第十二話:初仕事(後編)
「う……」
ここはどこだろう。僕は確か…悪霊と闘って、その後は…。川に落ちたんだった…あれで倒せたのかな?なんだか実感がないや。
「聖!やっと起きたか?」
そういって、メルシーが嬉しそうに抱きついてきた。はっきり言って、メルシーの外見はまだ8歳くらいの小さな女の子で、白い髪と容姿がなかったら、精霊と区別がつかないほど人に似てるんだよなぁ。これじゃあ、知らない人が見たら誤解されそうだ…心配かけたんだからしょうがないけど。
「頭は大丈夫か?怪我とかは?大丈夫なのか?」
「うん。ごめんね、心配かけて。」
「全くだ…これから修行が待っているというのに、怪我なんてしたらどうするつもりだったんだ?」
「いや…それは…また今度ってことで…」
凄い剣幕で胸もとを掴まれる。すごい迫力だ。絶対本気で言っている。勘弁してもらいたいな…どれだけ修行ってきついんだろう。強くなるのは賛成なんだけど、体がもつかどうか。
「何言ってるんだい。そんな気はないくせに…」
そこへ、ジェンネが後ろにグリオを携えて、水を持ってきてくれた。二人を見た瞬間、今までのことが嘘のように、鮮明に浮かび上がってきた。そうだ、悪霊は確か消えて…母さん、あの刀って一体…帰ったら聞いてみよう。
「あれ?そういえば僕の刀は?」
「ん?ああ、あの黒いやつか。あれならちゃんと下の階に置いてあるよ。ただ、親父達がどんちゃん騒ぎやってるけどね…それより、大丈夫なのかい?」
「うん。特に痛いところもないし。」
「そうかい、それは良かった。そうだ、ちゃんとメルシーに礼を言っとくんだぞ。ふふ、私を追い出して、一人で必死に看病を…」
「しょうがない。今日は修行は勘弁してやるが、明日は絶対だぞ!」
そう言って、突然メルシーは窓から外に出て行ってしまった。なぜだか、白いハズのメルシーの顔が、真っ赤に見えたけど…恥ずかしがってるのかな。
「………これ。」
「なに?その重たそうな袋。」
「ああ、それは今回の報酬だよ。親父が正に幸せの絶頂といった感じでな。かなり奮発してたらそんな具合になってな。まぁ、快く貰ってくれ。」
「………うん。」
「いや…こんなに貰えないって…大体、グリオにすごく手伝ってもらったんだし。グリオと半分ずつでいいよ。」
「おいおい…遠慮するな。その年でギルドやってるんだ。色々金もいるだろう?感謝の印だ。若いうちは、素直に貰っとくもんだよ。」
「ジェンネってまだ若いじゃないか…人生悟ってるみたいな言い方されてもなぁ。今何歳なの?」
「19歳だ。私はお前のような温室育ちとは違うからな。貰えるものは貰っとけ。損にはならないぞ。」
「それは山賊の理論じゃないか…まぁいいや、有難く貰っとくよ。」
小さなグリオの手から、金貨で膨らんだ袋を受け取った。ズシっと手に重さが伝わる。すごいな…これ。いつか町を出るときのためにとっとこうかな。そういえば、これが初報酬になるんだけど、こんなにギルドの人って貰ってるんだ。じゃあ、ターシャはどれだけ稼いでるんだ…お金がないとか言って、よく僕を連れ出して奢らせてたけど。
「ところで聖…この後、親父…じゃないお頭が、起きたらきてくれって言ってたよ。多分礼でも言いたいんだろう。ところで、もう空が暗くなり始めたから泊まっていかないかい?皆大歓迎さ。」
「いや、勝手に無断外泊なんてしたら、母親がちょっと……じゃない、かなり恐ろしいから、お頭に会ったらすぐに帰るよ。ベットありがと。」
そう言って聖は、かぶせてあった布団をどけて、下の階に行こうとした。だが、ジェンネが聖の首を後ろから掴み、離さなかった。
「ぐぇ…ジェンネ…何?」
「いや、言い忘れていたんだが、泊まるのはもう決定事項なんだよ。もう豪華な夕食も聖主催ってことで準備してるしさ。」
「だから無理だって…悪いけど帰るってこと伝えてくれないか。ジェンネなら出来るでしょ?」
