Come across the monster
サブタイトル『Come across the monster / 出会いし魔物』
アジトには……こう、なんと言うべきなのだろうな……。
ゾンビに対抗する手段が実力のみだと思っていたよ。
今までそうだった。こういうチームでは協力が不可欠だったけど、
集団にまで発展すると流石に『実力主義』みたいな感じで格差が生まれるものだと思っていた。
そして、これからもそうだとは思っていた。しかし、違った。
『このアジト』だけは、実力が絶対ではなかった……!!
「……行ったか?」
物陰に忍んだままじっと新人を見ていたのは河上 佐久だった。
「いや、流石にそこまで警戒しなくても俺たちなら大丈夫だろ。ギリギリ……。」
「ギリギリなら油断ならないだろう。一線を越えたのは良い。
しかし、いつルナシーが評価を下ろすかも知れん。」
「ルナシーも俺達は眼中にはないと思うけどなぁ……。」
そして、相方『東条 春』も隣にいた。
「そろそろベストタイミングじゃね? 邪魔が入らないうちにやっちまおうぜッ!」
「……仕方ない。行くぞ。」
物陰から、いざ出ようと広い道を目指して、二人は姿を道に表した。
「よう、お前ら!」
「な、お前は東条! どうしてここに!」
「ルナシーが接触したことがどうも気になってな。あの声は俺達にも聞こえていたぞ。」
「聞いてたのか?」
「ああ、説明も兼ねてこうして話をしにきたというわけだ。何かと疑問も多かろう。」
「た、助かるよ……。ルナシーとかいうやつ、そこまで強いのか?」
「近接戦闘は生身の人間としてはそこそこだよ。それなりに武道を心得ているらしい。
能力は戦闘に関わるものじゃないから今も己を切磋琢磨している。詳細は後ほど説明するが……。」
「なるほど。」
生身の人間か。俺達はその生身の強度で生き抜いてきたんだ。並じゃないぜ。
たぶん、華憐ですらも今までよりは粘り強く耐えていけると思う。
「その能力と言うのが、色々種類があってな。テレパシーで人とコンタクトを取ったり、
念の力で感情潜入したりする系統が『念力系』。
別種の力で敵の詳細を探る系統が『視察系』。
それから自分自身だけに影響を及ぼす系統が『加護系』で、
特別分類しがたい能力の類は『特殊系』と呼んでいるらしい。」
「らしい?」
「リーダーが推測したものだ。今の事全て。ルナシーは話をしたがらないから、
会話に出された意味を俺達で考え抜いた結果というわけだ。」
「ルナシー、か……。」
「……俺達も気になったのだがハッキリした。さっきのルナシーは相手の力を読み取る
『視察系』と『念力系』二つの能力を有している。
念波に視察系の力がはっきりと浮かび上がっていた。こんなこと、別々の能力者が
協力して初めてできることだ。ルナシーは本当に格上の覚醒者と言うわけか……。」
「な、そんなことあるのか!?」
「普通はどれか一つだけさ。能力なんて大きな代償と引き換えに使えているんだ。
安いものじゃない。だが、ルナシーは2つ目まで代償にしている。それだけのことさ……。」
全然意味がわからん! そもそも代償ってなんだ?
能力者……って、恐らく覚醒した奴らの事を言うんだろう?
生涯で2度目の覚醒なんてあるのか?
「その、代償ってなんなのさ?」
「……『強烈な感情』と『脳髄に刻まれる記憶』。これが覚醒の鍵らしい。
直接聞いたわけじゃないからよくわからないが、ルナシーが2つ目の能力を得た時の事を
覚えていてな。その当時の事をルナシー自身が語っていたそうだ。
ルナシーも覚醒の鍵については同意してくれている。」
「な、なんだそりゃ……。」
「例として言うならば……『大切な人が喰われた』とかだな。」
!!
く、喰われた時……?
「記憶に残って、且つ強烈な感情……。つまり、これを悲しむ時に、覚醒する確率は高まるそうだ。」
「なるほど……ってことは。」
「ん、どうかしたか?」
強烈な感情……深く刻まれる記憶……これを、今までに味わってきた人が、俺達の中に3人も?
ということは、聖奈! そうか、あの時、聖奈は……苦しんでいたよな。
もう、辛い思いはさせないからな。
次は、吉成か? あのシーンは思い出すと複雑な心境になる。
こういってしまうのは良くない表現かもしれないが、凄く涙が溢れそうになる。
他人事だからなのかもしれないが、一番苦しかったのは吉成……お前なんだろ?
