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俺を選んでくれて、ありがとう。

※鬱々しいです。


※転生勇者の前世の話になります。


ご注意ください。



俺に親はいない。


病死なのか、事故死なのか。はたまた捨てられたのか。―――分からない。俺は古い神殿(と言えるほど立派でもない、こじんまりとした所だ)で親のいない幾らかの子供たちと暮らした。


親子連れが女神に祈りを捧げる姿を見ると、とても寂しかった。食事の席でも何でも、孤独な身の上の子供たちは暗かった。年に一人二人は自殺していた。


俺はそんな鬱々とした子供たちの中で、逃亡癖のある面倒なガキだった。どこかへ逃げて、追いかけられ捕まる。そうすることに「必要とされている」ことを感じたかったのだと思う。



そんな俺に対し、アリスは温かい世界で生きていた。

薬師の両親を持つアリスは裕福で(当時は医者の数が少なかったから)、たった一人の子供で。体を壊しがちなのもあって、とても大事に育てられていた。


どう見ても接点が無い俺らが出会ったのは―――幾つの歳かは忘れたけど、星流し祭りの時だった。


「あなた、よく神官さまに追いかけられてるね」


吃驚した。

アリスが言うには、彼女はよく本とぬいぐるみに飽きて、窓から狭い世界を見下ろしていたらしい。

すると自分と違って活発に動く子供が何度も神官に引きずられて行くのを見て、あれはどういうことなのだろうかと疑問に思ったのだという。


彼女の両親が教えなかったように、俺も自分の身の程は理解していた。

俺は驚きと嫉妬、そして―――誰かの心に、疑問としてであろうと存在していたことが嬉しかった。

世話をしてくれる神官は皆、良い人たちばかりだったけど、でも子供全員を平等に扱うから。……そう、寂しかったんだ。



俺はアリスに素直に孤児であること、気を引きたくて脱走していたのだと話した。

アリスは馬鹿にもせず、疑問が解消されたはずなのにまだ知りたいのか、俺のことを色々聞いた。


―――何が好き?何が嫌い?好きな季節は?嫌いな時間は?好物は、嫌いな色は……


今思えばここら辺からほんのりヤンデレかストーカーの香りがほんのりしてました。


でも俺は、生まれ変わる前でも後でも素直というか馬鹿というか、俺を知ろうとしてくれるアリスを、好意的にみていた。


あの祭りの日からずっと、俺はこっそりと抜け出し、アリスはたまに手作りクッキーとかを作って俺にくれた。

そんな仲を冷やかされたり、嫌な目で見られたりもした。思春期の女の子たちはこそこそと「親なしがお嬢様に取り入ろうとしてる」と指差してもいた。流石に泣いた。


「アーサー、そんなに気にしないで」

「……でも、さ。やっぱり俺たち、合わないのかな……」

「それは他人じゃなく、私たちが決めることだよ」

「でも―――」

「みんな、アーサーのことが知りたいのに私が独占するから、意地悪してるだけだよ」


アリスは同い年の少女の中でとても落ち着いていた。しかし幼かった。

あの年頃の少女は「恋に夢中」で、他人の恋でもあれこれと聞きたいし、羨ましいからと仲を掻き回そうとし始めるものだ。

ドロドロとした女らしい感情の始まりを、根の幼いアリスは「可愛らしい解釈」で済ませていた。―――頼れなかった。


相談して、アリスの無邪気な部分を汚したくなかったし、自意識過剰だと思われたくなかった。

当時は親なしの子は差別的扱いだったから、下手に相談してアリスまで俺を見下げたらと思うと怖かった。



―――だけど、俺はあんなに語り合ったアリスを、よく分かっていなかった。


無邪気とは残酷にも繋がるのだと、知らなかった。



「親に捨てられた"いらない子"のくせに!外うろついて物を盗もうってんだろ!」


言いがかりだ。

