アリスとアーサーの☆楽しいお仕事!
アリスの店は薬屋でありながらぬいぐるみ屋さんだ。
俺はあっちこっちの箪笥から干した葉や実、もしくはなんかの生き物を合わせてごりごりする。アリスは症状を聞いて顧客の状態を細かくメモし俺に指示を飛ばして、ありふれた世間話にも付き合うのが仕事。
これはそんな店の、ある日の話。
「おねーさん、ライオンを作って!」
「あら、どれくらいの?」
「こんぐらいの!……あ、えと、このお金で足りる分!可愛いの!」
今日のお客さんは小さい男の子だ。鼻の絆創膏やら跳ねた髪から活発さが察せられる。
アリスの作るぬいぐるみはオーダーメイドも可で、頼めば魔法の加護(といっても安っぽいのだけどな)も加えてくれるんで、人気だったりする。
街の人間はアリスが努力と才能でなる【魔法使い】であると思っているので、大人は「先生」やら「魔法使いさん」、子供は無邪気に呼び捨てか「お姉さん」である。
なお、悪魔族との契約で膨大な力を得る【魔女】は忌むべき存在であるが、アリスが契約したのが「魔王」であっただけに他の魔女よりも格段上手に闇の気配を隠している。
「ふふ、ジョーエル、これはあなたの妹さんへの誕生日プレゼントね?」
「な、なん……ちがうもん!」
「お母さんから聞いたわよ、妹さんの為に頑張ってお手伝いしたのよね?偉いわあ」
子供好きなアリスはくすくすとジョーエル少年の頭を撫でる。
きっとこの可愛らしい兄弟愛に、アリスはとんでもないオマケをするんだと思うが、回り回ってそういう点が利益に回るんで俺は何も言わない。
「何色が好きなのかしら」
「紫みたいなピンク!」
「まあ!毒々しいわねえ!」
「大人っぽいのが好きなんだ」
ああ、子供って大人の真似事好きだもんな。
でも、紫に近いピンクのライオンって、だいぶセンスがアレだと思うの。アリスもはっきり言い過ぎだと思うのよ。
「あいつ、よく風邪引くから。寂しいってうるさいんだ。だから……えっと、静かにさせようと思ったの!」
ツンデレか。
俺はコポコポとお茶を淹れた。もうすぐおやつの三時である。
アリスとクッキーをもさもさ食べてると、いつものおばちゃんたちがやって来た。
一人は腰が痛いと薬を頼むついで、あとは本当に喋りに来ただけだ。
何故かその輪に俺も入りながら、街の噂大好きばーちゃんズはお茶を水のように飲みながら語りだす。
「服屋の息子、ほら、宿の末っ子に結婚迫られてただろ、アレどうやら駄目そうだとよ」
「そりゃあ、あの娘っ子は美人だけど性格がキツイからねえ。あの優し過ぎる息子も断るの大変だったろうよ」
アリスはニコニコとしている。俺の帳簿を見つつ、あれこれとメモしていた。
「確か、その宿の長女さんは結婚が決まったそうですね」
「おお、そうそう。あのがっしりとしたなあ」
「布売りの次男坊だったか」
何で俺が結婚の話を知っているかというと、アリスの買い物の時にその次男坊と世間話していたからだ。
多少口下手だが、感じのいい男だった。長女はしっかり者だが照れ屋さんらしい。
「あの姉妹は張り合ってるからなあ。焦ってるだろうよ」
「あれだけ見目好しなら、カーセスの女好きが囲うだろうよ」
「ああ、あの馬鹿……確かどこぞの女を孕ませたと聞いたが」
「先生は知ってるかい?」
アリスは、子供を殺す薬なんて売らない。
そりゃ、「子供好きのアリス」で有名だからな。ばーさんたちも分かってるから、たぶん「相談あったかい?」とかただ単純に穏やかに話を聞いているだけのアリスの声が聞きたかったのかもしれない。
「さあ」
アリスは紙を箱の中にしまうと、優しい声のまま続けた。
「―――ただ、体のあちこちが痛むと、お医者様を訪ね歩いているみたいで。ついにウチにまで来ましたが」
医者の話は初耳ではないが、根拠のない噂みたいなものだった。
顧客情報を漏らすのか、と叱られそうだが、よく代金を渋るあの男に守るほどの価値もないと思っているのかもしれない。
ばーさんたちは一気にテンションが上がりまくり、「やっぱ××の呪いか!?」とか「○○の病かねえ」とか。好き勝手言い始めるがアリスは気にしない。俺はついクセで「そりゃあ無い」とか突っ込んでしまったが。
