They wait upon for the Queen Ⅱ
サブタイトル『They wait upon for the Queen / 女王のために彼らは傅く Ⅱ』
「ゲフッ……!」
衰弱しきった体では少々の爆風すら芯に響く。
幸いなことにフェロモンですっかり鎮まったC¹²は
それにも動じる事はなかった。が、これで全て決まる。
相手はせっかくフェロモンで大半が戦意を失いかけているというのに
まだ効果が行きとどいていない者がいる。
行動できるものがいたとするならば、疑うべき対象は間違いなく俺だ。
あれほどため込まれた北山の『爆熱余波』を喰らって
生きていられるはずはない……が、あれは相当の熱量と光を放つ。
気づかれたっておかしくはない。
「ウ、グ……一体何が?」
しらを切るように俺、『三鷹 道介』は口を開いた。
ここまで来てしまって俺の言葉があいつらに聞き入れてもらえるかどうかは些か問題ではあるが、
今更引けない。やるしかねぇんだ!
「ガフッ! ば、馬鹿な……」
声が、聞こえてくる。
どこからだ、シートゥエルヴの奥から聞こえてくる。
フェロモンが爆風で全てかき消されてしまったので徐々に鮮明な視界が戻る。
「だ、誰だ!」
よろよろと僕が立ち上がると、辺りを確認する。
……あいつらの声が、シートゥエルヴの方角から聞こえてきた理由がわかった。
爆風で吹き飛ばされたんだ!
俺が爆風を受けていない理由は、最後尾の誰かが被弾したからだろう。
一方最前列の俺は爆風の被害をほとんど受けなかったということか。
しかし、俺は視界が戻るとともに徐々に相手にしている人間が怖くなってきた。
なぜ、誰も死んでいないんだ……!?
誰かが爆風を被弾したのは間違いない。爆風で吹き飛んでいるのだから。
だが、誰も死んでおらず、怪我も大きな外傷は見当たらない。
爆風でコンクリートに思い切り擦れたと思われる傷口は見受けられるが、
それ以上がない。一体、俺たちは何を相手にしようとしていたんだ?
宮ノ小路様のお告げ、一体どこまで見えているのだろうか。
そして、なぜ我々はこの任務を命じられた?
俺たちは、この任務を成し遂げられるのか?
あいつらは多少のダメージを与えたとはいえまだまだ行動不能には程遠い。
く……どうする。我々は宮ノ小路様のお告げの『生まれる時刻』ギリギリに動き出したんだ。
そろそろ、シートゥエルヴは『産む』ぞ……!?
「ヴ、ヴォォォォォォゥ!?」
!?
やはりシートゥエルヴが……!
「な、なんだ!?」
「怪物が目覚めやがったのか!?」
間に合わなかった!
北山は恐らく先ほどの方角。シートゥエルヴ越しにしか攻撃できない。
フェロモンは十分に満たすためにも相当の時間がかかる。
俺は戦闘能力がない。
……終わった。あいつらはゾンビを殺す。俺も殺される。
最悪の場合は林と北山だけでも逃げ切れるだろうが、
シートゥエルヴは……任務は果たせない。
畜生、畜生!!
……時間がゆっくりになった?
なんだこの感覚は。最後の最後に走馬灯をみて俺の命は終わるのか。
驚きのあまりに動きを止める12人組。
俺は、シートゥエルヴの付近にいる。
今、シートゥエルヴの下半身。2本の足の間から、何かが出てくる。
それは、ゾンビなのか。それとも……『人間』なのか?
悠久の時のように思えた光景だった。
生命の誕生とは、こうも美しいものだったのか。
最後の最後にこの神秘的な光景をこの目に入れる事が出来たんだ。悔いはない。
……と思いきや、そのような甘い考えは捨て去らなくてはならなかった!
シートゥエルヴは座ったまま、子を産んだ。
この子の生態については俺も知る由がない。髪が長くて、見た目は女子のようだ。
あいつら12人は、シートゥエルヴをどう判断するか。
今の行動のツケは相当デカイ。
この子の誕生を知っているのは今のところ俺一人だ。
だからこそ、任務達成の余地はある!
……しかしだな、これは生まれたての人間のような赤子?
性格は……なんだ?
人間とは質が違う。生まれても産声を上げず、行動もしない。
ただ、俺をじっと見つめている。
宮ノ小路様は、この子はお告げ通りによると『世に改変を齎す』らしい。
だが、ゾンビ。つまり異形の姿ならゾンビの世界を作り上げる事は容易なものだ。
だが、これは一体……。
宮ノ小路様のお考えは我々には到底理解できないような崇高なものなのかもしれない。
ドゴゴゴッ!!
「うぐぁ!」
「ま、また奇襲だと!?」
「どこから撃ってるんだ!」
第2発目の爆撃が起こったようだ。今の知る状況でここまでの規模の爆発を起こせるのは
北山の能力以外あり得ない!
第2発目の不意打ちは完全に予想外の様子だった。
またもや爆風でシートゥエルヴからますます遠ざかる。
そして爆発で粉塵がますます舞い上がった。
……チャンスは今しかない!