「却下だね。私もグリオも、聖と過ごすことを楽しみにしてたんだし、もう部屋だって決まってるんだ。そこまでしてもらって帰るなんて、男じゃないよ。」
「お…お頭の言葉…外見は母親似だけど、内面はお頭似なんだ。いや…本当に悪いけど、とにかく無理。僕は帰るよ。まだ死にたくないから。」
「ここまで言っても無理か…はは、頑固な奴だな。」
「はは、そういうことだからいい加減離してくれ…息が苦しい。」
ジェンネが笑ったので、つられて苦笑いをした聖だったが、ジェンネの眉が真ん中に少し寄っているのに気がついた。それに、首にかかる握力もどんどん高まってきている。(メルシー…頼むから、帰ってきてくれ。)心底そう願った聖だったが一向に現れる気配をみせない。
「最後に一つ質問があるんだが、帰り道…分かるかい?後、罠の位置も。」
「え…そういえば、ここってどのあたりだっけ…あ…案内とかお願いできますか?」
「今日はちょっとめまいが酷くてねぇ。明日には治ってそうなんだが…」
「そうきたか…グ…グリオは大丈夫だよね。頼む!ほんの少し安全な帰り道教えてくれればいいから。」
「………。」
グリオはどうしようか迷っているようで、見るからに動揺して、キョロキョロとジェンネと聖の顔を交互に見ていた。だが、ジェンネが意味ありげな目配せをした後に独り言のように呟くのだった。
「聖が今日ここにいれば、たくさん遊んでもらえるし、お話も出来るんだがねぇ。帰っちゃうと、次会えるのはいつのことやら。」
「ジェンネ、ずるいぞ。今ここで帰らないと、これから永久に会えなくなるかも知れないのに。」
「メルシーがいるし、死にはしないだろう?じゃあ決まりじゃないか。そうだろ、グリオ。」
「………(コクリ)」
終わった…悪霊なんかより、この兄弟の方がずっと厄介じゃないか…母さんにもターシャにもなんて言われることやら…いや、もうどうだっていいか。今を生きよう。
聖は長い思考の末、吹っ切れたように、胸に暗い明日を閉じ込め笑顔を取り繕うのだった。
「分かった…仕方がないから、今晩泊まらせてもらうよ。」
「最初からそう言えば良かったのにねぇ。そうと決まったところで、お頭の所に行くか。ほら、グリオもおいで。」
聖の首から手を離し、陽気な足取りでさっさと下に向かうのだった。(何でこんな目に…こうなったらメルシーに何とかしてもらうしかないか。)思いっきり他力本願だが、他に手も思いつかず、グリオを引きつれ重い足取りで下に向かうのだった。
「おお!聖か。手前もよくやったな!おい。さっさとそこに座りな。」
下では山賊達が、酒瓶を両手に抱え込み、皆が皆顔を真っ赤にして騒ぎまくっていた。ある者は歌ったり、ある者は踊ったりで何がなんだか分からない、未知の領域を聖に感じさせた。
「ほどほどにして下さいね。相当酔ってるでしょう?」
「おお、ははは。未来の息子は厳しいな。手前の精霊だって、一杯飲ませたらすげぇ飲み始めて、散々飲んで酔っ払った挙句に眠っちまったぜ。ほら、あそこにいるだろ。」
お頭が指を指したほうを見ると、確かにメルシーが、顔を赤くし、熟睡した様子で隅っこに横になっていた。
へぇ、メルシーって普通に酔うんだ…じゃない、最後の希望が…まさかこんな形で失うことになるとは…今日はとことん疫日かもしれないな。何度呼んでも返事のないメルシーを、とりあえず寝かせておくことにして、聖は椅子に座った。
「ってあれ?息子って…誰かと勘違いしてるんじゃないですか。グリオはあっちでジェンネと一緒ですよ。」
「はぁ、何言ってんだよ、息子は手前だよ。手前。我らが英雄聖。ジェンネをよろしく頼むぞ。あいつは母親似でな〜しっかりしてるし、何より美人でいい体してんだろ。この近辺じゃ、銀髪の女神って言われてるほど有名なんだぜ。まぁ、そこらの男どもには目もくれないんで、心配してたんだが手前なら大丈夫だ!結婚しないなんて、男じゃないよなぁ。そうそう、あいつの小さかった頃なんか……」
