The character,missing
サブタイトル『その者、不明』
※( )内は想像言葉、思っている言葉です。
「なぁ、幽。」
硲との会話からやや時間が経過した時のことだった。
めずらしく、九から声をかけてきた。
珍しいというのは不適切な気もするが……何しろここにきてからも何が何やら、
アクシデントが起こっているのだ。ゾンビからは油断も隙も見せられない。
最も、今回で思い知らされたのは……『敵がゾンビとは限らない』ということだ。
硲が登場した時からわかりきっていたことだが、
いずれ生存者をこの手で打つ時が来るんだよな、俺たち……。
ここに住む以上、アジトを導く選択肢には、必ず含まれるはずだ。
ゾンビに加担する者への制裁は、必要不可欠なことなんだ。
そんなことを考えつつも、俺は聞き返した。
「ん、どうしたんだ。九?」
「疲れてるのもわかるが、今夜……もっかい硲のところに行くぞ。」
「は?」
九から意外な発言があった。
幸いにも俺と九の二人だけだったので周りから声が上がることはなかった。
「どうしてだ? 今夜じゃなきゃだめなのか?」
「あのな……アジトに居座るつもりだから言っておくが、
初代の神様とやらはどこかに徘徊してるんだろ?」
「硲はそう言っていた。」
「硲のやつ、うわさ口調にしてはやたらと物知りだとは思わなかったか?」
「……何か隠しているとか?」
「俺はそんな風に思える。硲は事実だけを説明したかもしれないが、
全部とは限らないだろ?」
「確かに、な。ただ、いくなら今夜だ。」
「おう。 ただし、俺とお前、二人だけでな。」
「え?」
またも意表を突かれる。九もいったい何を考えているのやら。
「夜に大勢でゾロゾロ歩くのはダメだろ。かといって他の奴じゃ騒がれても面倒だしな(女性陣は
比較的おとなしいメンツが揃ってはいるが……メリット少ないし)。」
……ちょっとおかしな提案かもしれないが、話してみるか。
「九、ちょっと提案があるんだけど。」
「ほー、言ってみろよ。」
「ああ、ちょっとな、今夜は――――」
現在、21時過ぎ。
正確な時間が把握できるのは、今は数少なき生存者。
ここではアジトの人員の中に偶然にもアナログの腕時計を所持している者のよって
得られた貴重なものだ。デジタルが機能しない今、アナログが圧倒的な情報源となっていた。
「そろそろ、だ。」
今は俺と九を含めた三人だけが待機している。勿論、硲の元にいるわけではない。
ただ、他のみんなとは旨く折り合いをつけてこうして集っている。
「ああ。だが、幽。一つだけ聞いていいか?」
「なんだ?」
「どうして、連れてきた。」
「ん?」
「だから、聖奈だよ!」
「えっと、九……さん?」
そう、俺の提案とは……聖奈を連れていくことだ。
硲には色々と能力についての知識があるようなので、是非鑑定してもらいたいと思っての判断だ。
最も、能力についての情報源もどこからなのか聞いてみたいほどの量だが、
それを聞くと夜が明けてしまうだろう……硲のやつ、
暗くなる前も小ネタで色々話していたからな。
路線を外されると何をどれくらい話されるかわからん。
……ぶっちゃけ、嫌いじゃないんだけどな。そういう話。
聖奈を連れてきたのは他でもない。俺も今の今までずっと忘れてきたことだ。
『多重能力』
これについての硲の意見を聞きたかった。
ここに来るまでの間、じっくり思い返す暇がなかったのも事実だが、
重大なことを忘れる俺も俺だ。
聖奈について、祖父が記した手紙にはしっかりと書かれていた。
『治癒』と『察知』……
詰まる話、聖奈は治癒の能力しか公開していないが、秘めたる能力はまだある。
これについては俺も聖奈から聞いてことはないので本人が、今どういう状態なのかは定かではない。
(もしかしたら特定条件下でしか使えないかもしれないし、能力の規模も分からない……)
聖奈は俺たちの道のりに大きな路線変更を希望したことはなかったが、
これは聖奈が安全だということを知っていたからなのかもしれない。
あくまで推測でしかないこの事実、果たしてどういうものなのか……。
「九、頼む。今回だけは許してくれ。」
「はぁ……。理由は言えないか?」
「そ、それは……。」
言えるか、言ってもよいのか? この事を……。
信じてもらえるか? そもそも確証のない事を言うのは……。速いか?
