第十六話:夜空の下で
マリヤは森を抜け、そこに止まっていた馬車に乗り込んだ。馬が2頭、待ちくたびれたかのように、後ろ脚を唸らせていた。御者がそんな馬達の不満なんて素知らぬ顔で、無言でマリヤに会釈をした。マリヤは頭を少し下げ、ただ黙って、馬車に乗り込み、森の方を眺めていた。その顔には、困惑の色が見られ、じっと、まるで深い思考の闇に囚われているかのようだ。しかも、そんなマリヤに追い打ちをかけるかのように、馬車には、全身を黒で色取った、顔の真っ白な男があぐらをかいて、唇を不気味なほどに吊り上げていた。
「お〜い。マ〜リ〜ヤ〜。『咲かない花』と『萎れた花』。いや…それとも少しひねった『雪の結晶花』。ひひ、どれがいいと思う?」
「またあなたですか。私に馴れ馴れしく話しかけないで下さい。それと、付きまとうのもやめて下さい。」
「ひひひ、そんな嫌われたか。せっかく暇つぶしに、二つ名考えてやったのによ〜。つれないよな。ところであの坊ちゃんは?勧誘行ってきたんだろう。」
「何度も言いますが、これは私の任務です。聖さんには、必要最低限のことは伝えました。」
「ってことは拒否されたか。ひひひ、そりゃそうだような。進んで真っ当な道から、横道それるってのが可笑しい。国家破壊工作を計画してる俺らに従うわけないんだよ。次は俺が手伝ってやる。お前や上の奴は、俺から言わせれば手ぬるい。ひひッ、俺ならどんな奴でもすぐに引き込んでやるよ。お前みたいにな。懐かしいもんだよな〜おい。」
「……。」
マリヤはこの異常な男には、何を言っても無意味だと悟ったのだろう。押し黙っていたが、その手には、もはや皺だらけになってしまった服をつかんでいた。その腕はかすかに震えていた。
「まだ根に持ってんのか?ひひひ、何度も言うが、あの頃の俺はまだ駆け出しだったからな〜わざとじゃないんだぜ、依頼されたもんだしな。ひひ、そんなこと言っても無意味だろうがな。」
「…本当に私の両親は…」
暗闇のおかげで、マリヤは涙を流しているのか、こらえているのか分からないが、今にも消えそうなはかない声で呟いた。
「…いえ、何でもありません。一つ言っておきますが、私はあなたに対して何とも思っていません。それだけです…御者さん。行ってください。」
「……。」
御者は無言で頷くと、鞭を大きく振り上げ、見ている者が目をつぶりたくなるほど、思いきり馬の尻を叩いた。しかし、その鞭に打たれた馬は嬉しそうに駆けだすのだった。
(あの坊ちゃん、驚いたぜ…あのマリヤの感情を揺さぶってやがる…あんなこと…今まで全く言いだす素振りすら見せなかったのによ。アヴィズム入れるより、殺しちまった方がいいんじゃねえか…)
がたがたと揺れている馬車の中で、死神と命名された男は、その身に溢れる殺意を抑えながら、無意識に微笑を浮かべてしまうのだった。一方マリヤは、御者に指示を出した後、男と顔を合わせないよう努めながら、移りゆく外の様子を眺めていた。マリヤが男の纏う空気や様子が微妙に変化していたことに気付かなかったことが、のちにどうなるか…聖に何が起こるのかは…誰にも分からない。ただ夜空の月は、雲に覆われながらも依然として光輝いていた。
短編みたいなノリで書いてみました。次回はもう少し長い分量で行きたいと思います。
しかし、最近ターシャが少ししか出てきてない気が…ヒロインなのに、怒ってばっかりだし…次回からもっと出していきたいな〜って反省しています。
最後に読んでくださって本当にありがとうございます。もし一言感想を頂けるなら、凄い励みになります。