そもそも親なしの身なれども、神殿で面倒みられてるだけまだ好待遇なのだ。ちゃんと躾けられた神殿の子は、罪を犯そうとはしない。

それでも当時は酷かった。大都市に行けば頼る術のない子はたくさんいて、路地裏で短い生を終えると知っていたから、「まだマシ」と石を投げられるのも我慢していた。


「薬師さまの娘にたかるな!」


俺はもうその頃から将来を考えていて、"逆転"するために勉学も剣も頑張っていた。

たぶん、殴ろうとしたら、この目の前の同い年の男を倒せただろう。でもしなかった。―――やり返したら、アリスと釣り合えない気がして。


アリスのご両親は良い人で、俺とアリスが仲良く……異性として好き合っているのだろうと察していても、止めなかった。

だから、もしかしたらこんな俺でもチャンスがあるかもしれない。俺は努力してこの惨めさから「逆転」して、アリスと付き合いたかった。

無邪気でいて、優しいアリス。ちょっと怖いアリス―――全部、大好きだった。


「死んじゃえ!」


石を投げる男も、アリスに恋していた。

俺は、不意に角から薬の配達(親の手伝いだな)をしている途中だったアリスの目の前で、頭に投げられた石の当たり所が悪くて、倒れ込んだ。




―――まあ丈夫さだけは取り柄だったから、後遺症も残らず済んだ。


あの男は誰にも責められなかった。現場を見ていたはずのアリスも、何も証言しなかった。……その事実よりも、会いに来てくれないことが悲しかった。


俺は大事を取りなさい、絶対安静よと心配性の神官に不貞腐れる気力も湧かなかった。ずっと現実逃避のように眠っていた。


そうして何日目だろうか、俺はまさに「残酷」な話を聞いたのだ。


俺に石を投げたあいつ、そのたった一人の妹が、モンスターに食われて見るに堪えない残骸となって帰ってきたのだそうだ。

周囲にはそのモンスターを引き寄せる餌が残っていて、好奇心旺盛というか、ちょっと馬鹿な子だったから、周囲も適当に察したらしいが。


そして喪も開けぬうちに、あいつの母親が死んだ。毒を呷ったらしく、周囲は娘の痛ましい死に引きずられたのだろうと囁いていた。


次に死んだのはあいつに甘かった祖父母。穴という穴から血を拭きだして死んだらしい。警吏は乱暴者の父親を疑っていて、世間の噂話と警吏の疑いの目にキレて息子に当たっているらしい。


これは後に知るが、ご想像通りアリスがしでかしたことだ。

アリスが妹に調子の良いことを言って誰にも教えずに連れ込み、モンスターの餌にした。

アリスが母親に優しく語りかけ、「内緒ですよ」と安楽死できる薬を与えた。

アリスは父親に疑いの目を向けるためにあえて祖父母にあんな毒を与えた。

アリスはあの男の両親が居なくなると、もしかしたら俺のいる神殿で親戚のいないあいつが同居することになるかもしれないからと、乱暴者の父だけと男だけ残した。


当時のアリスはゴホゴホと咳き込み、熱を出し、元々体の弱い娘だったからと誰も疑わなかった。

俺も、アリスの両親からアリスの状況を聞いて、「あんなショッキングな場面に遭遇して心身ともに崩れてしまったのかもしれない」とアホのように心配していた。


あれはアリスが自作の毒を呷っただけだと言うのに。あいつの普段の無垢さに騙されていた両親と俺は、深く考えもしなかった。


アリスは証言することで下手すると自分の犯行がバレかねない故に、沈黙していたことを何度も俺に謝り、その真実を知らない俺はすぐ許した。

アリスはとても献身的で、よく俺を助けてくれたという実績もあるし、惚れた弱みだった。



そしてあの加害者で被害者な男が自殺したころ、成人してすぐ治安隊に入隊。

やはりここでも苛められたが、アリスが何度も支えてくれた。別に、婿に来ればいいじゃないと優しく背を撫でられたけど、それだけは嫌だった。一人前になって、アリスに求婚しても恥ずかしくない人間になりたかった。頼れる男でありたかった。