待つべきか? いや、だが、しかし……
「……分かった。言えないなら、それでいいよ。そろそろ行くぜ?」
「え、あ、ああ。分かった。 聖奈、行くよ?」
「うん!」
こうして俺たち3人はひっそり誰にも知られずに外へ出たのである。
「硲の居場所とか、知ってるのか?」
「場所は聞かなくても分かるよ。雰囲気で……。」
「幽、正気か?」
「いや、だってさ。アレ見てみ?」
九は見上げた。すると、そこには人影があった。
ビルの屋上に怪しげな雰囲気を放っている。そして夜闇の中、街灯なしでもわかるほどの気配。
「ま、あれなら仕方ねぇよな……。」
九も納得の様子だった。
俺たちはビルの中を果敢に登って行った。
硲が通った道に敵がいるはずもないというのが果敢に進める唯一、最大の理由だが。
そして、俺たちは屋上へとたどり着いた。
ガチャ キィィィ
屋上の扉が開かれる。俺たちが目にしたのはただ、闇を見下ろす者、夜空を見上げる者。
「何してるんだ?」
「幽君。それに他の面々まで。」
「なんだ、幽にぃか。てっきりリーダーかと思っちまったぜ。」
「今はただ聞きてぇことがあるだけなんだよ。な? 幽。」
「ま、そんなところだ。硲、質問していいか?」
「フフ、何を言っても聞かせてくるのはわかってますよ。どうぞ。」
すると、九は質問を出した。
「聞いた時からずっと思ってたんだが、……あれだ。初代の神様ってやつだ。」
「なるほど、その件でしたか。それがどうかしましたか?」
「お前、その情報どこで手に入れた? 噂にしちゃぁ知りすぎじゃねぇの?」
九が堂々と述べた。これに対して硲はどう出るのか。
「……フフ、ここでの事は他言しないと誓えるなら話でもよいですけど、どうします?」
「それでいい。話してくれ。」
「分かりました。……実は初代の神様の誕生と脱走は一連のゾンビの発生の前に起こったことなんです。」
「……は、なんだって?」
「ゾンビ云々の騒動以前に、初代の神様とやらは脱走してしまっていたんですよ。」
「やっぱりか。隠してやがったな?」
「……あの場ではあなたたち以外にも、若干聞いている方々がいたようですし。
何より能力で会話を探られていたことも気に食わなかったものでしてね。」
「能力で探られていた? 俺たちのが?」
「ええ。上層部もちゃっかり裏でこそこそやっているってことですよ。
なのでガセネタも含んだ会話をしていました。あ、ガセは『セカンド・バース』のこととかですね。」
こ、こいつ……さらっと言いやがった!
「な、なんだ……深刻に考えて損しちまったじゃねぇか。」
「ただ、ガセはそれだけなので。狩猟隊は事実なので、その辺は押さえておいてくださいね。」
「グ、やっぱりそういうところが硲らしいっていうか……。」
「ふふ、そう簡単にすべてをさらけ出しませんよ。これも今を生きる知恵です。
初代の神こと『HT-001』。彼女は本当に特別な固体でした。」
「どんな点で?」
「今思えば、あれは通常ありえない事象でした。
ゾンビ化のウィルスを投与されたはずなのに、人としての原形をとどめつつも
ゾンビと接した人間と同等以上の能力を得るという人知を超えた存在でした。」
「能力の、度合いは?」
「正式な能力は不明です。ただ、ここのアジトの能力者と肩を並べるほどだったはずです。
さきほどみせてもらった結果からですけどね。ただ、脱走前の彼女と比べた話です。
今は……本当の意味で神の領域に立っているのではないでしょうかね。
脱走後、すでに月日も経ちました。少なくとも、私たちが立てる段階にはいないでしょう。」
馬鹿な……!
そんなやつが、ゾンビ発生前から人間の世界に逃げてきたって言うのか?