「行こう!」
グイッと手を引っ張る。この子の詳細については宮ノ小路様が
後々指示をくださるはずだ。今は考えるな。無事に帰還する事だけを考えろ!
決断したところで
「三鷹、何してんの! 行くよ!」
「ああ! 急ごう!」
走っていると、第3発目の爆発音が聞こえてきた。
もう粉塵で完全にあいつらの視界はふさがっているはずだ。
行こう、宮ノ小路様の元へ!
「っと、その前に北山も一緒だってこと忘れるなよぉ?」
「わ、わかってるって!」
一瞬忘れかけていた。歓喜のあまりつい思考が宮ノ小路様一色だった。
俺たちは、任務を無事達成したんだ!
「ここは僕に任せて。」
「ちょっと!」
ビルや建物の間を進み、ついにおかしな場所まで来てしまった。
窓ガラスが割れてて、不吉さマックスだ。
「フェロモンを使うには人気のないところに行かなくちゃね。」
「誘導のフェロモンだな?」
「勿論。範囲全域に共有しちゃうから普段は使えないんだけどね。」
「便利なんだか、不便なんだか……。」
誘導のフェロモン……今回初めて見る。
林の放つフェロモンはなんだかんだできついにおいではない。
むしろ、すぅーっとなじむように入ってくる。
俺が言うのもアレだが、誘導ってどういう能力なんだろう?
「……。」
すっかり無我夢中だった。この子、俺の服の袖をギュッとつかんでいるぞ。
寒い……よな。今はすっかり冬だ。外は雪景色には程遠いのだが、
気温はすっかりそういうの低さだ。
「俺の上着、貸すか。」
俺は上着を脱ぎ、生まれて間もないこの子に着せた。そして、ファスナーを閉める。
生まれて間もないため、当初は体全体にシートゥエルヴの羊水が
包んでいたのだが、今は空気も乾燥しているせいか、水っ気はない。
上着を着せないと後々の健康被害に繋がる可能性も否めない。
最も、ゾンビの関係があるため、この子が風邪をひいたりするかどうかは分からない……。
「……よし!」
「誘導できそうか?」
「ギリギリ!」
「能力使いすぎてるんじゃねぇの?」
「そうでもなさそうだけど、爆風って果てしなく遠くまで届くからねぇ。」
「なるほどな……。」
気になって仕方がないんだが。この子。
宮ノ小路様の事だ。この子は生涯大切にされるだろう。
温厚なあの方の事だからそれだけは断定できる。
……しかし、名前がないと呼びづらい。宮ノ小路様はどのようなお名前をつけられるのだろうか。
「……待たせたな!」
北山! よし、これで後は帰還するだけだ!
「行こう、宮ノ小路様の元へ!」
俺たちは駆け出した。シートゥエルヴの子が俺たちと同じ速度で走っている姿は
現実的に考えてとても奇妙な光景だっただろう。
しかし、俺はそんなことがどうでもよくなるぐらい気分がハイになっていた。
思わず笑いがこみ上げる。
あいつらには本当に勝負して勝てるとは思えないが、なぜか笑っている。
そういえば、どこかの本で読んだ事がある。
人間は恐怖から解放されると笑いが込みあがってくるらしい。
俺が今笑っている理由もそれなのだろうか?
「ク、ククク……!」
「硲、急に不自然な笑い方をするのはやめろ……ッ!」
「冷たいですねぇ。幽君……。聖奈ちゃん。見つけましたか?」
「うん、走ってると思う。」
「聖奈ちゃんの能力を使えばどこに隠れようが一目瞭然。
これを忘れているとは!」
「……で、追うのかよ?」
「当たり前です! 私の研究が滞るかもしれないライバルですからねぇ。
寄りつく虫はちゃんと始末しないといけません。」
「……勝てるのか?」
「幽君。君、見たでしょう。爆撃の様子も、あの貧弱な男も。
影からコソコソ狙ってくるという事は、真っ向勝負で勝つ自信は極めて薄い。
加えてあの男、死ぬ気だったんでしょうか。囮ですかね。」
「そういえば、匂いもなくなったな。」
藤島が不意に発言したことが、皆をハッとさせた。
「匂い……そうです。シートゥエルヴが発していたと言っていましたね。
まだ死んでいないはず……。」
「おいおい、狩猟隊取り逃がしておいて……。もう殺した方がいいだろ。」
「いや、狩猟隊を……。」
「ヴヴヴ……。」
隣から殺意に満ちた唸り声。
「……!!!」
「ヴォォォォ……。」
やがてビル群から姿を現した巨体。それは、いとも簡単に俺たちを目に入れた。
「……まさか、最後の最後に『透明細工』が役に立つとはね。」
「妨害もほとんどなかったしな。そういえば結局あいつら追ってきてるのか?」
「ここまで来ちゃったんだ。もう見えないよ。遠すぎる。」
「そっか、ま、全員生き残れたんだ。任務も達成できたし。」
「そうだな。そうだよな! 俺たち、まだまだやれるよな!」
「あったり前よ! こんなところで死ねるか! そろそろ宮ノ小路様の
管轄内だ。敵なんていなくなるさ。」
仲間とは、時に想像以上の支えになる。そう深く実感した三鷹 道介だった。