Grave talk
サブタイトル『Grave talk / 深刻な話題』
……啓が俺に対してそこまで重みのある話など想定していなかった。
思えば啓が俺たちに対してどの程度の把握ができているかすらも、
深く時間をかけて考える事をしなかった。
だが、啓は……その目は、
知り得た情報を突きつけ、相手に一方的な強制を要求する目線ではなかった。
人は……嘘というものを突く。嘘は人を陥れ、不幸にする。
だが、そんな意識がないとハッキリわかるほどに啓の顔には深刻な面持ちがうかがえた。
声にも、常のような余裕がない事が出ている。
いつもの声じゃない。いつもの態度じゃない。いつもの顔じゃない。
俺は啓が今から言わんとしている事を聞く事にひどく不安を覚えた。
だが、不安は知らないままにして置くのはダメだ。絶対に。
今、ゾンビを舞台とした世界に人間が見紛うほどの勢いで死んでいるだろう。
今を生きる人間も、ここまでに至って初めて人間の死に触れた人間も少なくないはずだ。
「幽にぃ。よく聞いてくれ。」
「待て、話すなら俺だけに聞こえるようにしてくれ。その方が都合がいい。」
「……わかった。」
啓が硲を見る。
無言のアイコンタクトが取られた後、硲は表裏が返ったかのように
やや落ちついた態度とは一変して一行へと向かってトークを始めた。
「さて、皆さん。アジトの連中は撤退していきました。
私たちの第一歩は100点満点というところでしょう!」
テンションも高まっている。……皆の気を引いてくれているのだろうか。
それはそれで都合がいい。
「啓、話してくれ。」
「ああ。実は、幽にぃの能力の事なんだ……。」
お、俺の……能力?
「人並みには使えないと、思う。自由に使えるようなものじゃなかったからな。」
座光寺との一戦で交えたあの時の感覚は忘れてしまいそうなぐらいうっすらとし始めていた。
……ここ最近は眠りにつく時ですらも、気を張っていたのかもしれない。
安眠とは無縁の気構えはできる限りしていたし、
最低限の警戒も怠らなかったアジトでの日々だからな。
「……ま、言いたい事は二つあるんだ。」
「二つ?」
「ああ。 ……幽にィ。これみんなには内緒だけど、硲は能力を見破る能力ってのを持ってるんだ。
『解明』って言うんだ。誰がどういう能力で、どう使うのかまでわかる。
詳細もつかめるらしいぞ。」
……!!
予感が的中した瞬間だった。
馬鹿な、硲にそんな能力が……!?
ってことは、俺たちには能力について硲に隠し事はできないってことなのか!?
やられた……硲には俺たちが知る由もない秘密を握られた!
俺も今だれがどんな能力を持っているのか、全員の事はわからない。
しかし、硲は……!
「そ、そんな深刻な顔スンナって。重要なのはそこじゃねぇんだから。」
「え?」
「幽にぃにとってもっと大事な事! あのさ、忘れかけてるかもしれねぇけど
『トランスパレントゴースト』って能力が幽にぃの持つ能力なんだ。」
「長い名称だな……硲命名か?」
「みたい、だな……。 能力はあれだ。その、なんつーか、
一言でいうなら『幽体離脱』できる能力らしい。」
幽体離脱……?
そんな能力を実感した覚えは……あ!
ショッピングモールで気を失ったかと思っていていつの間にか
自分の意思で周りを見渡せたあの出来事! 能力だったのか!
啓が続けた。
「座って目を瞑れば使えるらしい。ま、できるかどうかは幽にぃ次第だ。
霊体から体に戻るときは一瞬だけど、霊になるときは自分の足の速さでしか動けないから、
そこだけだ。俺が言いたいこと。でも霊は体が透けるから攻撃受けたりはなし。
相手にも絶対に見えない。……でも本体に攻撃は当たるからな。使いすぎんなってことだ。」
……硲はそこまで俺の事を?
どの道俺の能力は実戦向きではなかったという事だろう。
自力でつかむさ、戦いのスキルは。この矛だけでも切り開いてきたじゃないか。
「問題はこの次。幽にィ、なんか暴れたりしてない?
アジトで会った時もそうだったけど、あの能力だけは使わないほうがいいよ。」
「あれか。あれも能力なのか?」
「ああ。『覇 命 剣』って名前なんだ。
使えば鬼人のように強くなれるし、一騎当千もできるってくらいに凄い能力だ。」
「へぇ……だけど、なんで使わないほうがいいんだ?」
「あれは、呪われてる力さ。『ティール』って(硲に)命名された使い方があるんだが、
それだけは絶対に使うな。死ぬぞ?」
「……死ぬ? 一体どんな使い方なんだ?」
死ぬほどの負担がかかるのならば説明は
省かれても良いはすだが、言い方からして何かあるはずだ。
「……使えば、覇者になれるくらい格段に強くなれる『儀式』だ。
使えば自然と頭に方法が浮かんでくるって硲は言ってたが、
好奇心で使っちまう前に言っておく。簡単に言うと『ゾンビの血を飲む』事が条件だ。
何があってもそれだけは気をつけてくれ。血飛沫とかには特にな。」
「あ、ああ。」
「使っちまったら最後。呪い殺される。どうしてもって時には、
『ティール』だけは使わないようにしてくれればいいからさ。」
「……色々助かった。 だが、どうして教える気になったんだ? 知ってたんだろ?」
「幽にィ。ホントは敵対するかもしれないとか思ってたけど、
やっぱり俺の兄貴なんだって思うと何も知らずにいると思うと忍びなくてな……。
使えば使うほど呪われるのが売りらしいから。」
「ホント、サンキューな。啓。 硲とかかわってから堕落する一方かと思っていたけど、
これで俺も一安心だ。お前も死ぬなよ。兄貴に心配かけさせるんじゃないぞ?」
久々だ。こんなに兄弟らしい会話をしたのは。
「……ああ!」
啓の声には嬉しさがこもっていた。ような気がした。
啓が硲のところに戻ってトークに口をはさむのを見て、
俺もその無駄にテンションの高い会話の中へと入ってゆくのだった。
7階建てビルの屋上。3人組の男がじっと夜闇でも見えるような、
ぎらつく眼光であたりを警戒していた。
「……くそ。邪魔者が。 いつまで居座るつもりだ!」
「落ち着けって。『C¹²-Viltis』に長居するような馬鹿はいないだろう。」
「そうだぞ。何しろ愚民どものためにこの辺にアジトがあるらしいじゃないか。
それに、能力者でも勝てるとか甘い考えで作ったおつもりではないらしいからな。
『宮ノ小路』様は。」
3人は確実に、誰にも悟られぬように忍びつつあった。
怪物の元へと……。