者とは違い、一連の様子をこっそりと興味深く眺めていた一つの影がそこにはあった。
「ひひ、あいつ使えんそうじゃねえか。」
その影はそう呟き、周囲には全く気づかれずに、抑え切れない笑みを浮かべながらロムの後を追うのだった。
一方、必死にあの場を逃げた聖は、一息ついた後ようやく仕事を探しにかかり、じっくりと壁にはられた紙を眺めていた。
「聖〜Bランクでもいいんじゃねえか?お前なら大丈夫だって。」
「だから、無理だって何回も言ってるじゃないか。とにかく、Cランクから探すことにする。これが嫌なら、僕は一人でやるから。」
「ったく、頑固な奴だな。やっぱり俺が選んでおけばよかったぜ。言っとくけど最初だけだからな。……あれ。おーい、ターシャじゃん。お前もこの頑固者になんとか言ってくれよ。」
(このお調子者…なんで気配消してたのに気づくの?本当に無駄な才能よね…後で一発殴ろうかしら。)
ターシャは二人に事前に気づいていたのだが、これはチャンスだと思う気持ちと、離れたいと思う二つの気持ちが心の中で争い、決着がつかず、しょうがなく気配を消して様子を見ることにしたのだが、先ほどの通り見事レートニイに見つかってしまった。あの出来事の後、ほぼ五日ぶりの聖との対面である。どういう風に話しかけていいのか分からなかった。
「なに?どうしたの。」
仕方なく呆れた風を装ってレートニイの呼びかけに応じたターシャだったが、自分の心臓の鼓動がはっきりと聞こえてきた。なぜこんなに興奮するのか本人にすら分からない。一歩一歩、足元を確かめるようにゆっくりと近づいていく。幸い聖は仕事探しに夢中で気づいていないのか、ターシャには目もくれない。が、その聖の様子に少なからず胸が締め付けられたように感じるのだった。
「聖に言ってやってくれよ。今度の仕事さ、せっかく選ばせてやるのにCランクにするなんて言い出すんだぜ。」
「あら、そう……」
一応返事はしたが、ターシャの視線は今話しかけてくるレートニイではなく、聖に釘付けになっていた。そこで、ようやくターシャに気づいた聖が視線を向ける。
「あれ、ターシャ…」
(なに?まだ怒ったこと気にしてるのかしら…どうしよう。謝ればいいのかな…けどこんなこと今まで何回だってあったことなのに、何で今回に限ってこんな変な気持になるの…)
「あのさ、ターシャに一つだけ言いたいんだけどさ…」
聖の表情が真剣なものへと変わり、その目がターシャに向けられた。その瞬間、ターシャは今までにないほどの変な気持…圧迫感というのだろうか、心臓が激しく鼓動し、それが全身を覆い尽くす。
(もしかして…私は聖のことが…いえ、それはないわ。こんな情けない奴…最近少しはかっこいいけど…でも…)
「本当にお金に困ってんの?無理やり何十回と奢らされたけど、実はお金をけちって貯め込んでいるとか?」
「は?」
ターシャはあまりに予想に反した聖の質問に、反射的に出てきた言葉以外何も言えず、聖の顔をただじっと見つめていた。
「はぁ…本当に鈍いよな聖は。いいか?ターシャはお前を怒鳴りつけて以来、お前に嫌われたんじゃないかって心配ばっ……」
神速…まさにその一言でしか言い表せない。いつの間にか聖の横にいたレートニイは豪快な衝撃音と共に、壁の下、隅の方で気を失っていた。後何故か分からないが、聖は冷や汗が止まらなかった。それだけのことが、その一瞬で起こったのである。
「え…どうしたのターシャ?レートニイと喧嘩でもしてたの。」
「なんでもないわ。可笑しなことを言うお調子者にイラついただけ…それより聖。さっきなんて言ったのかしら?誰がけちなの?」
人間…いや動物が生まれ持って備えている本能、もしくは直感、それらが聖の脳に直接警戒信号を送っている。言葉を慎重に選ばなくてはいけない…ひとつでも選択を間違えれば、死しか待っていないのだから。
「なんでもない。うん、何も言ってないから気にしないで…仕事は後で選ぶことにするよ。それじゃあ…」
どうやら聖は一にも二にも離脱を図ったようだ。未だに白目をむいているレートニイを横目に見たが、生きているかも分からない。いつターシャの理不尽な攻撃がくるかもしれない状況では、とにかく逃げるしかないのだ。
「待ちなさい。」
ビクッ…聖の体が硬直する。金縛りにあったかのように指一本動かせない…僕の人生ここまでかな…悪霊に初めて遭遇した以上の恐怖を心の底から感じてしまうのだった。
「…なに?」
「…た…たまには私がご馳走してあげようとしてるんだから、勝手に帰ろうとしないでよ。」
「え?…どうしたの…ターシャらしくない気がするんだけど。」
「!!聖のギルド登録のお祝いも何もしてなかったし…前も怒鳴っちゃったし…とにかく、文句言わないの。行くわよ。」
ターシャは一息で全てを言いきった。そのためか、顔は紅潮し、息も荒い。何故こんな突拍子な行動をとってしまったのか、自分が信じられなかった。ただ聖は怒っていないし、気にしてもいない。その事が久しく感じていなかった安心感をターシャに与え、心に重くのしかかっていた暗い得体のしれないものをを消し去ったことは確かだった。
「??本当にどうしたんだ…さっぱりだ。」
聖は首をかしげながら歩き出したターシャの後ろをついてくる。それだけのこと。それだけのことが、今のターシャには嬉しいのだ。
(本当に私、どうしちゃったのかしら…でもいいわ。今はすっごく全身が軽いし、気分がいいもの。)
もしもターシャが知らない本心を知っている者がいるとしたら、隅でピクリとも動かないこの男なのかもしれない。人の気持ちなどおかまいなしのこの男が、わざわざ不在だった聖の家を通いつめてまで、聖をターシャのいるギルドに連れてきたのだから。
今回書くのが遅れてしまいました。そろそろテスト週間なんで、ちょっと掲載間隔が長くなってしまうかもしれないです…すみません。今現在、これからの流れや文章の書き方を少し考えようとか思ってます。今までの作品の感想や評価など、すごく参考になりますので、ぜひお願いします。