アリスとアーサーの★楽しいお仕事!
※拍手文変更しました!(ブラック注意)
あなたに「おねだり」をしたのは二回だけ。
一度目は二人の間に何もなかったときの、ある春の日に、木陰で。
二度目は、あの嵐の夜の、ベッドの上で。
*
「アリスー!なんかこの葉っぱウネウネしてて気持ち悪いよ!」
「あらあら、それを抜く時は耳当てを付けてね。マンドレイクだからポンっとイっちゃうわよ」
「先に教えてよ!!」
「ふふ、ごめんねアーサー」
「べ、別にいいけどね!」
頬にちゅ、としてもらえたのが嬉しい……のに誤魔化された訳じゃないぞ!
俺は看板に「危険地帯」の文字を書いて土にぐいぐいと差し込むと、陽が沈むのを見送った。
「今日は何人来るかなあ」
「一人ね」
「分かるの!?」
「うーん、いつも分かるわけではないのだけど、……とても面白い星の人が来るわよ」
「ほー!」
「顔出したら閉じ込めるわよ」
「えーっ……あ、いや、はい、分かりました。」
ぐ、とマンドレイクの葉を握るアリスにビビる。
で、でもこういう嫉妬深くて心配性なとこも可愛くて、俺は大好きさ!
「そうだわ、アーサーに力仕事を頼みたいの。ちょっとしばらく一人で離れの方でびちゃびちゃぐちゃぐちゃと頑張ってくれない?」
「待ってそれどんな仕事!?」
「実をね、踏み潰して汁をうんと出して欲しいのよ」
「汁……?何に使うんだ?」
そう尋ねると、アリスは手を忙しなく絡ませたり離したりして、俺からちょっと顔をそらして教えてくれた。
「あ、アーサーには、ずっと若くて綺麗で、珠のような肌って、堪能して欲しいから……」
「!」
「愛しい人に気持ちを込めて実を踏み潰してもらうと、とても効果があると聞いたの」
「よ……よっしゃああああ!俺頑張る!嫁を満足させられる出来になるまで頑張って踏み潰すな!」
「ありがとうアーサー!」
「愛する嫁の為ならこんな可愛らしいこと!いくらでもするさ!!」
「嬉しいわ!」
「そっか!よか「お母さーん、包丁折れちゃったんだけどお母さんの奴から借りてもいいー?」…らめえええええ!!イーシェ!お母さんの包丁だけは借りちゃ駄目ってあんなに言ったでしょ!」
「だってすっごくよく切れるんだもん」
「とにかくダメ!……今からお父さんのナイフ(非常時用※未使用)を引っ張り出すから待ってなさい!」
やたらと気まずそうなイリスの手を自然ととってきゃいきゃい騒ぐイーシェと叱る俺―――の三人を、アリスはとても優しげな微笑で見守っていたけれど。
朱に黒が混ざる時にはもう、にたあと魔女のような顔で笑っていた。
アリスのもう一つの店、それは禁じられた「呪い」屋である。
歪み月の夜にしかやらず、「どうしても/どうなってでも」叶えたい願いがある人間にしか、噂通りにこの店に入ることはできない。
薬屋のような陽気な空気は無く、ゴシック的な、「魔女」らしくありながら可愛らしい店。
普通に骨が置かれてるわ、ぬいぐるみ多すぎてドン引きやら、綺麗なガラスの瓶たちにいくつもの色彩豊かな液体が揺れてたり。
俺としてはアレなんだが、女の子は好きな子が多いみたいだ―――この子も。
「わあ……綺麗、ですね」
優しげな金の髪と、紅茶色の瞳がとても印象に残る少女だ。歳は18かそこらかもしれない。
服装だけなら一見「少し裕福な街娘」であるが、よくよく見れば汚れも皺も無い、新品丸出しの服。訛りもなく動作はとても優雅だった。
「……ええ、マンドレイクって怖い植物だけれど、こうして他の花と合わせれば綺麗で良い薬になるんですよ」
「……くすり?」
「勇気が出る、薬です」
「それは薬の作用で出るだけの――」
「ええ、薬が引き出すだけ。怯える子らが、愛の言葉を一つ言うための気つけ薬と思ってくださいな」
―――彼女は。
彼女は、造られた「聖女」だった。
(ねえ、どんな反応を返してくれるの?)