その間はどうしていたんだ。いや、待て。
今生きていないということも……ありえるんじゃ――――
「ゾンビは通常肉食ですが、彼女は人間と同様の食事をするというデータも上がっていました。
あらゆる面で、ウィルスと適合した上で制御もできていたという見解もありました。」
「なるほど、な。これ以上話すことは?」
「もうありません。私も深入りできる話ではないのでね。」
なるほどな。色々わかったが、とりあえず神が増えるなんてことはないんだな。よかった……。
「次の質問、いいか?」
次は俺の質問だ。しっかり聞かないとな。
「ええ、どうぞ。」
「実は、聖奈の事なんだ。」
「ほう、というと?」
「多重能力。みたいなんだけど……そういうのわかるか?」
「……なるほど、ね。」
硲が言うのを躊躇っている?
「硲、言った方がいいか?」
「……啓君におまかせします。」
硲の啓の会話が聞こえてきた。何か知っていて……あ、そうか!
啓は、聖奈の手紙の内容を知っていたのかもしれない。祖父が話したという可能性は十分にある。
「知っているみたいだな。聖奈は治癒とは別の能力がある。」
「……ええ。」
硲はどうにも説明しがたい質問をされているかのような態度だった。
啓もそれを静かに聞いていた。
「『察知』の能力についてだ。これについて、解明してもらいたい。」
「ん?」
「あ、そっち?」
硲も啓も不意を突かれたような表情だった。まるで想定外だったかのような……。
「察知? それはどういったものですか?」
「ゾンビを探るらしい。」
「……本人に聞いた方が早いですかね。聖奈、ちゃん?」
「察知は……いろんな動きが見えるの。」
「動きが見える? どのように?」
「うーん、輪の中に写る感じ。なんていうか、人が点で、それがどんどん移動していくの。」
「ほほう。興味深い。何かのレーダーみたいな能力ですね。距離はどこまで見えますか?」
「うぅーん、よくわからない。でも、この辺り人がいっぱいいるから。
人が全然いないところまでわかるよ。」
「ふむふむ。察するにアジトの領域ぐらいは完全に網羅できている、と。」
「普段から使えるんだけど、使ってると目の前に集中できないからいつもは使ってないよ。」
「なんと優秀なことでしょうか! 広範囲レーダーのような能力とは素晴らしい!」
「流石、聖奈だな!」
硲も啓もやや興奮してきていた。
「では、早速ですが。最大範囲まで拡大してみてください。そのレーダー。」
「はい。わかりましたです。」
今のちょっとだけかわいいぞ。語の使い方間違っている気がするけど。
「うーん、何これ。ここと別にもう一ついっぱい人がいるところがあるみたい。」
「もうひとつ? 隣町ぐらいまで見えてるってか?」
「そういえばリーダーが遠征に行っていると聞いていましたが。ゾンビの大群でしょうかね。」
「でも強そうなのはいないかな。たくさんあるだけかも。」
聖奈は続けたが、これには皆が驚かされた。
「敵の強さまで把握できると……?」
「なんか、他の能力とは次元が違うな。」
「強いのはいないかな……あ、ちょっと待って! 何かこっちに来てる!」
「へ!?」
「何が来てるって?」
「何事ですか?」
「見張ってるから安心しとけ。俺も一応、端くれだ。」
「任せましたよ!」
聖奈はさらに言った。
「反応がすごく大きいよ! たぶんここには勝てる人いないかも……。」
「な、それ、今どこに!?」
「すごく早い! それに、こっちにまっすぐ向かってきてる!」
「ちょっと待てよ。ゾンビって人型だけだよな?」
「人型では無理がありますね。人知を超えていなきゃ不可能です!」
「あれだ! 生物しか探知できないなら、飛行機とか!
機械は反応ないんだろ!?」
「飛んでくる気配なんてどこにもありませんよ! 今は、屋上で待機していましょう。」
「あ、ああ。やばそうだからな……。」
「どうしよう、もうアジトのところに……。怖いよ、幽にぃ!」
「聖奈、心配するな。俺たちがついてる! で、どっちから来てる?」
「あっち……。」
指差した方向は闇だった。何もビル群が続くような場所。少なくとも遠征先の町の方角ではない。
「聖奈?」
俺は聖奈の前に立った。闇をみると何もない。
「来る……!」
聖奈が言い放った。その時すでに、硲は何かに集中していた。目を瞑っている。
そして、次の瞬間――――
バチッ!
