Appraisal
サブタイトル『Appraisal / 鑑定の時』
「ここです。」
数あるアジト圏内の廃墟と化したビル。
そのなかでも高さ、幅ともに並々であろう建物の中に俺たちは侵入した。
硲がただ階段を上っているときでも俺は不安をぬぐい切れなかった。
死の恐怖や、恐れを抱いているわけじゃない。
とてつもなく大きな不安ではないが、何かこう、小さな種のように些細なものが
芽生えているような気がするんだ。
階段を上ると、やがて屋上へとつながる扉が見えた。
「行きますよ。」
そう言って躊躇いなく扉を開けた。
現在は午後。今は正確な時間を知るすべはない。ただ、冬ということと
空の夜闇を見るとすでに活発に動くべき時間帯ではないという事だけは
ハッキリと分かる。そして目の前に対峙する人影。
「……これで、全員かな?」
「ええ。揃いましたよ。」
そういうとやや愉快そうな口調が聞こえてきた。
「さてと、まずは自己紹介からだね。僕は『弥栄 誄』。
拙い実力の研究員の一人だ。よろしく頼むよ。」
夜闇にようやく目が慣れてきてわかった。
この弥栄 誄という人物、今の表情は楽しんでいるかのようににこやかだ。
どこからそんな笑みが漏れるのかは分からないが、まだこの人物を異常だと判断するのは
早計すぎだろうか……?
「弥栄、さんって言った方がいいのか?」
「それで、構わないよ。……ん、君は確か『新堂 幽』君だね?」
「え、ああ。」
「なるほど、ね。確かに優秀そうだ。うん、何度か死線も超えてるような顔つきだね。」
……一目見ただけで優秀の一言か。これであっさり『貧弱そうだ』等の返答があったなら
やつの底が知れてしまう程度なのだが、死線を越えている事も予想しているのか。
こいつも硲と同じ事だ。敵対すると一筋縄ではいかなさそうだ。
「おっと、話がそれてしまったね。そろそろ本題に入る。
僕が要求するのは君たち全員の身柄さ。ああ、手荒なまねはしないから安心してよ。
むしろ、協力といってもいい。」
「協力だと?」
「そう。僕にも勿論活動拠点があるわけだけど、君たちはそこで生活してもらう。
ただそれだけさ。僕は優秀な人材を集めているんだ。」
「集めて、どうするんだ?」
「どうする、か……。それは後々考えさせてもらうよ。今は時間が惜しい。
それで、江田氏、そちら側の要求とは?」
「フフ、実はここからそう遠くない地帯にとある強靭な固体のゾンビがいましてね。
そのゾンビを研究対象として狩猟隊が始末しにくるんですよ。
私はそのゾンビと狩猟隊を討伐したいんです。それを手伝っていただきたい。」
「ふむ、分かった。できるか。美鈴?」
「できるだけ、迅速に完了いたします。」
「よし、できれば今すぐにでも向かいたいのだが、大丈夫か?」
硲の提案を弥栄は鵜呑みにした。
ここまですんなりと通るものなのか。
「皆、行けるか?」
俺は確認を取った。
「俺は大丈夫だ。」
「俺もだ。」
「僕も行けます。」
「私も大丈夫です。」
「ああ、今すぐでも行けるぜ。」
「私もだ。」
「聖奈も大丈夫だよ!」
全員、整っているようだな。
「私も啓もOKです。」
「では、行こう。硲、先陣を切ってくれ。」
「分かりました。啓君!」
「わーった!」
啓の返事を聞くと、硲はすぅーっと……
「おい、硲!?」
「うわ、マジか!?」
俺と藤島が真っ先に声をあげた。
何しろ、硲が啓とともにビルの屋上から落下していったのだから!
「まぁ、彼らぐらいになると階段を使うのは面倒にもなるか……。」
ため息交じりにやれやれという具合に弥栄が言った。
「ど、どうして飛び降りたんだ!?」
藤島の質問には弥栄がすぐに答えてくれた。
「肉体がゾンビを含む環境内で強化されると生身でも飛び降りれるようになるよ。
ただ、彼らは能力で衝撃を緩和しているみたいだけどね……。」
な、なんだと……!
