Tremble
サブタイトル『Tremble / 密かな揺らぎ』
とあるアジトの圏内、ビルの上部階層にて会談が催されていた。
ここに集ったのはアジトの上層部のみである。
「それじゃ、始めよう。ルナシー、守備は?」
「問題ない。」
淡々と
「高みの見物とはいかないみたいだな。」
座光寺が言った。以前のような能力的な変化によって作られた人格とは異なるが、
ここでは何の支障の見当たらないようだ。
「そろそろ先延ばしというわけにはいかなくなってきた。
討伐だけじゃなくて、偵察という意味でも早急に遠征隊を派遣する方針を取ろうと思う。」
加川が真剣な面持ちで語った。
「それで、遠征隊はどうする。妙な侵入者も現れて警戒しなきゃならないだろ?」
「そうだな。先に悩みの種から積んだほうがいいだろう。
編成はルナシーに全て託す。が……新堂 幽達を必ず遠征に行かせるように。」
「何ぃ?」
「新堂だと?」
「実力なら足りているだろう。相手にするのもゾンビそこそこだ。
それに、俺はあいつらを疑っているわけじゃないが……信じているわけでもない。」
「分かった。編成リストに入れておく。」
「よし。……それと、江田 硲の件だ。お前たちにも以前話したはずだ。」
「ああ、盗聴させたっていうやつね。」
「そうだ。江田氏は何かと接触を起こした可能性が高い。いや、起こしたかどうかは置いておこう。
とにかく江田氏についてもっと念入りに調査を行う必要も出てきた。
今後は盗聴班を江田に付かせる。全時間帯くまなく情報を取り出せるように交代制でな。」
「交代ってのはわかるが、江田だけじゃないだろう。」
「……片割れの方か。確か……啓と言ったか。」
「『新堂 啓』です。」
夜久 玲南が冷ややかな目線で言った。
「新堂だと?」
「ええ、その線は有力かと。『兄』と呼んでいる節がありましたし。」
「なるほど、な。少なくとも関連はありそうだな。
啓はいつも江田と行動を共にしているようだし、そちらも一応探っておいたほうがよさそうだな。
ただ、ついでという感じになってしまうが。」
「OK.今回はこれだけか?」
「ああ、また何かあれば能力で個別に伝える。」
「分かった。」
「今回もどうでもいい話だったぜ。」
適当な態度なのは座光寺のみだった。
「それじゃ、解散だ。」
散り散りになる。暗躍しまいと裏でこうして集って密会を開いた加川にも、
一つだけ見逃していた点があった。
それは――――
「こうも筒抜けだとあくびが出ちまうよ。なぁ、硲?」
「あくびが出るくらいで丁度良かったじゃないですか。こちらとしても楽ですし。」
会話は密会よりも2つほど高い階層で始まっていた。
「それにしても便利ですよね、『悪徳信者の創生律』。」
「なんだかんだで精度が落ちるといってもここまで近けりゃ低レベルでも問題なしか。
それにしてもあいつら、俺たちの事なんだと思ってんだろうな……。」
「ま、こうして内容も把握できましたことですし、急いで退散しましょう。」
「急ぐ必要あるのか?」
「あー……あのですね、ルナシーとかいう方にだけはこういう手が使えませんから。」
その時、ガラスのない、空気が筒抜けの窓に座っていた二人の後ろで声がした。
「誰にだけ使えないって?」
「!?」
「やはり……!」
そこには一人の少年の姿があった。しかし、冷淡としていて動揺が見られない。
感情の動きすらも読み取るのは困難。そんな雰囲気をどことなく悟らされる相手だった。
「まさかね、盗聴する相手に盗聴されているとは。」
「ふふ、あなたは鋭い感性をお持ちのようですね。よく能力を理解していらっしゃる。」
「……アジト最強の名に懸けて、君たちを野放しにするわけにはいかなくなってきた。」
「フ、スルーですか。まぁいいでしょう。でもそこまでの感性があるなら……
私たちの事もお分かりいただけますかね?」
硲の視線が深くなり、黒に染まっていった。
人を見る目線ではなく憎悪を孕むような強烈な眼光で見ていたのである。
「あーぁ、あんた、今なら硲も収まってくれるって。今は大人しく見逃してくれねぇかな。」
「残念ながら、もう連中には伝わってしまっているようです。
それで散ったつもりですか?」
その声に反応したのか、階段、壁から人影が現れ、やがて姿を見せた。
「危険視していたのは正解だったな。」
「あー、めんどくせぇ。手間取らせやがって。」
「悪いが、お前は生け捕りにさせてもらう。」
「覚悟することね。」
面々が次々に言葉を発するのに対し、硲はすでに『解明』を使っていた。
「4、いや、合わせて5名ですか。『なるほどねぇ』……!」
この時に啓が硲の言葉に反応し、すかさず『悪徳信者の創生律』で
『思考回路図』を発動させていた。
「……!!」
啓はこの能力で硲と無言のコンタクトを取ることが可能になる。
相手はそれを知る由もなく、ただ目の前の硲を見るばかり。
『啓君、聞こえますか?』
『あ、ああ、聞こえてる。』
『右から順に『名特攻主』、『表裏』、『跳躍』、
『他が為の協力』、『千里眼』です。詳細は――――』
「面倒くせェし、先に左からやるか。」
啓の言葉にだれもが反応した。すぐさま敵の面々は左へと集中し、あっという間に
格好の的を見出した!
「代入、完了。」
次に硲に視線が向けられた。
しかし、どこにも異常がない。何もないことに加川達は畏怖嫌煙を抱いた。
語るにはあまりにも変化が乏しいことが逆に働いたのである。
実際には硲は『領域網羅の幻想系譜』で啓に付加を与えていた。
「こいつら……!」
「俺たちばっかり見てて大丈夫なのか?」
視線がそらされることなく事が運ぶことが成功のカギとなる、啓の動きは
加川たちの視線の逆側にあった。
「後ろだッ!」
座光寺が振り返る。しかし……
「何も、ない? どういうことだ! ルナシー!」
「ッチ、ばらしやがって!」
そういうと啓は自身の能力ではるか下にある瓦礫を能力により一気に同じ高さまで持ち上げた。
そしてそれはガラスのない窓により、視認ができる。
それは容易に彼らの目にとまった。
「能力者め!」
そしてにやりと不敵に笑う啓。
「本ネタはこれからだぜ?」
するとルナシーが言う。
「う、後ろだ!」
「ルナシー、いい加減に――――」
こらえたかのようにかすかに漏れる笑い声とともに聞こえてきたのは
「勝った!」
その一言だった。
まさかと思い全員が振り返る。
すると、そこにはまっすぐに飛んでくる瓦礫の軌道。
啓は前方後方どちらからも瓦礫で攻撃できる準備をしていた!
「なんだと……!」
「逃げろォォォ!」
ゴシャァァァァ
瓦礫が崩れる音が響く。
上層階で彼らだけの戦闘が始まった!!