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VI「風」「苺」「激しい才能」

 僕らの訪れた村は風苺の特産地だ。

 風苺は断崖絶壁に張り付くようにしてなっている果実の一種で、食べるとわずかな酸味に強い甘みがあり、普通の苺と混ぜてジャムにされたりといった食べ方をすることが多い。育つためには安定した陽射しと強い風が必要で、晴れ間が多く険しい地形が続くこの地方では以前から生産量が多かった。

 中でもその村は周りを切り立った崖に囲まれるようにして存在しているので、基本的にはこの風苺を輸出することで生計を立てている家が多い。

 だからこそ風苺は神聖なものだと信じられ、風苺の収穫は神聖なものだとされてきたし、ある程度人工栽培が可能になった今でも若者の参入儀礼としての役割を背負っている。切り立つ崖に生る風苺を収穫することで、崖に上ることの意味や度胸試しをし、社会に入ることを認められるようになるのだ。

 参入儀礼は大体にして小学校高学年から中学生の間にはやることが多い。大人は崖の上の方まで行くが、儀式として収穫する分には決して危険を冒す必要はない。崖崩れがいつ起こってもおかしくないという激しい環境を生き残る才能は必要なく、ただ崖の恐ろしさや何かあった時の心構えのようなものを理解させるためにやっていると言ってもいいかもしれない。

 そんなことを思い返しながら、僕は風苺を一つつまむ。苺に比べても決して大きいとは言えないその実の中にはかなり強い甘みが入っている。疲れた時や気力を振り絞りたいとき、僕らの村では風苺を食べる。大人になる頃には風苺を食べれば頑張れると思えるようになるらしい。確かにそれに値するおいしさを認めなければいけないだろう。

 集めた資料を閉じると、僕は椅子に深く腰掛けた。ふぅ、とため息をつく。集められるだけの資料は集めたが、これを記事にするというのはなかなかに骨が折れそうだった。締め切りはまだ先だが、もしかしたらもう一度取材に行かなければならないかもしれない。

 それにしてもこのご時世に村人の多くがその村での暮らしを望んでいるとは珍しい村だ、と僕は思った。ほとんどの大人はあの村の中で一生を過ごし、たとえ仕事で外に出ることになっても数年後には村に戻ってきてしまうらしい。

 あの村ではある意味風苺がすべてで他はおまけなのかもしれない。それほどまでに風苺を大切にし、風苺のためだけに生きているという、そういう愚直さが村人たちの雰囲気にもにじみ出ていた。今の日本人が忘れてしまった何かが、そこにあるような気がした。

それにしても、風苺は本当に癖になる。僕はもう一つを口に運ぶ。箱の中はあっという間に空になってしまった。食べたい。食べたりない。

まるで麻薬のようだ、と思いながら僕は週末、またあの村に行こうと誓った。


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