Esoteric buddhism
サブタイトル『Esoteric buddhisms / 密教』
※三鷹 道介視点。
「……うむ、なるほどね。それでわざわざ報告しにきたのね。」
「僕も驚きましたねー。まさか第2位の彼が見つけるとは。
北山君。名前は何て言ったっけ?」
「名前すら覚えてないのね……。五近程度は覚えてほしいわ。
『北山 邦銘』よ。あなたって興味がない事はホントに無関心なんだから。」
「仕方ないだろう。……それにしてもホントに北山か。
俺的には戦闘とは無縁のような奴が暗号を手に入れると思ってたんだけどな。」
「……私は、隠さなくてもいいと思ったんですけれどね。いつバラすの?」
「近々には。でも暗号を解いた特典ってことにしようか。」
「本当の1位……には隠しておいてね。」
「アハハハ、九条君プライド高いもんね。」
「一種の密教のような組織になってしまったけれど、仕方ないわ。
今回は許すけどバラすことは覚悟なさい。他にも同じような密教があるかもしれないわ。
そういうところは早々に対処したいし、そろそろ偵察範囲も広げたいからね。」
「お任せあれ……。そういえば、もうそろそろ九条が帰ってくる頃ですよね。
そろそろ失礼させてもらうよ。」
ややフレンドリーな会話が幕を下ろした。
彼の言う通り、九条は帰ってきてもおかしくない時刻なのだが、
彼はまだ帰還しない。その理由は――――
『――――私を動かすことができる感情など存在しないのかもしれません。
本当の意味で心なしで、私は人間の皮をかぶった化け物なのかもしれません。
どうか、どうか・・・・・・私の正体を明かす者が現れませんように。
過去の栄光にはもう2度と縋りません。
この世のために、地獄のために修練します。禁欲もします。
できるだけ数多くの人々を救い、導いてみせます。
だからどうか、継ぎ接ぎが分かるほど、私に誰も近づかないでください。
私は神に強く祈りました。恐らく、信仰者、宗教者よりも強く一心不乱に願いました。
度重なって、幾度も両手を翳して捧げました。
しかし、私には何も変化はありませんでした。
神様は、もう私には目を向けてくれないようです。
私は神に見放されました。 もう、誰も私の秘めたる思いを成就させることはできないでしょう――――』
「メモ、随分長いね。 これ、一種の小説か何か?」
「全部読んでみなきゃ分からんが、つっかかる節はある。何かヒントがあるはずだ。」
その後も、続きを読んでみた。
このメモ……今回は随分と長く、ノート4枚分だ(しかもノート1ページ分がそのままに)。
両面にギッシリ文章が詰まっているため、読み返すだけでも時間はかかりそうだ。
内容はというと、誰にも理解されることなく孤独を味わう思いを綴った詩のようなものだ。
詩には興味がなかったのでこれを詩と読んでいいのかは疑問だが、
不思議と読み飽きたりすることはなかった。むしろ中身が気になり引き込まれるような感覚だ。
「そろそろ、ラストか?」
「たぶんね……!」
『――――そこで、私は考えました。変化がないから心も変わらぬのだと、心も動かぬのだと。
なので、私は今までした事がない新しい事に着手しました。
まず、恋をしました。勿論、片思いです。私が好きになれると思った女性を、
思い焦がれるほどに想像しました。 次に、告白しました。
自分は努力の末にようやく化け物としての継ぎ目を簡易的にごまかせる程度の
人間の姿を手に入れる事が出来たので、タイミングは自分としては上出来だと感じました。
結果的に私と女性は付き合う事になりました。私にとっても、彼女にとっても、
これはなんと喜ばしい事でしょうか。
私は自分を、空っぽの心を埋めてくれるような出来事に胸が躍りました。
これが、自分を満たしてくれる事なんだと自分は強く実感しました。
生きる事に強く感謝し、今ある幸福に涙を流しました。
神様がついに自分を救ってくれる活路を下さったのだ。
そう思ってなりませんでした。重なる祈りが成就したのだと疑ってませんでした。
しかし、神様がくれたものではありませんでした。そして悲劇が起こりました。
これは、自分自身が作った状況であり、自業自得の道に入りこんでしまっただけなのでした。』
「ここで終わってるな。」
「……ここから、次のヒントを探すんだな。えーと、まずは……。」
「物語の中からヒントを見出すんでしょ? どこから抜き出せばいいんだ?」
「たぶん、余剰部分から取るんだろ。これは。」
「余剰部分?」
「えーっと、文章の中で特に必要のない部分があるんだよ。不自然じゃないけど混じってる。
例えば、『人間の姿を手に入れる事が出来たので、タイミングは自分としては上出来だと感じました。』
のタイミング云々のところ。タイミングとしては上出来ってのは、
この暗号のこと。俺たちは都合よくこの暗号を手に取ってくれたってことさ。
まだまだあるけど、できるだけ抜き出して考えたほうがよさそうだな。」
「へぇー、よくわかったね。」
文章が面白かったから全然気がつかなかったなぁ。
「一刻も速く解きたいからな。」
結局、抜き出しの作業はすべて北山がこなしてしまった。
高嶺の勉強もおろそかにはできないので、僕はそちらに費やしてしまった。
漢字もかなり覚えてきたし、そろそろ熟語もいいだろうということで
時間をかなりさいてしまった。その甲斐もあって、高嶺は日本語がますます上達していった。
「ねーねー、ミッケー。」
「どうした、高嶺?」
「今日は、ミッケと寝ていいってお母様が。」
「宮ノ小路様も何を考えていらっしゃるんだか。」
ミッケが駄々をこねたのか。きっとそうに違いない。
それにしてもなぜに広い玄関の角で一人しんみり寝たいところに強襲されなきゃんらんのだ。
「……戻りなさい。皆ビックリするから。」
「やだー! 一緒じゃなきゃ大声出すもん!」
「!! 待て! わかったわかった!」
あわてて謝罪する。養育って大変なんだな……。
他人行儀だったらどれほど楽だったろう。
「今日だけだからな。」
「うん!」
毎日、勉強詰めだったせいのあるのだろうか。駄々をこねたのは。
確か、明日から戦闘訓練だ。気分も晴れ、鬱憤も飛ぶだろう。
辛抱だ。今日だけの辛抱だ。こんなこと、あっちゃいけないんだ。
年頃の体つきの女性と夜を共にするのは……!!