御、俺たちには到底できないし、させられないぞ。
「君たちは普通に階段から降りなよ。その方がいい。」
「ああ。そうさせてもらうよ。」
そう言って俺は屋上の扉へと向き直る。
階段を降りるときに「それじゃ、僕も行くよー!」と硲に向かって叫ぶ弥栄の声が聞こえていた。
それ以降声がなかったのはきっと弥栄が……いや、考えないようにしよう。
ビルの外で俺と硲たちが交流すると、硲を先頭にして進んだ。
合計11名という多勢でゾロゾロと歩く姿といえば見栄えが悪いが、
少数精鋭といえば聞こえは良くなるだろうか。
等と考えながら俺はひたすらに歩いた。
皆はそれぞれ2,3人ずつに分かれて何かを話している様子だった。
俺は藤島、聖奈と行動を共にしていた。
「なーんか陰気だよな。この雰囲気。」
「そりゃ、陰気にもなるだろう。何しろお先真っ暗だ。俺たち。」
「はぁ、もう何が何だかな……。あ、そうだ、幽。」
「んん、なんだ?」
「俺もよ、やっと習得したんだぜ。自分の能力ってやつをさ!」
「本当か? 凄いじゃないか。おめでとう!」
「へへ、こっそり頑張ってみた甲斐があったな。あんまり目立つ能力でもないから見せてやるよ。」
「おお、そうか。楽しみだ。」
何気ない会話のようにつなげるが、能力に関しての話題なんだよな。これ。
藤島の能力か……。一体どんなものなのだろうか。
「ッッ~!」
!!
果たして何が起ころうとしているのか全く想像できないが分かる。
藤島のあまりある気力が一つに集中している事が……!
とてもじゃないが目立たないような能力には見えないぞ!
「……ふう、こいつが俺の新しい武器だ。」
「こ、これは……!!」
右手に向かって睨むかの如く費やしていた労力の成果がようやく視認できるものとなった。
「ほ、炎?」
「ああ。便利な能力だぜ? 明りにできるし、手から若干離れても大丈夫だし、
ある程度の規模なら自由に動かせるし。」
「多様だな……。それ、藤島の望んだ能力と比べてどうだった?」
「ん、望んだ能力も何も、まんま想像してた能力と同じだぞ?」
「それじゃ、希望どおりってことか? 凄いな!」
「ちょ、あんまり大きく言うなよ!? これは秘密だぞ。俺と、幽! それから聖奈だけのな。」
あ、そうだった。聖奈はしっかりと聞いているんだった。静かなだけだもんな……。
「秘密って言ったけど、俺以外にも能力を身につけてるぜ? 華憐も努力してたし。」
「おお、藤島以外もがんばっていたんだな。」
「もう頼りっぱなしってわけにもいかなくなってきたからな。
そういう幽はどんな能力何なんだ?」
え? 俺の能力……? そうだ、俺の能力は――――
『……屑が。』
そうだ、俺はあの時
『お前の命で償え。―---』
自分が抑えられなくなって
『聖奈に、謝れ……!』
無我夢中で
『黙れぇぇぇぇ!』
反撃の余地も与えないほどに
『コイツラニハ――――』
一方的な衝動を
『味ワワセテヤル。』
その矛先を
『人の命は安くないだろ!』
容易く誰かに向ける行為を良しとしていた。
その理由が何であれ、使ってはいけないようなものだと薄々気づいてはいた。
「悪い、俺のはまだそういうのないんだ。」
「マジかよ! それじゃ、お前は今まで生身で戦ってたのかよ! あの化け物を!?」
「お前の方こそ声がでかい! 喧嘩慣れしていたからとはいえ、
今まではできた話だったとは思わないか? 藤島も能力があるなら
今度はか弱い俺を引っ張ってってくれよな?」
「な、なんだと……!? お前、まさか自分だけ楽をしようって腹じゃないだろうな?」
「そんなわけあるか!」
まったく、冗談がきついぞ藤島……。
「聖奈ちゃんはどう?」
「聖奈はあるよ。そういうの!」
「へぇ、見せてみてよ。」
「いいよ!」
その言葉に敏感に反応したものがいた。
硲と啓である。
「むー!」
聖奈は目を瞑ってひたすらに集中した!
すると……
「みえた!」
「へ?」
「あれ!」
「あれって、何?」
「ほら、あそこも大きいの!」
「大きいのって……大きいの? ちょっと待て、あれなんだ!?」
藤島が指をさす。すると全員の視線が指の延長線上に集中した!
「ほら、いるだろ? バカでかい牛が!!」
ま、まさか、こいつが硲の言うターゲットなのか?
冗談じゃない。 牙をむき出しにして長く太い尻尾を持つ牛なんでいるわけないだろ!!
俺たちは知らず知らずのうちに、戦場の付近に突入していた!!