V「月」「鞠」「見えない殺戮」
ぽん、ぽん。柔らかな音が響いていた。
あたりには小さな池が一つあって、そばに和服姿の女の子が一人立っていた。赤く塗り込められたようなその和服は女児が着るにはいささか大きいようで、余った裾がてらんと地面についている。そして僕は、それをじっと眺めているのだ。あたりの草むらの中から。
決してストーカーではない。ここ最近起こっていることの調査をしに来ているのだ。
少女は池に映った満月を満足そうに見つめながら、まるで毬でも持っているかのように手を動かす。もちろんその手には何も持っていない、少なくとも僕にはそう見える。
なのに。音は聞こえるのだ。
ぽん、ぽん、とまさしく毬をつくような音が、かなり離れたここまで聞こえてくる。少女は池をぼんやり眺めながら、それでも手元だけは動かし続ける。
そして僕は見てしまった。
池に映る少女の手元、そこにあった満月が、少女の手と合わせるようにして跳ねているのを……。
翌朝僕は自宅で目を覚ました。
何が何だかわからない。あの後すぐに僕は気を失ってしまったようだった。だとしたらどうして家に帰ってきているんだろう。あの少女に僕が見られていないのかも気になった。
看病するようにそばにいた父に聞くと、父が帰ってきた時には寝ていたそうだ。そして苦労の甲斐なく、昨日も被害が出てしまったようだった。昨日は、3人。全員血を抜き取られて発見されたらしい。これもいつも通り。
僕らはこれを見えない殺戮と呼んでいる。誰も犯行現場を見ていない。ここ数週間の間続いている意図不明の殺人劇。
いったい誰が、どうしてこんなことをするのか。村の自治組織が巡回を始めたのが3週間ほど前だが、未だに成果は上がっていない。僕もそうして巡回をしている途中であの少女に出会ったのだが、なぜだかそれを言う気にはなれなかった。
そうしてその夜も、僕はあの池に出かけた。このことは誰にも言わなかった。
そこでは昨日と同じように少女が池を見ながらぼんやりと、虚空にあるような手毬をついていて、しばらくするとやはり、池に映る月が少女の手元にあった。
その光景に気を取られて足元が疎かになったのだろうか。僕はぬかるんだ地面に足を取られて斜面を転がり落ちた。その先には当然のように池があって、僕はぼちゃんと飛び込む羽目になった。
軽く水を飲みながら顔を出すと、少女は手を止めてこちらを見ていた。僕はそれをひきつった顔で見ていたが、少女はしばらくすると僕に背を向けた。そうして二度と戻ってこなかった。
翌朝、僕が自宅に戻ると近所の人が全員死んでいた。少女が何者だったのか、今でもわからない。




