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第十四話:忍び寄る影

 「死…死ぬかと思った…」


 疲れた体に鞭をうって、ようやく家に辿り着いた思ったら、そこにいたのは予想以上に修羅と化した母だった。ドアを開け、床に倒れこもうとすると、殺気をこもった一言が放たれた。


 「何様なの?聖。」


 その後の出来事は思い出すのもつらい…当然のように夕飯抜き、散々怒鳴られ、最後に一発殴られた後、二度と無断外泊しないと誓わされた。予想通り仕事も一週間禁止…という判決が無慈悲にも決せられた。無論こっちの言い分なんて、全く聞いてもらえなかった。


 「聖、アミリヤは何者だ?どこの猛者だったのだ?」


 「さぁ…昔はギルドにいたらしいけど、詳しいことは…」


 メルシーは、さすがに庇ってくれようとしたんだけど、母さんの迫力と目に圧倒されて、何も言えなかったらしい。今日は改めて母の強さと恐ろしさと理不尽さを痛感した一日だった。


 聖はアミリヤから解放された後、何も考えずにベットに潜り込んだ。 


 「まぁ、仕事一週間禁止っていうのもちょうどいいかもね。明日から…修行…頼むね…もっと…強く…」


 「分かった。いいから寝ろ。昨日今日でよく頑張ったな、聖。…お前の精霊として、私は誇りに…」


 「すぅぅ…」


 「全く…私の主は、もう少し起きててくれたっていいのに。」


 聖の横顔を、近くでじっと見つめた後、メルシーはため息をついた。


 「まぁ、しょうがないか…さて…おい、そこのぼろ刀。昨日はどういうつもりだ?」


 「偉そうに。わらわが助けてやったから、お主らが無事だったのだろうに。この小娘。ちゃんと聖を守らなかったらお主を消すぞ。」


 部屋の入口に置いてあった刀から、突然黒い影のように、人型の精霊が浮かび上がってきた。髪と目は吸い込まれる黒色。衣装は紫色の民族衣装のようなひらひらとした服。その顔は、神秘さと高貴さを兼ね備えていた。メルシーを、その鋭く、相手を委縮させる黒い瞳を細めながら見つめ、その言葉一つ一つは、メルシーを諌めるためのものであるかのようだ。


 「貴様こそ、何様のつもりだ。聖は私のものだ、貴様はさっさと刀から離れて違う奴に憑いたらどうだ?それが貴様にはお似合いだ。」


 「言うねぇ。わらわに手も足も出なかったうつけが。聖を手に入れたつもりになって浮かれておるわ。たまたま聖と風の属性との相性がよかっただけのこと。まだまだ、聖を狙ってる輩がおるから追っ払いに行ってやったというのに。感謝の一言があってもおかしくあるまい?」


 「…それがどうした。とにかく、聖には私だけでいいんだ。貴様は消えろ。」 


 「お主も力づくで追っ払ってみよ。ふふ、一生不可能だろう。それより、わらわは訳があってまだ聖に力を貸すことが出来ない。昨日は聖が無理にわらわの力を引き出しただけのことよ。案の定すぐに気絶してしまったが、本当に将来が楽しみな奴ではないか。さすが奴の血筋をひく…」


 「貴様に言われなくても分かっている!いいから消えるんだな。さもなくば私が貴様を殺す。」


 「無理だと言っておろうに。わらわは下等な言い争いをする趣味はない。ただ聖のために言っておく。…まだ聖を狙ってる精霊もそうだが、不穏な輩が暗躍しているようでな。お主にも注意を…」


 「そんなこと、言われなくても分かっている。聖は私が必ず守る。必ずだ。」


 「ふ、そうか。それでは甚だ不本意だが、わらわ達の希望の子、聖を頼むぞ。それでは、さらばじゃ。」


 黒い影は消え、また元の刀に戻った。メルシーはしばらく黙って椅子に座りこんでいたが、いくら考えても無意味なことを悟ったのだろう。聖の温もりある布団に潜り込み、聖の横で静かな寝息をたてるのだった。


 「聖〜起きなくていいの〜ご飯なくなるわよ。」


 「はいはい。」


 母の声で呼ばれると、最早条件反射で起きてしまうのだろう。焦点のあってない虚ろな目で、なんとか返事をするのだった。太陽を雲が覆い、空は曇っていた。窓には霧のようなの水滴がついていた。聖はベットを抜け、窓を開け空を見上げた。小雨が降っていたのを確認し、そのまま、窓を閉め着替えようとしたのだが、やっとある事実に気づくのだった。灯台もと暗しとはまさにこの事かもしれない。