アリスが微笑む。今から見せるだろう少女の本音が聞きたい。
中身はただの女か?それともまことに聖女か?――無様なのが、みたい。
「欲しいな」
「あら、本当?」
「うん……でも、もし私が今、これを手にしたとして、……」
「…」
「彼が喜んでくれたとしても、それは『純粋』な私の想いじゃない。彼も勇気をもって返答をしてくれるなら、とても失礼だから」
「それは人の受け取り方次第ね」
「そう。……卑怯な私はとても欲しいけれど、彼に誇れる私でいたい私は、嫌悪すら感じるんです。でもそんな矛盾を、私は愛したい」
アリスは、内心チッと舌打ちした。
しかしその反面、今時しっかりと自分を持った子だとも思う。嫌いだけれども尊敬はする。
「可愛らしいわ」
にこりと微笑むと、聖女も微笑む。―――外に護衛の気配は、無い。
「私、よく彼にもそう、言ってしまうの」
「分かるわ。男性には失礼なのだろうけど、でもついぺろっと出ちゃうの」
「ですよねえ!…ふふ、色んな言い訳を言っても、ずっと拗ねてて。可愛いの」
興味の対象を「別に移した」らしいアリスは、聖女の可愛らしい思い出を、にこにこと聞いてやった。
―――彼はとても真面目で、努力家で、思いやりのある子で。
意外な方に運命を曲げられたけれど、それでも誰かを救えたし、救えられた。意味は――きっと、あるのだと信じている。
そして何より、彼が追いかけてきて、苦しい思いをしてでも傍にいてくれたのが嬉しい。二人っきりになると、表情も口調も、あの頃に戻るのが切ないほどに嬉しい。
禁を破った身なれども、恋を神ではなく彼に捧げたけれど、後悔はしない。
「――しないけれど、申し訳ないと、そう思う」
「あら、何故……?」
「あなたはきっと分かるのでしょう、私の最期を。私は彼女に喰われるか、くだらぬ争いに巻き込まれて処刑されるのだと」
「ええ。……それで?"生きたい"という願いを私に叶えて欲しいのかしら?あなたと正反対の位置にいる私に」
「はい。けれど私の願いは―――"生かして欲しい"なのです」
「……ふうん?」
アリスはその赤い舌で、乾いた唇を舐めた。
「彼は。私に殉じて死ぬのでしょう。聖騎士にまで血の滲む努力で至ったのに。…彼の今までの人生を、人殺し共に嘘で泥を塗られたくないのです」
「ふうん?」
「信頼できる方に彼の今後を守ってもらえるよう、頼みました。…でも、「彼女」の策が無いのです。お願いします、彼女に殺されるのは、彼女の友であった私だけにしてください…!」
「そこまで彼が好きなの?彼と同じ人生を歩みたいとも思わないの―――譲るの?」
ちょっとアリスには分からん考えである。
アリスは夫を騙し奪おうとした妻子もろとも有罪と処刑し、何人どころじゃないレベルで周囲が築いたものをぶっ壊して国を出奔した。
それは、どうなりどう思われようが、俺の伴侶としての人生を歩みたいという決意。
「……私、自分が死ぬのは良いんです。元より、聖女と呼ばれたからはまともな死に方が出来ると思ってませんから。今まで確かに幸せだった……それを自覚してる。
でも彼は分かってないんです。私は最期に、体を張っても彼を生かし、続くのだろう未来でそれを知って欲しい。満足に彼を温められない私の代わりに、誰かに彼を温めてあげて欲しいんです。」
(それは、諦めってものじゃないの)
信じらんない、この馬鹿女。負け犬が。―――アリスはそう、まったく毒舌な感想を俺に教えてくれました。
(馬鹿もここまで貫くと清々しいわね)
そしてふと良い事を思いついたらしく、アリスは立ち上がると飾りで溢れた宝石箱の中を探る。
見つけたのは白薔薇のブローチ。そっと呪いが解けていないか再確認して、再度強くかけ直した。
「それは―――魔物弾き、ですね」
「ええ。あなたたちのお綺麗な物とは違う、物々交換の度合いで強力なものになる物よ」
「何を差し出せば良いのでしょう」
「じゃあその金の髪を――そうね、これほど頂きましょうか。よく売れそう」
「それはよかった」
聖女は渡されたナイフで長い髪を胸ほどの所で切り落として、にっこりと差し出した。
そしてブローチの代価を払って、聖女は静かに帰って行った。今頃愛する彼は、誰かの眠りを守る仕事に忙しいのだろう。
月を見上げて、聖女は微笑の唇を開いた。
「ねえクー、皆はおぞましいと言うけれど、私は大好きよ」
「あの真白の世界で、私にあなたを教えてくれたお月様だもの」
例え、己があの月の使者に殺されるのだとしても。
「―――はあ、楽しみだなあ」
「何がー?」
「ふふ、だってアーサー、私ったら忠告を忘れてしまっていたのよ」
「?」
「あのブローチの効果は、一回きりだってね」
アリスは汚れた足を洗い流す俺の手伝いをしながら、とても可愛い笑顔で言うのだ。
「困ったわあ、化け物が去ったとしても、二匹目がいたら、……どうしようもないわよねえ?」
私、その未来が視えてたんだけど、言うの忘れちゃった☆
大変よねえ、でもいいか。注文通り、聖女の言う「彼女」からは守られるものね!
「……アリス、お客さんに何かされたのか?」
「いいえ?私、金髪女がだあいキライ!なだけよ?うふふふふっ!」
*
魔女ってこわあい! (byアリス)
補足:
大嫌いな金髪女:アーサーさんが誤解して妊娠させたあのお姫様。死亡して十何年…。
アリスって未来が視えるの?:今回は面白いお客さんだったので魔法フル稼働してただけ。
アリスって女嫌い?:アリスさんは子供と妊婦さんには優しいし大好きだけど基本的にどうでもいいよ!なお、実の娘と息子の嫁も家族だから可愛く思ってるよ!
聖女:没作品ヒロイン2の話を改変して新作に出そうとして……「僕らの日常SOS」のあの喧嘩ップルです。
もしかしたら続くかも?