Mirei's criminal record
サブタイトル『Mirei's criminal record / 美鈴の前科』
「その陰謀がなんなのかは分からないが、そういうわけにはいかない!」
「そう、なら、すぐに終わらせてあげる。」
彼女の言葉には迷いがなかった。夜闇の中から忽然と現れた者は
人ならざる冷たい空気を抱擁している。
意外というべきなのか、当然と呼ぶべきなのか。
そんな状況を打破したのはやはり、江田 硲だった。
「クフッ……全く、流石は最強。」
硲が口にした言葉に彼女はすぐさま反応した。
次に言葉よりも、硲の姿を見て彼女は目線を移すことをしなかった。
「あなた、どこかであったことがあるような……。」
「フフ、覚えていらっしゃいますか?」
「やっぱり。どこかで会ったことあるのね。」
「かすかにですけれども、記憶はあるようですね。でも、ひどいじゃないですか。――――」
硲は間をおいて、強調しながら次を紡いだ。
「いきなり暴走した揚句に、所を脱走してしまうなんて、ね!」
硲に彼女は大きく反応を示した。
「あなた、まさか……。」
「HT-001.あなたが我々をどう考えいるかは知りませんが……敵対する気はありません。
あの時の面々は今や散り散りに、身を潜めたことはあなたも少なからず察しはついているはずです。」
「な、なぁ、幽。」
緊迫した俺たちの凍結状態を解いたのは九。
「ど、どうした?」
「硲の奴、まだ隠してやがったな。油断も隙もねぇ。」
「ああ……。あれが、最強の……!」
「それだけは間違いねぇみたいだな。」
圧倒的な登場をして、俺たちはまんまと盤上で踊らされていたということだ。
敵意を向けるしか選択肢はない。
聖奈はすでに彼女を離れ、HT-001と呼ばれている固体はどうやら硲と面識があるようだ。
どういう事情にしろ、硲が彼女とかかわりがあった。これは一体どういうことなんだ……?
幽が葛藤している時も、硲は続けた。
「そして、私も……。今やあの時の忌々しい過去は綺麗さっぱりですよ。
もはや何もない。」
それを聞いて、次に刺々しい質問が放たれた。
「なら、どうしてこうもゾンビが溢れ返っているのかしら。これは、『そういうこと』でしょ?」
ゾンビの発端にはやはり事情があるみたいだ。そして、その核心に近い事実を彼女は知っている?
どういうことなんだ。彼女は、『元々一般の人』じゃないのか? 特別なのか?
能力だけが、特殊なわけではないのか……!?
「別に、その答えぐらい私に察しがつかないわけでもないですよ。ただ、我々に矛盾に対する
牙をむけるのはおかしい話だとは思いませんかね?」
「あなたも、所詮人間なのね。他の人間だったら誰でも言いというの?」
「ハァ、通り越して呆れますよ。あなたの側近にいた方はあなたにどうしてもらいたかったのか。
それくらいはすぐにわかるでしょう?」
「側近……。」
「まさか、忘れたわけではありませんよね? 風見 恵亮氏の事を。」
その名を聞くと、彼女は急に敵意が散漫になり、後に害意の視線がなくなった。
「あいつは……最低です。」
「何かあったんですね? 話を聞かせてもらえませんか。」
「お前は、あいつの何だったのです? 友か、それとも親戚?」
「間柄は『仕事仲間』といったところです。ただ、嫌いじゃありませんでしたね。」
「……そうですか。なら、知らなくても不思議はないですね。」
「これでも、風見氏のことはそれなりに理解していたつもりなんですけれどもね。」
立ちながらも俯く。何か、思いつめたような苦しい表情だった。
「あいつは、私を捨てました。自分のために。そういう人でした。」
間を入れずに硲は答えた。
「なるほど。そういうことでしたか。それはいつごろの事でしたか?」
「……脱走してから翌日の事でした。」
「風見氏の安否は?」
「生きているはずです。」
「ほほう。脱走翌日で手放された。と? 新たな主は?」
硲がきくと、少し間があった。が、ややあってようやく口が開かれた。
「今までは放浪の旅でした。この体では飢えることもないので特に困ることは……。」
「なるほど、強靭でこそなせる業ですか。」
「そのようでした。私を次に見つけて助けてくれたのは……『弥栄 誄』
という方でした。今も助力をさせてもらっています。」
聞いたこともない名前だった。そしてそれは、硲にとっても変わらないことだった。
「ふむ、聞いたこともない名前ですね。 彼は、あなたにそこまでさせて……聖奈を襲えと?」
彼女の意図に迫る問い。急に刃がつきささるような威圧があたりを支配した。
彼女はそれを察したのか、しかし動揺はせずに言った。
「彼女は、そういう逸材なんです。少なくとも……
こんな無能なところにおくべき人間ではありません!」
「無能、ですか。」
「ここは、どう見ても低能力者の集まり……でしょう? 誄も、それを望んでいます!」
堂々たる思考はここにきても変わることはなかった。
しかし、神と呼ぶには歪な関係性がある気もする。
硲相手にこうも話し合うなんて絶対に何かある以外に考えられない。
「ハッキリいいましょう。聖奈はここにきて抜群の成長を見せています。
あなたが低能力と蔑んだ場で飛躍的な開花を見せているのですよ!」
「それは、何かの間違いでは?」
「なら、聖奈の見紛う力の発動は如何にして。 聖奈を憶測だけで見立てるなんて、
お門違いも良いところでは?」
今の言葉を受け止めると、やや続いた沈黙の後に彼女は言った。
「……力づくでは少々気が引けました。猶予を与えます。」
彼女が、妥協しただと……!?