「長居してごめんねえ」とばーさんたちはお茶代にこの街の名物菓子を置いて行った。安いが開店そうそう行列が出来てすぐ売れてしまうので、大変だったんじゃないかと思う。
アリスは足の悪い爺さんに薬を届けに出てしまったから、ちょっと寂しい。俺はどこまでも犬だなあと思った。
「……あ、あの……」
少しでもアリスの役に立てるよう、俺も薬の勉強をしていると、若い女の人が不安げに入ってきた。俺を見て気まずそうに俯く。
「ど、どうかしましたか?」
もしかして同性相手の方が良い相談なのかもしれない。でもアリスはいないし―――おたおたしながら尋ねると、女の人は意を決したように、俺に頭を下げた。
「ぼ、母乳が、出ないんです……」
気まずかった。
そしてまさかの薬師に相談。…いや、医者行って納得いかなかったのかもしれない。
俺は先生が来るまでの繋ぎとして、一生懸命身振り手振りで語った。
「あ、えっと、お母さん、ちゃんとご飯食べてます?」
「…はい、お医者様の言われた通り…」
「じゃ、えっと……体を温かくして、まずストレスを溜めずに。母乳出ないお母さんも多いので、変に気負わずに。少しでも出るようならミルクに混ぜるとか―――」
こんなの皆知ってるわ!!……と自分で突っ込んだ。ごめんなさい、アリスが妊娠時にたくさん買って何度も読み直していた本の中身まんまです。
「あと、ハーブティーも良かったりするんですっ(;`・ω・´)」
俺が拳を握って言い終わると、お母さんはきょとんとした後、くすりと笑ってくれた。
「奥様の為に、読んだのですね」
「」
「あの人といっしょ……」
元々穏やかな人なのだろう、笑みを浮かべる顔はとても温かかった。
後に知るが、このお母さんの旦那さんは俺のように熱心に育児などの本を読みこみ、似たように落ち込んだお母さんに語って色々買ったのだという。
だがこの人の不運なことは親族一同で、ミルクで与えるのは駄目だーとかあれこれ奥さんに駄目だしして苛められたらしい。
旦那は何度も庇ったが、流石に親戚全員となると縁を切りにくい職に就いているせいか上手くいかないのである。
まあ、その旦那さんが何をして勝利を勝ち取ったかは次の時にでも語るとして、そんな旦那さんの負担を軽くするためにも、お母さんは一人で(子供は実母にでも任せたのだろう)やって来た、らしい。
(でもアリスは母乳には困らなかったんだよなあ……うーん、これ以上アドバイスがない…)
悩んでいると、チリンチリンとベルが鳴る。お母さんの顔に一瞬怯えが走ったが、やって来たのがアリスだと分かると、安堵半分期待半分ですぐさま縋りついてきた。
「お願いです薬師さま!わたし、私に―――」
「ええ、もう出来てますよ」
そう言って、アリスはそっとお母さんの手を握る。
この店はアリスの物で、店内で何かあればすぐにアリスに伝わる。例えば俺が(ありえないけど)どこぞの奥さんとかに惚れこんで店であれこれしようとしたら、笑顔のアリスさんの素晴らしい包丁捌きが待っている―――ので、ええっと、つまりお母さんの依頼はアリスにも当然分かるわけで。
アリスはとことこと店の奥に行くと、袋に詰めたそれに息を吹きかけるような、微かな呪文を唱えた。
「これ、たくさん飲まないでくださいね、一日に……そうね、三時のおやつとか。そういう時にリラックスしながら飲んでくださいな。旦那さんと飲むのも良いですね」
「こ、これを……?」
「そう。秘伝の薬湯ですよ。一週間も経てば体が良い方向に向かいます。大事なのはこれを飲むとき、楽しいことを思い描くこと。幸せになるのだと、そう思って」
「は、はい……!」
お母さんは救われたように涙を流す。
幾らでも払います、というお母さんに、「今回のはお試しのようなものですから」と値下げして、無くなり次第来てくださいと微笑んだ。―――アリスはこの手の人にも甘いのだ。きっと、その不安と苦しみ、嘆きを、よく分かるから。
お母さんが何度も頭を下げながら店を出て行くのを見届けて、俺はライオン作りを再開したアリスに尋ねた。
「なあ、あれって……」
「実はね、私のお母さんから最初に習った、秘密の薬湯なの」
ふふふ、とアリスは懐かしそうに笑う。