やがて俺は実力で叩きつぶし、運と人材不足で若くして出世した。

妬まれて制服はボロにされたし、新しい馬を買えとよくせっつかれた。剣を台無しにされた事もある。

俺はすでに同棲していたアリスに言えなかったけど、でもアリスは何も言わず、制服を綺麗に繕ってくれた。良い馬の手配もしてくれて、剣の代金も援助してくれた。


「あなたを助けられなかったから」


まだ気にしてたのか、と思う反面、俺のささやかで質素な贈り物をとても喜ぶアリスが愛しかった。


アリスが俺を支えてくれる。それだけで頑張った。アリスの両親に頭を下げて、「結婚させて欲しい」と懇願したときも、アリスが傍で一緒に頭を下げてくれたから、何度も粘れた。




結婚式はささやかなものだった。

アリスの両親に甘えれば多少は立派なものになったかもしれないけど。でも、俺に仲のいい同僚はいても親はいないし。アリスとアリスの両親の方が気を使ってくれた。


だからせめてとドレスに金をかけた。マリアベールの、長くて凝ったものにして。


俺の誕生日の花を髪に差して。―――ああ、あの日の、伏し目で柔らかく微笑する横顔が忘れられない。


アリスはその日、次の朝が来てもずっと、「うれしい」と微笑んでいた。俺も微笑んでいた。




―――結婚生活は何の問題もなかった。

喧嘩しても、お互いがお互いの好物を持ってごめんなさいをする。あいつはどこまでも優しく、そして俺はどこまでも甘かった。愛しかった。



だからこそ、あの日、子供が産めないと知った時のアリスの痛みを、俺も共に味わった。


本音を言えば欲しかった。俺の知らない「家族」。欲しかった「家族」……。でも、産む側のアリスはきっと、もっと焦がれただろう。

村社会よりもマシだったけど、アリスを哂う人間は多かった。こう言うのも嫌だが、アリスは街の娘の中でもとても幸せだったから。結婚しても大事にされた女が、あと一歩の幸せを掴めなかった。そりゃあ羨ましいと思っていた人間にとって、ここまでご飯の進むネタは無いだろう。


中には堂々と俺に離婚と交際を求めるのもいた。…最初の頃だけだけど。俺は大いに暴れ、翌日上司にぶん殴られた。

そして言われた。「お前の行いがまた奥さんを苦しめる」と。暴言に暴力で潰しても、一人で家で待っているアリスへの負担になる。


「わたしのせいなの」


「あなたをしあわせにできない」


噛みつきはするものの手を出すのをやめ、ただアリスを励まし寄り添っていると、よくこの台詞が飛び出た。

当時の俺はその言葉をその通り受け取り、苦しいと思った。アリスのせいじゃない!…でもその気持ちは伝わらないし、アリスの痛みを全部背負うことも、男の俺には出来ない。―――だけど、ずっと手を繋ぐことは出来るよ。


なあ、俺、お前にたくさん迷惑かけた。苦労もかけた。お前の家なら、お前なら。もっと良い男を亭主に出来ただろうに。


あの日、親なしの俺との結婚を、「うれしい」と微笑んでくれたお前に。ずっと支えてくれたお前を、幸せにしたいんだ。


だから聞いてくれ。耳を塞がないでくれ。




「……ずっと、いっしょにいてくれ。」


「お前が居るだけで、俺は幸せなんだ」




そう、ずっと。


叶うなら、来世でも――――…。






好評でしたので連載(もしかしたら大幅修正)することにしました。よろしくお願いします。



補足:


「わたしのせい」の件ですが、アリスちゃんは祟られているせいで不妊なんじゃないかと思っている、という裏設定。


なお、

前世のアリスちゃん⇒毒殺なら任せて!

現世のアリスちゃん⇒呪殺なら任せて!(毒殺も可)


アリスちゃんはアーサーへの攻撃を絶対に許さないので、罪悪感はありません。あの犯行は言うなれば神の啓示みたいなもんです。

悪いと思っていないけれど恨まれてもしょうがないとは思っています。ある意味前世のアリスちゃんはピュアな子(現世よりは)かもしれません。

現世アリスちゃんはもうフィーバーしちゃってる状態なので罪悪感は無いです。アーサーに見せる涙だって、もしかしたら計算尽くかもしれない……。


そして前世のアーサー君は努力家の真っ直ぐな人。無邪気な愛妻家でした。


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