第十五話:勧誘
「え?君は…マリヤさん。なんでこんなところに?」
「ふふ、突然すみません。少しあなたに用がありまして。隣いいですか?」
聖が驚いて、次の言葉が出てこなかった。沢山の疑問が頭のすみずみに浮かんできたが、ほぐれた糸のようにこんがらがってしまった。しかし、隣に座るマリヤを見ると、そんな疑問など、どうでもいいように感じてしまうのだった。それがアミリヤの魅力か、突然のこの状況かは分からないが、聖は無意識に質問をしていた。
「用事ってなんですか?」
「そうですね…まず聖さん。敬語をやめてもらえませんか?私は気にしませんので。」
「いいですけど…それなら、マリヤさんも普通に話していいですよ。」
「私にとって、この言葉使いが普通ですから。」
「…そっか、分かったよ。それで、こんな夜中にどうしたの?この場所を知ってるのはターシャぐらいなんだけど。」
「ふふ、それは秘密です。聖さん。単刀直入に言いますが、あなたを勧誘しに来たんです。ギルドをやめて私が所属している組織に入ってくれませんか?」
「………。」
聖は突然叱られて、何の言葉も出ない子供のように、ただ唖然として言葉が出てこなかった。その様子を注意深く観察したマリヤは、子供に諭すかのような口調で、ゆっくりと話し始めた。
「すみません。突然こんなことを言ったら当然ですよね。先日、暴虐の火竜を倒したDランクのあなたの実績を知った上の者が、ぜひあなたを組織アヴィズムに迎え入れたいとの事なんです。報酬も弾むらしんですが…どうですか?」
「…悪いけど興味ないな。他を当たってくれない?メルシーも怒るだろうしさ。」
「そうですか…残念です。あなたと仕事をしてみたいと思っていたのですが。」
「こっちも一つ質問していい?」
「何ですか?」
「…マリヤさんって今幸せ?こんな質問して悪いんだけどさ。なんだか最初会ったときから、マリヤさんの笑顔って、まるで苦笑いしてるかのような、ぎこちなさを感じるんだ。必要だから笑顔を作る、みたいな。」
今度はマリヤが驚く番であった。咄嗟に目を見開き、聖を見つめた。その様子に聖は、今までの大人びた顔が、急に年相応のものになっているのを感じたのだった。
「………。答えられません。そもそも私のことはどうだって…」
「マリヤさんこそギルド入らない?そのアヴィズム…だっけ。無理に働いてるならさ、ギルドに入って、僕の知り合いみたいに楽しく…かな?とにかくチーム組んで、その人達と一緒に仕事こなしていった方が絶対楽しいよ。」
「…いいですね。そんな明るい人生も…ふふ、なんだか立場が逆ですね。私が勧誘しにきたのに。言っておきますが、アヴィズムはあなたを決して諦めませんよ。あなたは、アヴィズムから逃げれられません。」
「なら僕も入らないのを諦めなければいいだけさ。逃げる気もないしね。」
「!!そんな簡単に。あなたはお気楽すぎます。あの組織は、あなたを入れる為なら殺人だろうと、誘拐だろうとなんでもやります。……もし、あなたの大切な人が人質に取られたらどうするんですか?そんなことが言えますか?」
「……マリヤさん?」
「なんでもありません…忘れてください。…ふぅ、今日はこのくらいにしておきましょう。次にお会いする時は、もう少し現実的な意見を期待していますから。それでは失礼します。」
マリヤはこんなにも興奮を抑えきれず、顔を紅潮させていた。そんな自分に納得がいかないのかどうかは定かではないが、少しでも早く聖の元を去ろうと、足早に暗闇の中に消えていった。
「あ〜あ、怒らせちゃったかな。」
一人残された聖は、そのまま脱力して、仰向けになってまた星を眺めた。涼しい夜風が、森を騒がしている。木々がそれに応えて、葉を踊らせているようだ。
「…それでも立ち向かわなくちゃ…自分の過酷な運命を、自分の転機に置き換えなくちゃいけないんだ。」
聖は空に向かって呟いた。誰に言ったわけでもない。自分に言った言葉なのかも分からない。ただその一言は、夜風に流され、森を彷徨うのだった。