「グゥゥゥ、速い!」
硲の直前が幅ゆく光り、はじけた!
「くそ、速すぎだ!」
啓は焦りの表情で目の前の光景を見にして戸惑っていた。
硲はいったい何を? 能力?
「クッ、代入がまにあわ――――」
硲が言いかけた刹那、俺たちは謎の攻撃を受けて屋上に伏した。
まさに一瞬の出来事で、視認することができなかった。
唯一無傷なのは……
「せ、聖奈……!」
聖奈だった!
いつの間にか聖奈の目の前には映画でよくみられるような
ボロボロの黒いローブを羽織っていた。
聖奈はそれをおびえた目線で見ていた。
体が震えていることがその証だった。
「せ、聖奈に手を出すな!」
俺は立ち上がった。この時は手持ちの矛を持ち合わせていなかったのは誤算だったが、
それでも拳を突きだした。
「邪魔よ。」
パシッ
あろうことか、俺の突きだした拳を目の前の手でピンポイントにその平に収まっていた。
「なッ、そんな馬鹿な!」
こいつ、とんでもない力だ! 肘は曲がっているのに、衝撃に微動だにしていないだと!?
「あなたは優秀そうだけど、この子には及ばないようね。」
そういうと、俺の方へと向き直り、つかんだ拳を放す。
そして一瞬の間に俺の腹部へと蹴りを入れていた。
「ぐぁッ!」
「幽君!」
「つ、強い……!」
蹴りも重みのある一撃。他の面々が一撃でやられているのがその証拠。
「ケッ、一撃でK.O.なんざ……とんだお笑い草だ!」
気合いで立ち上がったのは九だった!
「うらぁ!」
九も勢いもあり重心の掛け方が直線的の強い蹴りを出した。
しかし、そのローブの中には届かなかった。
その蹴りを、左足で軽くあしらうかのように払われた!
「グ、なんつー力だ!」
劇的な瞬間は次に起こった。
グサッ
何かが突き刺さる音。それはローブの者が追撃した音ではなかった。
ピチャ
血が一滴ずつ滴る。
その傷を負わせたのは……聖奈だった!
聖奈の手にはあの独特な形状のダガーがしっかりと握られており、背中から刺したのだ!
「そ、そんな……!」
ローブの中から女性と思しき声。
「どうして、こういうことするの……。私たち、何もしていなかったのに!」
聖奈が強く言い放った。
「……才能を、無駄にしていると思ったからです。」
「え?」
「こんな無能な人たちと一緒にいたら、ダメなんです。」
ローブの中の声はまだ幼稚な感じだった。しかし、実力は確かなもの。
中はいったいどんな人物なんだ……?
「ガフッ……御託はいい。あなた、HT-001……夜霧 美鈴ですか?」
「なぜ、私の名前を……?」
「な、そしたらこいつが神様ってか!?」
「馬鹿な……なんでここに!」
「とんだVIPが御来訪になられたようですね……ッ!」
滴る血が落ちるも、まったく動揺を現さないその少女は
ローブの中からようやく顔を出した。
まだ幼さの残る顔つきだが、眼はこの世の冷たさを全て抱擁しているかのような深い黒。
肩より下がるロングヘアー。
「どうして、聖奈を狙った?」
俺がきいた。それに反応するかどうかは定かではないが、余地はあるだろう。
少なくとも、人であるかそうではないのかを把握するにはもってこいの質問だ。
「彼女の力が、ここにあったから……。」
「おかしな話だぜ。レーダーが逆に察知されちまったってか?」
「そう、おかげでここに来れました。」
「どうする気だ。」
俺が恐る恐る聞いた。
「彼女を、ひ弱な人類から引きはがします。」
「その陰謀がなんなのかは分からないが、そういうわけにはいかない!」
「そう、なら、すぐに終わらせてあげましょう。」
夜闇の世界、ビルの屋上で戦いが火蓋を切ろうとしていた……!!
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