Skill former
サブタイトル『Skill former / 技能構成者』
コンビニで安息の時間を得る者達は、その安堵に浸った。
彼らは安らぎに委ねる。
夢心地だった眠りから覚めた世界は……紛れもない『現実』だった。
全員がほぼタイミング一致で目が覚めた。そして1分の間で一瞬で思考回路はガラリと切り替わる。
窓から見下ろした光景が異様だったからだ。
「なんだよあれ……。」
藤島が文句をたれるように言った。全員眠れる限りまで眠りつくしたので、
疲労回復も十分な効果はあった。目覚めも良し。だが、ここまで早く戦闘態勢を強いられるとは……。
「大きく構える事もないんじゃないか?」
「いえ、警戒するぐらいでちょうどいいと思いますよ……人だからと言って、
襲ってこないとも限りませんから。」
大門さんの質問に俺が答えた。
確かに……『人』なら信用したいご時世ではあるものの、生気を帯びた敵も多数いることも
分かってきたし……。いずれは覚悟していたことだ。人同士でも争わなきゃいけないって……。
初日、初期は連携重視だ。設備ならなにやら整ってるわけだし。
だが、中盤……日が経つにつれて崩れるものなんだ。
その理由についてだが、最も有力なのは『食糧』なんだよね……。
ここ、誰が見てもコンビニだし。もしかして俺らが占拠してるとか思われているとなると、
交戦しなきゃいけないのか……?(実際1泊分占拠していたわけなんだけどね)
「敵の狙いが食糧なら、俺達は争う必要は無いと思うよ。」
「食糧……か。戦う理由としては妥当な線だが、どうしてそう言い切れるんだ?」
「ここが保存食も有り余るコンビニだからこそですよ。」
コンビニは食糧が余っているもんだ。そして、ここのコンビニはほとんど手つかずの状態だったから
まだまだ食料は余ってる。
「『相手に少しだけ分け与える』とかそんな甘い交渉が通じるとも思えないですけど、
大丈夫なんですか?」
吉成が質問をしてきた。確かに、そうなんだよなぁ。ちょっと驚かせるかもしれないけど、
これも仕方ない手段だよな。
「うーん、それでも良かったんだけど……。」
「それじゃ、どうするつもりだ?」
「えっと……コンビニは素直に引き渡す。食糧は保持できる分だけ詰め込ませてもらうけどね。
俺達が持っていく分を差し引いても凄い量がある。これで戦闘だけは回避できるはずだ。」
「そ、それで本当にいいのか? 幽。」
「どの道こんな大きい通りの近くの建物に長居するつもりはなかったからな……。」
こんなところを拠点にしたら……いざという時に逃げれない。
そもそも2階で寝るならしっかり対策取らないと寝てる間に喰われるなんて事も……!
ゾンビはいつどこから沸いてくるのかもわからない。
確固たる条件を揃えて、次こそはこんな偶然に頼ることなく場所を確保しておきたいな。
「なぁ、幽。」
「ん、どうした? 九。」
窓の下を見下ろしながら九は言った。
「俺さぁ、あの外のやつら……食い物っつぅより、俺達目当てだと思うんだけどなぁ。」
「……そういう詮索はもうやめにしよう。今はもう堂々と表に出るしかない。」
詮索したって、相手の答えは変わらないんだ。どう考えているかは知らないが、
今は相手に従っておくしかない。それに、戦い自体は俺も好きじゃないし……。
「行こう。」
皆は俺に続いて下の階に下りて、全員表に出た。
「ひゅー、本当にいたんだな。生存者!」
「だから待ち伏せしてたんだろ……。つーか、いい加減僕の事認めてくれないかな。」
「分かった分かった。これで認めてやんよ。 ……さてと、突然で悪いんだけど、
俺達の質問に答えてもらうぞ。」
目の前の二人組は余裕そうな態度だ。一人はこの状況でも溌溂とした感じで、
もう一人は眼鏡を掛けている。そして少々のことでは動じそうにもない雰囲気を醸していた。
「……分かった。」
全員分を代表して返事をしたのは俺だ。
「えーっとだな、お前たちはどうやって生き延びたんだ? ここじゃ俺たち以外はいないと思ってたんだが。」
「元々ここの住人だったわけじゃない。わけあって、放浪していたらこの町に辿りついたんだ。」
相手組が意外と驚きの表情を面に含めた。
「別の町からここまで歩いたってか!?」
「……よくここまでこれたね。君達、なかなかタフそうだ。」
「貧弱な面子でここまで来れるかっての。」
横から口を走らせたのは九だった。
「威勢がいいな。それにしても…………8人グループか。」
「今じゃ大層な人数……でもないか。場所を転々とするなら多すぎるが。」
ホンットに余裕そうな態度だな! 戦う気が無いならいいけど、そろそろ場所探しの旅に行かないと、
今日の寝床消失の危機なんだけど……。
「戦う気が無いなら、もういいかな? コンビニはもう開けるし、俺達、そろそろ行きたいんだ。」
「行きたいって? どこに?」
「寝る場所探し。この町はきたばかりだから、色々把握しておかないとならないしな。」
「へぇー。……だったら、俺達のアジトに来ないか?」
「歓迎しますよ。」
アジト、だと?
「……一体どういう風の吹きまわし?」
「俺達も、面子が足りなくて困ってるところなんだ。」
「君達が加わってくれるなら心強い。もちろん、寝る場所もある。」
「面子が足りない? 俺達にとっては好都合だけど……事情を聞かせてくれないか。」
すると、二人は真剣な面持ちになる。
「実はな……昨日の晩にここの隣町が完全にゾンビに制圧されちまったんだ。」
「え……!?」
隣町が……制圧された!?