一方その頃、王都ギルバードの宮殿の中、興奮した面持ちで、まるで発狂したかのように必死に走っている一人の青年がいた。すらりとした足と腕、短い茶色の髪、見るからに学者を連想させる服装だった。もしもゆっくりと歩いていたら、どれだけ優雅で宮殿に似合うのだろう。しかし、そんなことを言っている場合ではない。その青年は、急いで宮殿の一室に辿り着き、呼吸を落ち着かせ、身なりを持っていた手鏡で入念に確認した後、トントン…とノックをした。
「入ってよいぞ。」
「失礼いたします。」
その扉を開くと、大きな机に積み上げられた書類、部屋の半分を占めている本棚が目に入った。青年は、頭を下げ、胸の鼓動を抑えながら入った。
「ん…お主はイグリオートではないか。こんな時間に珍しいの。最近どうじゃ?学院の方は順調と聞いておるが。」
「はい、ゾシマ長老と国王様のおかげで、ラスルコフ学院もちゃくちゃくと実績を伸ばし、不肖イグリオート、今ではこの大陸一の学院であることを自負しております。そこで私は、最近生徒の引き入れ、監督、指導など無くてはならない重要な仕事に日々精を出しておりまし…」
「そ…それはともかく、今日はどうしたんじゃ?」
「ゾシマ長老のお耳にいれておきたいことが…先日この王都近くの町で、なんとつい最近精霊を手に入れた者が、初仕事で人間と精霊の悪霊を倒したという出来事がございまして。今日、無礼を承知でこちらに伺ったのは、この者をギルドから、我が学院の特待生として引き入れたいのです。その者は貴族ではなく、一般人ですので前例が無いことですから、そのための許可を…」
イグリオートは興奮のあまり舌がもつれ、早口で捲くし立てた。あまりの興奮ぶりに、イグリオートの頭がおかしくなったのではないか、とゾシマが疑うほどだった。
「…少し落ち着くんじゃ。確かにお主の情熱は人一倍強いのは知っておるが、なにもそう興奮せんでも。大体、珍しいケースではあるが、そこまですることがあるのかの?」
「そ…それもそうですが。何分、最近ではあのアヴィズムの動きも活発になってきておりますし、こういう人材は即座に確保しておかなくてはと思いまして…」
ゾシマの一言で冷静さを取り戻したのだろう。自分の先ほどまでの行為を、今さら恥ずかしくなったのか、言葉に詰まり、顔を隠すかのように下を向いた。その後、ゾシマは何か考え込むように黙ってしまったので、沈黙が部屋一帯を覆ってしまった。イグリオートは居たたまれなくなって、なんとか退出しようと、恐る恐る後ずさりをしたが、何か思い当たったのか突然ゾシマが声を発した。
「そやつの名は?」
「は…はい、聖という者です。精霊はメルシーという風の…」
「許可しよう。好きにするといい。面倒なことがあったら、わしの名を使ってよいぞ。…ただそやつの精霊には気をつけるんじゃぞ。凶暴じゃからな」
「は?…はい。誠にありがとうございます!不肖イグリオート、全身全霊でやらせていただきます。それでは!失礼しました。」
シグリオートはそう言って、まさに躍り上がらんばかりの足取りで、退出した。ここで、この奇妙な男、イグリオートについてもう少し詳しく説明しなければならない。性格を一言で表現するとするなら、一昔前の熱血教師という人種が一番当てはまっているだろう。おしゃべりで単純、また、彼には自分の思ったことを、常に最上のことと考え、考えるより先に手を出す、というより周りが諌めるほど、熱烈にそれを実行するの奇妙な特徴があった。さて、イグリオートが退出した後、しばらく書類を整理していたゾシマだったが、その手を途中で止め、立ち上がった。そして、部屋中を歩き回り、しばらく思考に耽っていたが、思いたったように椅子に座り呟くのだった。
「しかし、聖も変なやつに狙われたもんじゃな…どうせ失敗するじゃろうが、あやつの言う事も一理あるの…アヴィズムか…わしも手を打っておくとするか。」