あの時の私に使う機会は無かったけど、今でもこうして役に立ってるのよ――と笑うアリスは、もう子を産めないあの日の自分を静かに振り返れるようだった。
母から教わった薬を改良し、呪いをかけた―――その効果は、ちゃんと発揮したのだと後に知る。
「私も、イーシェとイースを産んだ時にね、不安だったからずっと飲んでたのよ」
「ああ、あれってあの……」
「そう。…ふふ、あの時のあなたったら、子供の玩具を両手に持ってあの子たちの目を引きたがってて、とても可愛かった」
「だ、だって!………俺と、アリスの初めての子だぞ。……嬉しいじゃんか」
思い出す、あの尽くスルーされた日々。
でもだからこそ、「ぱぱー」って手を伸ばされると嬉しくてゴロゴロできるんだよ。例え「パパー」がペンギンのぬいぐるみを指していたのだと知っても、う、嬉しいんだよ…。
アリスは針仕事をやめると、思い出して何だか照れてしまったり落ち込む俺の頬に触れる。そのままスリスリすり寄って来て、最後にキスをした。
「アーサーは私の。自慢の夫で、みんなの大切なお父さんよ」
「私の。」にすごい含みがあった気がするが、俺はとっても嬉しかったのであります。
二人でイチャイチャして二時間、―――窓には雨の滴が付いていて、次第に強く叩きつける。通り雨かもしれない。
アリスはぬいぐるみを縫いながら、俺の背中にくっついていた。幸せそうに口ずさむ歌に少しだけ眠くなる。
「明日は、葉っぱ取りに行かなきゃなあ……」
「そうね。どうぜなら皆で、ピクニックでもして……イーシェが毒茸とか毒草を採ってくるかもしれないから、イリス君に監視して貰わないとね……」
イーシェも、この天才薬師の娘でありながら何故に毒と薬の違いが分からないのか。
度々、家族総出で採取の仕事を始めるとあの子は自信満々の顔で毒を持ってくる。イリス君が来るまではナチュラルに籠に入っていてビビった。(今では彼が除けるか止めてくれる)
まあ、最近では利用価値が産まれたんだけども。でもそうそう必要でもないんだよな……。
食事当番にイーシェが当たらない理由は料理を劇物に換えるからだし。一体どこで教育を間違えてしまったんだろう。
「―――そろそろ店閉めてもいいかなぁ…」
週三しかやらないアリスと俺の店。閉店の時間はすっごく適当だが、暗くなる前には終わってます。
魔法の鍵と扉ですぐに家に帰り、危ない仕事から帰ってきた子供たちと、その恋人たちと一緒にご飯を食べる。後はみんな適当に解散かのんびりとお話して蝋燭を換えるか。
最近イースにアリスと近いものを感じて不安なんだが、横顔が赤いのを見るとちょっと安心する。頑張れエリスちゃん、ウチの馬鹿が毎日ごめんね。
ちょっと懺悔してると、アリスは不意に眉を寄せる。―――遅れて、扉が開いた。
「すぐに治らないじゃないか!!」
第一声がそれか、と思いながら、俺は短気な金持ち男、なんとか・カーセスさんに見えないようにナイフを抜いた。
俺はこういうタイプを前世の仕事柄何度も接してたんで今更好悪もないんだが、女癖の悪い上にステッキで殴るのが趣味というご立派な男なんで、警戒には値する。
アリスは「ふふふ」とさっきまでの感情を感じさせない笑みで口に手を当てると、「こんばんは」と挨拶をした。
「カーセスさん、お顔の色も良さそうで安心しましたわ」
アリスは優しげに言うと、俺に事前に作った薬を持ってこさせる。
渋々と席を外れると、二人の会話を背に箪笥を開けた。
「このヤブ薬師がっ、俺は完治させろと言ったんだ」
「はいはい。でもねえ、カーセスさん。あなたの病は絶対・全く・どう足掻こうと治りません。私は最初から、"安らかな残された日々"しか約束できませんと申し上げましたよ」
「お前は死にぞこないのガキでも死んでしょうがない病持ちの男でも治しただろう!?知っているんだぞ!俺の病だって本気で取り組めば治せるだろう!」
「 無 理 で す 。まるでカーセスさんを 呪 う よ う に 、複雑に蝕む病ですので。お医者様が匙を投げた病です、たかが薬師の私には ど ん な 奇 跡 が 起 き ろ う と 治 せ ま せ ん 。こうは言いたくないのですが、 諦 め て く だ さ い 」
「な……!!」
アリスさん、遠慮が無い……!