「隣町ってこともあって、いつここに攻め込んでくるかもわからない。
だから、こっちは結構前から隣町の大半がやられた時点でちょくちょく奇襲してたんだが……。
とうとうやられちまった。予定よりもずっと早く町が落ちた。だから、こっちももっと多くの
ゾンビを削っておかなきゃ本格的にここも住みにくくなってくる。そのために面子が必要なんだ!」
「つまり、住むところを分け与える代わりに……ゾンビの駆除を手伝えってことか?」
「簡単に言うとそう言うところだな。」
……そうなると、非戦闘員の聖奈や華憐が困る。俺が3人分やるって形でいいか……。
「皆、向こうの意見……どう思う? 俺は聖奈と華憐の都合に合わせる。」
「聖奈はいいよ。ちゃんと手伝う。」
「私も……良いと思います。」
……やっぱり、経験に欠ける華憐は奥手になっちゃうか。聖奈の意見を捻じ曲げたらとか、
そういう事考えてるのか?
「他は、どう思う?」
「俺はいいぜ。」
藤島は同意か。
「俺も。」
九も同意……か。
「私もこの提案は良いと思う。」
影山さんも同意なのか……!
「そうだな、しっかり場所もとれるなら、これ以上の事は無いだろう。」
大門さんも……。
「危険が行く分も減るなら、そっちを優先すべきですよ。」
吉成も一致。
全員一致かな。
「……OK。アジトに連れてってくれ。」
「交渉成立だな。ちなみに、アジトのリーダーは俺たちじゃないから、詳しい事はリーダーに聞いてくれ。」
「分かった。 ……それと、一つ聞いていいか?」
「なんでもいいぜ?」
「どうして、俺達がコンビニにいるってわかった?」
空気が凍りつくように固まった。
「聞きたい?」
「ああ。」
フゥーっとため息をついて片割れが言った。
「えっとな、おれが見つけたわけじゃないんだ。……佐久、言っていい?」
「勝手にしろ……。」
「それじゃ、言うからな。こいつ、『河上 佐久』っていうんだけど、
こいつが持ってる力でお前たちを見つけられたんだ。」
「ち、力……?」
「ああ。つっても、原理がどうとか俺達にも良くわからないんだけど、分かっちまうんだから仕方ねーよ。」
「ほ、本当なのか? その話。」
「間違いないよ。紛れもなく、この僕の力で君達を探り当てた。」
本人も言っている。奇妙な話だが、ここで質問攻めをしてても仕方ないだろう。
とりあえずは、アジトでリーダーと接触すること。そして、場所を確保すること。
これが絶対条件だ。今はもうそういう力を持ったやつなんだって、割り切るしかないか……。
「おっと、そういや、自己紹介がまだだったな。 俺の名前は『東条 春』
っていうんだ。よろしくな。付け加えると、俺は佐久と違って『念派系』の力が使えるんだ。
ま、今後はそういうことも踏まえてくれっと嬉しいぜ。」
こいつも、奇妙な力持ち合わせてるのか……?
「それがどういうものかは良くわからないけど、都合よく揃った二人だな。」
藤島が急に口にした。口にしたくなるのは分からなくもない。確かに両方ってのはなかなか……
おかしいよな? こういうのって組のメンバーの欠点を押さえるためにも、
バランスが均等になるようにバラバラにされるものだろ?
「やっぱりか。お前ら、力もってないだろ?」
「そりゃそうだ。普通持ってないに決まってるだろ。俺達は普通に過ごしてた人間だ。
土壇場でも人間にできたことしかできないし。」
「え? マジで? 俺のアジトの連中は皆使えるぞ?」
「……ハ?」
聞き間違いだろうか。今、とんでもないことを耳にしたような……。
「え、いやいや、だからこういうのはアジトの連中らは皆使えるって。」
……おっと、幻聴か、はたまた世間一般で言う『空耳』というやつだろうか?
俺はワンテンポ前に聞いたことをリセットして、もう一度聞きなおした。
「お、お前……なんていった?」
「だーかーらーッ! 俺たちみたいなこういう異能の力はアジトのやつら全員が持ってるって言ってんの!」
「なんだって……ッ!?」
この町の生存者は、俺達には過激すぎたことしかしないのだろうか?
彼、『東条 春』と名乗る男が所属するアジトが、俺には想像もつかないような場所に見えてきた。
こんな町のアジトで、俺達は生きていけるのか? 不安が募るまま、再び止めた足を俺達一同は動かした。
一方、アジト内では――――
「東条と河上の組が生存者グループと接触した。徐々にこっちに近づいてきてる。」
「ほぅ、本当に生き残りだったとはな。……で、見込みはありそうか?」
「えーっと、そういうのは『視察系』に聞いてくださいよ……。」
困った顔でそう言うと、面持ちを変えないまま風格が大きいリーダー気質の男が言った。
「8人増員か。これでこちらも幾分か奇襲が上手くいきそうだな。」
「そうですね。明日から仕事してもらうとしてもなかなか見込みはあるんじゃないかと。」
「東条組が到着でき次第、顔合わせをする。隊列、戦法はそれから組み直すぞ。
今日は遠征無しだ。『念派系』に伝えて全員に行き渡るように頼む。」
「了解です。」
彼らの到着を待ちわびる男は、8人増員の報告を受けても尚、深刻そうにゆがめた顔を変えなかった。