「……。」
何だろう?この展開は…実はまだ夢の中なんじゃないかな…お頭の終わりの見えない自慢話が始まったが、聖は呆然としたまま、周りをうつろな目で見渡していた。よく見ると、山賊達の中には、酔いつつも悲しみに萎れている者や、にやにやと気味の悪い顔をして見つめている者もいた。果てには、殺意すら感じさせる鋭い視線も。
「ああ、分かった。お頭も他の人も酔ってるんでしょ?この状況はあり得ないから。僕はまだお酒は飲めないからさ。落ち着くまで、ちょっと外の風に当たってくるよ。」
「俺のどこが酔ってるってんだ〜だいたい、手前はジェンネ目当てで悪霊追っ払ったんじゃねえのか?実際何人かそういう奴がいたぜ。結局戻ってこなかったけどよ。」
「メルシーが勝手に引き受けたんですよ。それが目的じゃないですから。そもそもジェンネも納得しないですって。」
「何言ってんだい聖?私の蒲団で寝たんだから、責任取ってもらわなくちゃねぇ。」
ジェンネは顔を赤らめ、手に酒瓶を持ちながら、嬉しそうに聖に後ろから抱きついてきた。
「責任?何言ってるの?っていうか、もう酔ってる…なぁジェンネ。お頭に何とか言ってくれない?」
「こら聖!お頭じゃなくて、義父さんだろうが。」
「展開が早すぎる……頼むから何とか説得してくれ。」
「なんで私がそんな無意味なことをしなくちゃいけないんだい?言っとくが、拒否しても無駄だよ。聖がなんと言おうとどこに行こうと、私は聖の後を追いかけるから。聖に負けないように、ちゃんと精霊も手に入れて修行してからだけどね。」
「へ?何で?」
「私がお前に惚れたからに決まってるじゃないか。私たちを庇ってくれた時の聖はカッコよかった…惚れ惚れしちゃうよ。」
そう言って、腕にかける力をさらに強くし、聖の首を締め付けた。
「……死ぬ。」
「………お姉ちゃん、聖…兄ちゃんが死んじゃうって。」
グリオがジェンネの服を引っ張り止めさせようとする。しかし、酔ったジェンネには聞こえていないのか、依然として力を込めたまま、聖にもたれかかっていた。しかたなく、グリオは精霊を呼び出しジェンネに水をかけさせた。
「うーん…何すんだい?グリオ。」
「………お姉ちゃんは、酔うと強暴になるからやめときなよ。………聖兄ちゃんが苦しがってる。」
「そうだな。ちょっと興奮しすぎちゃったかねぇ。大丈夫かい?」
「ゲホッ…うん、なんとか。それよりさっき言ったことって本当?寝ぼけてない?」
「当然さ。そのうちギルドってとこに顔出しに行くからね。楽しみにしてな。」
「………うん。僕も行く。」
本気みたいだ…困った…僕そんな気全然ないのにっていうか年が早すぎるでしょ。周りは依然として騒がしく、まるで聖の所だけ全く違う場所のような気さえさせるのだった。そんな状況が、聖をのみこんでいく。
「まぁ……いっか。止められそうにないし。ジェンネ言っとくけど、僕はまだ付き合うとか結婚とかする気全然ないよ?」
「そんなの関係ないさ。まだ…なんだろう?今度会った時は、聖を惚れさせてみせるさ。楽しみにしとくんだね。それはそうと、この酒、聖も飲みな。男なら飲むしかないよ。」
「男は関係ないと思うけど…じゃあちょっとだけ。」
聖は好奇心に負けて、一杯飲んでしまうのだった。ジェンネは興味深そうに眺めている。
「うぇ…まっず…よくこんなの飲めるね?」
「はは、かわいいねぇ。まだまだガキだね〜。今日はとことん飲むよ。」
「うえ…勘弁してくれ。」
聖にとって、最も過酷な一日はこうして夜まで続くのだった。無論、家はある女性の怒りのために、崩壊の危機にさらされていたのだが。それはまた、次の話。
ちょっと書き方変えてみたんですけど…まだまだよく分からないです。今次回の展開を練っています。何かあったら、ぜひ一言お願いします。