彼は結果的に強い責任感のおかげで、その夜正当な養育者として全うしたのだった。
朝起きて、高嶺を起こそうとしてふと気がついた。
「メモ……忘れてた。」
日課だった。寝る前にメモを見返す事が日課にしようとしていた。
見てて飽きない文章だし、謎ときは嫌いじゃなかった。
それにしてもヒントが14もあるのかよ……。
一行ずつにまとめると……
1.『夜行するような背徳的な実感がたまらないのだ。』
2.『仕えるものは必ずしも手先としてばかり動くわけではないのだが……。』
3.『私もうすうす感じてはいた。からっぽの心の隙間に影がうごめいている事ぐらい。』
4.『初めて気づいたのは13の秋の事だったが、解明の手掛かりにはなると思われた。』
5.『前言撤回。私には過去を振りかえる事は無意味に近い。必要なのは今なのだ。』
6.『無頓着なぐらいに無防備な影は私には危害を加えてこない。だから私も害する事はない。』
7.『だからといって私は自分から行動をうつすつもりは全くない。』
8.『あの力を手にした時ですらも、心は簡単に表情を変えなかった。』
9.『誰も活路を見出せなくても同情してくれる人がいるかもしれないので、
棚の隙間、本の間に文を残します。』
10.『影は私に言いました。 一人でも二人でも関係ない。徒党を組もうが無意味だ。
ただし死人を超える徒党からは話は違ってくる。 と。』
11.『死人はきっと私を理解してくれる。その思いが募りました。』
12.『どうか、どうか・・・・・・私の正体を明かす者が現れませんように。』
13.『人間の姿を手に入れる事が出来たので、タイミングは自分としては上出来だと感じました。』
14.『これはなんと喜ばしい事でしょうか。』
高嶺を起こして、テラスで時間をつぶす。高嶺と日々の話をしたり、
日常を満喫していた高嶺の話はなかなか味になってきたのではないかと思う。
「1は……『夜中に動く感覚が好き』かな?」
わからない。でも、自分なりに解明してみても面白い。
北山は何て言うのかなぁ……。
文章を観た感想も交えて、自分の解答を書いた。そして、高嶺の勉強机の上に置いた。
ガチャ
「おーい、三鷹……?」
部屋にはだれもいない。
「ああ、戦闘訓練? ここについつい来ちまった。 って、ん?」
机の上に自分を名ざししてあるメモを見つける。
「これって、きのうのメモか?」
ヒントを順に書いてあるメモ。確かに自分が写したものだと確信した。が、
書き加えられている者に気がついた。
「あいつの解答か? ……!!」
衝撃が走る。
『1.夜中に動いたあの時の感覚が好き。』
『2.命令ばかりでなく、自由な時間もある。』
『3.自分が誰かにつけこまれているのではないかと思っている。』
『4.13歳の時にその異変はあった。恐らくそこに何かのカギがある。』
『5.前言撤回。実はそうではなく、気づいた当時では解決に繋がるヒントはない。(4.は無意味)』
『6.心に付け込んだあいつを見つけたが、あいつは何もしてこない。だから自分も様子を見る。』
『7.下手に自分から動く必要はない。向こうからの動きを待つ。』
『8.大きな変化があったのに自分はほとんど興味を持たなかった。(実は影にも影響している?)』
『9.本棚に次のヒントを隠してある(正解)』
『10.あいつは私に言い残した。 一人や二人なら構わないが、6人を超えるなら対策をしよう。』
『11.ゾンビならきっと理解してくれる。』
『12.自分のヒントや手紙に気付いても広めないでくれ(ゾンビにいっているのかも?)』
『13.普通の態度を取っていれば断定される事はない。目立つ事もない。』
『14.嬉しい誤算だ。(普通にしていれば堂々と宮殿を動ける?)』