おま、幾らなんでも人を救う職に就いてるのがそれを言ったらアカン。俺は相手が激昂する前に薬をカーセスさんに押し付けた。
「……ですが、これは安静にしていれば決められた命も延びましょう。温かくして、野菜もお肉もしっかり食べてくださいね。ストレスは溜めませんよう」
「お、おお…」
「お隣の奥様によぉーく介護して貰うと良いでしょう。ふふふ……」
カーセスさんの隣に軽く挨拶をするアリス。青くなるカーセスさん。目を逸らす俺。
今まで女どころか色んな人間に恨みを買っていたカーセスさんは、ヒステリックになりましてアリスを「いい加減なことを言うな阿婆擦れ!」等々と怒鳴って金も払わず帰りました。
俺はついでに塩を撒いてやりたくなりながら、窓と扉に施錠して帰宅準備を始めた。
アリスは魔法で床を掃くと、ぬいぐるみを袋に入れていた。
まったく動じていないアリスだけど、アリスの旦那として、どうにもあの男は許せない。今度来たときはアリスを隠して対応してやろうか。
ていうか、いっそ毒でも盛ったら街の人間にも喜ばれるんじゃなかろうか。アリスに罪が向くというなら俺がサクッと殺ってきてしまおうか。
「……なあ、アリスって、助けを求められたら、誰でも助けるけど。……」
助けないことで、救われるものもあると思う。
―――そう思ってしまうほどに、あのカーセスさんは「悪」だった。腹の子を殺し、家庭を壊し、馬車で人を轢いて放置した、なんて噂も聞く。
何より、アリスがカーセスさんの病を治しているなんて恨んでる人たちに知られたら、怖い目に遭わされるかもしれない。それが嫌だった。
「私が人助けをするのは、罪滅ぼしと前世の両親の意思を継いでいたいからよ」
「………」
「でもね、あなたが心配することも無いの。優しくて綺麗なあなたには分からないだろうけど、生きてるからって幸せじゃあないのよ」
「?」
アリスは聖母のように微笑んだ。
「"生かさず殺さず"って、時に何よりも残酷な罰なのよ。私はそれが大好きなの」
一か月後、カーセスさんは息子と妻に逃げられた。
薬のせいで痛みを感じぬまま、茫然と「死ぬのだ」と知ったカーセスさんは、あんなにも固執していた財産を譲るからと家族を求めたが、誰も帰って来なかった。
その最期は火の中だった。誰かが点けた火は屋敷を燃やし、もうベッドから動けぬカーセスさんは何を思ったのだろう。
―――カーセスさんの遺体は、未だ見つかっていない。
*
ほ、ほのぼのした話でした!よね……。
追記:
イーシェさんのペンギンをパパ呼び事件ですが、作者の実話です。
動物園でお父さんに肩車して貰っていた当時の私(※滅多に喋らない)が初めて「パパ」と呼んだのは、太ったペンギンさんでした……。