硲の奴、いったいどんな手段を?
「ふーむ、なら、猶予よりもまず協力をしていただきたい。」
「協力ですか?」
「ええ。成功の暁には聖奈を含む、我々の面々団体で好きにするとよいでしょう。」
「……。と、とにかく明後日の夜にまたここに来ます。聖奈と申しましたか。
明後日の晩、再び能力の発動をよろしくお願いします。では……!」
全てを告げるとすぐさま飛びのいて、闇夜へと消えてしまった。
「お、おい、硲! どういうことなんだ?」
「ひとまず一件落着。ってところです。」
「状況の説明をしろ! わけがわからない!」
九がやけに興奮気味で責め立てている。聖奈はもう落ち着きを取り戻したみたいだが、
どうにもまだおびえが取れない様子だった。
俺はそんな聖奈の肩を手で叩いて自分のほうに寄せた。
聖奈はその動作以上に密着した。恐怖の程が伺えるほど手の力は強かった。
その状態のままで、俺たちは硲の声を聞くこととなった。
「――――ですから、我々は彼女を利用するんです。」
「利用だとぉ!?」
「彼女には聖奈含む我々で好きにしても良いと私は言っておきました。
これが後に影響します。必ず深層に近づきます。」
「……要するに、目当ての聖奈のおまけとして付いて行って、潜入しろってか?」
「察しが良い。そして彼女の情報を洗いざらい潔白にして一網打尽にするわけです。
最も、最高のパターンはこちらの提携関係にすることですけれども。」
「でも、聖奈はどうなるんだ。それは考えてるんだろ?」
「それはもう弥栄氏の考えによるとしか言えませんね。ただ、求めるランクからして、
手荒なまねはしないでしょう。」
「決まりだな。俺たちは、潜入捜査するわけだ。幽、早速伝えて計画練るぞ!」
「いえ、潜入は後の話です。」
「はッ!?」
「違うのか?」
俺も九も疑問を入れた。
「潜入が成功するのは協力が済み次第ですよ。」
「なんだよ、協力って!」
「彼女には伝えてませんが、『特殊な固体のゾンビと狩猟隊の殲滅』。これを条件にするつもりです。」
「な、なんだとぉぉぉぉ!?」
「おま、マジなのか!」
俺と九は抗議した。
「これがベターなんです。私は仮にも研究者という筋書きを彼女は理解している。
だからこそです。ゾンビの資料と、悪質な集団と仕立て上げた『狩猟隊』の件が済めば、
晴れて辻褄も取れて、潜入成功とあります。ま、運も多少絡んではきますが……。」
硲の提案は俺たちにはなにかと荷が重すぎる事ばかりだ。
しかし、HT-001が全ての保障だと硲は主張し、結局それを伝えることになった。
アジトはまたもや遠征延期の旨が団員に報告され、度々リーダーの加川が姿を見せることとなった。
休養を取るという名目らしかったが、流石に遠征の先延ばしが増えると
団員も不安を隠しきれない様子だった。
そして、騒々しい夜は明け、明日になった。衝撃的な夜はもう終わったのだ。
だが、明日に控える密会は確実に迫っていた。
彼女と、弥栄氏の決断が告げられる時は着々と接近しているのだ――――
とある研究室にて会話が交わされていた。
陰湿な部屋の窓はカーテンで占められていて、朝日が差し込む余地はなく
電気的な明かりが部屋を照らしていた。
「――――なるほど。協力か。それが条件なんだね?」
「はい。内容は伺って来れませんでした。」
「よくやった。美鈴。明日が密会の日でいいのかな?」
「はい。明日、密会を始めます。」
順調順調、と呟いた後、話は続けられた。
「なるほどね。なら、明日は僕も行くよ。」
「良いのですか、研究所を離れても?」
「少しぐらいなら問題ないさ。協力といっても、僕だけ高みの見物じゃ悪役みたいだからね。
それに、僕も能力者の端くれさ。心配しなくても自分の身ぐらいは守れるよ。」
「……わかりました。」
「うん、報告ありがとう。今日はもう休んでくれ。僕も都合のいいところで、
ティータイムにするとしよう……ふぅ。」
パラパラとめくられる資料にうんざりした顔で書物をデスクの上に置くと、
席を立ってその書物と多数の画面が密集している部屋を退室した。
中央の階段を下りると、ご丁寧というまでに綺麗な白の床があった。
食堂に移ると、広い場所でポツンと美鈴が席についていた。
「お疲れの様子だね。」
「……はい、少々昨日を思い出していまして。」
「そうか。ふふ、明日が楽しみだ。」
笑みが表に出た顔は決して不自然な笑みではなかった。それはまるで待ち望んだ願いが
実現したかのような喜ばしいと述べるかのようなものだった。
「必ずだ。必ず明日は成功させよう。」
そういうと、隣からも「はい」と発せられた。
その後、予定の時刻まで彼らは干渉もない空間で待ち望んだ密会の準備を進めるのであった。