 「…メルシー、何でそこにいるの?確か母さんのところで寝ることになったはずじゃなかったっけ。」


 「ん…おはよう聖。私がどこで寝ようといいではないか。何か問題でもあるのか?」


 「え〜っと、ターシャやレートニイに知られたら面倒っていうか、教育上問題アリっていうか。」


 「そんなことどうでもいいではないか。ふぁぁ…言わせておけ。どこで寝ようと私の勝手だ。」


 「まぁ…いっか。メルシーだし。それより修行、これから一週間頼むよ。」


 「任せておけ。早くAランクにいかなくちゃいけないからな。」


 「………。」


 言葉を失くした聖だったが、その表情に絶望の色はなく、まだ堂々としているとは言えないが、少なくとも数日前聖よりは、凛々しかった。


 (悪霊との戦闘が、聖を成長させたのか…それとも…ふふ、本当にこれからが楽しみだな。私が聖を強くするんだ。)聖の態度に、今までと違った空気を感じたメルシーは、体中に溢れる喜びを実感しながら、密かに決意を固めるのだった。


 「そういえばさ、昨日の夜、なんだか懐かしい…いや、メルシーじゃないようなものを感じたんだけど何か知らない?寝ぼけててよく覚えてないんだけど…夢かな。」


 「……多分夢だろう。それより早く修行の準備をするぞ。ところでアミリヤはもう怒ってないのか?」


 「あ〜母さんは一日たったら、大抵のことはどうでもよくなるタイプの人だから。ほんと、子供みたいな人だよね。」


 「聖〜何か言った〜?」


 「なんでもないから!メルシー、早く下に行こっか。」


 アミリアに急かされ、急いで下に向かうのだった。メルシーは聖の言い方に、何かおかしな、奇妙な違和感を感じたのだった。しかし、数秒頭をよぎっただけで、その感覚すぐに消え去った。


 



 「それじゃあ、今日はこのくらいにしておくか。」


 「……もう無理…」


 「情けないな聖は。そんなんじゃ、Aランクなんて夢のまた夢だぞ。」


 聖とメルシーは、朝食後に、家の裏にある森に入って行った。まだ少し雨が降っていたが、森の中では逆に気持ちよく感じるのだった。森の奥、聖の好きな大きな一本の木がある場所まで進んでいった。そこでのメルシーの最初の一言は、


 「私の風を感じて、自分の風として操ってみろ。」

 

 「はい?無理だよそんなの。」


 聖が即座に拒絶した瞬間、聖は凄い勢いで吹き飛ばされた。


 「この風の中をそうだな…十五分以上平然と立っていられたら合格だな。いいか聖。属性の能力は、精霊によっては色々特性があるから一概には言えない。ただ私の場合、風を聖に一時的に与え、聖がそれをどれだけうまく使うかに勝敗がかかっていると言っていい。悪霊の時のような付け焼刃は恐らく通用しない。だから、私の風を感じることから聖の修行は始まるんだ。ついでにその根性も鍛えなおしてやる。全く…少しはマシになったと思ったらこれだ…」


 無論メルシーの言葉は、軽く十メートルは離れた茂みの中にいる聖には届いていなかったのだが。その後、時刻はもう夜中。途中何回か休憩をはさみながらだったが、一日中、聖は暴風にさらされていたことになるのである。

 

 「私は聖の体で寝ることにする。これだけやれば十分だろう。私も今日は疲れた。」


 「……了解。」


 メルシーはその言葉と共に、聖の目の前から消えるのだった。聖はもはや自由に動かない体の重さを感じながら、仰向けになって夜空を眺めていた。そのまましばらくかすかな星を眺めていた。


 星ってなんで光ってるんだろうな。そういえば昔、ターシャが大人ぶってよく分からない理論ならべてたけど、全然分からなかったっけ。適当に頷いてたら、その時も確かターシャに……ガサッ…聖は突然後ろの方から人がやってくるのを感じた。その瞬間全身に緊張を張り巡らし、刀に手をかけたが、その人物は予想外にも見覚えがあった。


 「こんばんは。聖さん。」


 そこには、月の光を後光に、綺麗な青い髪をなびかせた一人の少女が佇んでいた。


 


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