VIII「黄昏」「屍」「きわどい運命」
屍が満ちていた。
視界一面には狭量な山脈地帯が続いていたが、その岩肌は道の先までずっと死体で埋め尽くされていた。噎せ返るような血の匂いと死臭と、そしてぐずぐずに腐った肉の悪臭があたりを覆っていて、集まってきた蠅や蛆がじくじくと死肉に群がっている。時折動く人影が狂ったように死体に剣を突き刺してはその剣を奪い取り、また隣の死体にとどめを刺し続けている。そして幾度となく殺し続けた後、死んだふりをしていた男に殺される。
ここではもう、そんなくだらない殺し合いが数時間にわたって続けられていた。わずかな生き残りの中で、男たちは自分が殺されないようにただ息をひそめていた。そして殺されそうになったら、自分がそうしていたように自分を殺そうと息を潜めている人を殺そうとするのだ。汗と涙と血でぬめる大地を踏みしめ、質の悪い金属でできているせいで3人と人を斬れないくせに、重量級で持ち上げるだけでも大変な剣を幾度も、幾度も振り下ろし続けているのだ。もはやそれは人を斬り、突き殺すための武器ではなく、脳天を、胴体を鎧や兜ごと叩き潰す鈍器となっていた。
夜が来て、雨が降った。水を吸った腐肉は膨らみ、さらにそのおぞましさを増していた。体が冷え、生き残っている者たちはあるものは凍えながら死に、あるものは神に祈りながら叩き潰され、あるものは叩き潰そうとしたところを一突きにされた。その山道には死だけがあり、そして今なおその密度を増していた。今やほとんどいない生き残りは自分が生き残る奇跡を夢見ながら、あるいは生き残ってしまった悲劇を嘆きながら次々と死んでいった。もはや生き残れるかどうかもわからないきわどい運命に縋るものだけが生き残り、悲劇の山の中で震えるものには鉄槌が落とされた。そこはさながら食肉工場だった。
暗闇を怯え、凍えを耐え、恐怖に打ち勝ち、そして奇跡をも身にまとったものに希望の朝がやってきた。丸一日何も食べていない空腹の胃はしかし、鼻腔を満たす吐き気を催す死を前に空腹を訴えることはなかった。そして朝日を見たことに黄昏て気を許したものは胸を陥没させられた。神の名を叫び、無意味な殺戮をやめさせようとしたものは首を刎ねられた。狂ったように殺戮を続けていた兵士はやがて、自らの肚に剣を突き立てた。この場にいるだれもが、狂気に身を委ねていた。
昼を過ぎたころ、生き残りはとうとう一人になった。死体の山から身を起こした時、そこに生者はいなかった。濃厚な地獄の気配に嘔吐を耐えるだけで精一杯のようすだった。
神はこの殺戮劇をずっと見ていた。特に何か反応するでもなく、ただぼんやりと眺めていた。そこに神自身の意志はなかった。
神は言った。
「彼を救世主にする」
満場一致で拍手が送られた。
そして彼は更なる地獄に赴くことになった。