最後の一人は……大門さんが有力か。
確か、家族持ちだったはずだ。子供もいて、妻もいた。それが、同時に奪われたんだ。
本当の苦しみってのは一番よくわかっているはずだ。
そして、それに耐えながらも俺達の当初4人だったチームをここまで導いてくれたんだ。
大門さんは強い人だ。でも、辛さってのは、誰にでも平等だ。
本当の意味でリーダーに立っていけるような人なのは大門さんのような人の事を言うんだろうな。
「ああ、そういうことか。」
小声で言ったので、誰も気づきはしなかった。不意に口外してしまったが、問題は無いだろう。
「立ち話もなんだろう。場所を移動しよう。」
「あ、そ、そうだな。」
「聖奈、ちょっと疲れちゃったかも。」
「フフ、聖奈は小さいのに、なかなかタフだね。いつも思っていた事だが、
新堂家はたくましいな。」
「守らないといけませんから。聖奈だけはこれ以上傷ついちゃだめなんです……。」
「それでこそ、男と言うものだと思うよ。」
ありがとう。影山さん。だけど、返事は返せない。
これ以上は、自分という存在が皆を守れるくらいになってからに……
「それじゃ、行きましょ―――――」
「少々お時間をいただきたいのですが、よろしいですかね?」
挟むように放たれた声の発信源は……上空!?
コンクリートの道路を挟むビル。そして、そこの屋上に人影があった。
「お久しぶりですね。諸君。若干お初お目にかかる方もいらっしゃるようですが。」
「て、てめぇ……!!」
忘れもしない。その顔、その眼光、その姿!
「貴様……!」
「幽にィ、あいつって……。」
「ああ、……江田 硲!」
ギロリとこちらを見下ろす目がここからでも見える。
突然、隣でしゃべりだした者がいた。河上だ。
「誰だか知らないが、そんなところに棒立ちしていて大丈夫か?
ここは俺達のアジト圏内だ。入団希望者なら歓迎だが、お前たちは何が目的なんだ?」
「そこの新堂 幽君とその御仲間に様があるんです。他は去って結構。
雑魚は失せてもらえませんかね?」
「いい度胸だな。貴様……!」
「……たてつくなら、あなたから始末してもいいんですけど?」
「笑止ッ! 貴様にはアジトの圏内で無礼を働いた愚か者として、罪を償ってもらう。」
「何を言い出すかと思えば……啓君!」
シャッ!
「動くな。余計な能力も使うなよ? 分かった瞬間、この首かっ切るからな。」
「ク、いつの間に……ッ!」
河上 佐久の背後に啓が左手の化物のような爪を首に立てている。
たらりと一筋の血が流れ出る。完全に佐久は動きどころを無くしてしまった!
「佐久!」
東条の叫びも虚しく、硲に笑い飛ばされる。
「クッハハハハハ! これは実に愉快だ。 さて、そこの……サクとか言う少年。
今一度さきほどの言葉を繰り返してもらえませんかね?」
「クソォ……!」
佐久の決意も一瞬にして固めるほどの啓の行動に、皆が恐怖せざるを得なかった。
「雑魚は黙ってりゃいいのによぉ。サバイバルを知らずによくもまぁノコノコ生きられたもんだな。」
後ろの啓の言葉が刃の用に突き刺さる。
俺達は実際にサバイバルをしていたも同然の事をしていたわけだが、
東条達は……深くアジトとしての誇りを貶されている気分だろうか?
こいつらは、それを知っていてやっているのだろうな! 罪は償うってのは良いアイディアだ。
……一応、武器は持ってきてよかったな。矛は未だに手放していないぜ。
構えると、啓はこちらを向いた。
「幽にィ。結構時間が空いちまったが、そっちもそれなりに強くなったらしいな。
外見はほとんど変わってねぇけど、分かるぞ。」
「お前も相変わらずだな。見る度に複雑な気持ちになってくるよ。」
「……本当に、甘いんだよ。幽にィは。」
「なぁ、啓。お前はもう……こっちに戻ってきてはくれないのか?」
「残念だけど、それはできねぇ。もう遅いんだ。ここまで来ちまったからには、それなりに
相応のことやっていかなきゃ示しがつかねぇんだ。」
「誰にだよ? お前を縛ってるもんなんか何もねぇじゃねぇか。」
「……それによ、この姿を人前にさらせるかっての! ゾンビってのは、
人と共存できるようなもんなんかじゃねぇンだ! 喰うか喰われるかの間柄なんだよ!」
「そうか、分かった。……本当は、別の形でお前と合いたかったよ。」
「だが、俺も悪いとは思ってるんだぜ? その罰はキッチリとるつもりだけどよ。」
「もう、これ以上は必要ないか。」
言葉はこれ以上は少なめで良いだろう。通じないなら、いっそのこと突き刺さるぐらいの方が、
ちょうど良いのかもしれない。
「さて、始めましょうか。秘密裏の羅刹遊戯をね……ッ!」
「……硲めッ!」
誰か、気づいてくれ! アジトの皆! 侵入者の存在に気づいてくれ!! 頼む!
くそ……! 誰か、この状況を知る人間は他にはいないっていうのか!?