A new field of activity
サブタイトル『A new field of activity / 新天地』
人が霧散していく様子、そして後に孤立した影をショッピングモールから出ていく様子を、
静かに見据えていた者がいた。
ショッピングモールの屋上で行く末を見届けた二人がようやく口を開いた。
「クク、いい感じですね。これはまた良いデータが取れそうです。」
可笑しさに口元が釣り上がっているのは江田 硲。
「あーぁ、これじゃ散った雑魚が可愛そうじゃん。」
憐れみの台詞を口にしているのは新堂 啓。
「これでまた、研究対象が増えましたね。」
「『V』のこと? 行動タイプは独特な構成だって言ってたっけ?」
「ええ、それともう一つ……。今は『あの面子の内の一人の誰か』といったところでしょうか。」
「へ? 誰か分からないの?」
「……恐らく、『覚醒』が起こったのでしょう。しかし……どの能力も並大抵の精神力、体力では使えませんから、
候補として最も有力なのがやはり幽君率いる一行。」
『意外だ』というような表情で啓が硲に聞いた。
「覚醒って、確かちょいと前に話してたやつか?」
「ええ。生存者には稀に特異能力を身につけるって言っていた話です。覚えてますかね?」
「ああ、半信半疑だったけどね。」
「心外ですね。ガセではなかったというのに……。」
「悪い悪い! でも、その覚醒ってのはそう安々と手に入るようなものじゃないだろ?」
「その通りです。相応の力を手に入れるためには相応の条件が必要です。
本来ならば候補としては幽君……と言いたいですが、新たに加わったメンバーの力とも、断定できません。
今のところは放っておきましょう。しかし、いずれ必ず分かる時が来ますよ……。」
「それは、いつなんだ?」
「……次に会う時にはもう答えは見えるはずです。」
遠くの空を見据えながら硲は言った。
「そろそろ行きますか。」
そういって硲が立ちあがる。屋上を後にした二人は、幽一行も、『V-Viltis』も追わず、
早々にその場を去っていった。
「うおぉぉぉっ!」
気合いを含めて発された声とともに矛が道を切り開く。
地に崩れたのは残党ゾンビ。数はそう多くは無いが、この道路はほとんと手つかずだったようで、
駆除はされていない様子だった。
「てやッ!」
鋭い雰囲気がゾンビを圧倒する。今まで以上にゾンビとの戦闘に洗練された気迫を出しているのは藤島。
今までは頭部への一撃狙い。頭部へ一撃を入れていれば、後に衝撃で自然崩壊するゾンビの数々が
藤島と戦ったゾンビの末路であったが、
今回は頭部への打撃をより強力にすることで頭部を路面へ叩きつけるほどの意気込みがあった。
使っている木刀は何一つ変化はない。変わったのは藤島自身。
「はぁぁッ!」
とにかく力でゾンビの姿勢を大きく崩すという、一撃必殺以外の狙いの目標を秘めているのは大門さん。
頭部ではなく、ガラ空きの脇腹を両手の力が加わった武器で吹き飛ばす。
力無きゾンビは攻撃を受けた後、地に這いつくばるのみである。
「そらよッ!」
余裕を戦いの中でも見せているのは九。
有り余る実力を秘めている分、普通のゾンビ相手ではかなり温存した戦い方をしている。
が、余裕がある分負けるとは思えない俊敏な動きであり、遊んでいるかのようにも見える。
こんな芸当、彼以外には到底できない。
「せぃやッ!」
一方、確実に隙を突き確実で安全な戦いを見せているのは影山 日向さん。
隙を窺うのはほぼ一瞬で、対峙したゾンビの呼吸を読み取って弱点を狙う。
安全面重視という動きで広く動けるように回避に徹底している。
が、それゆえの余裕も生まれている。常に逃げているからこそ生まれる余裕。
それは攻撃に臆するという意味ではなく、後の攻撃に十分な時間を確保できているという意味である。
だから決して回避にも臆することは無く、常に攻撃か退避のどちらかを行っている。
動きに滞りが無いのである。
「ハッ!」
グシャッ 目の前の頭がやや陥没する光景は何とも言えない悪寒を感じさせる。
いつになっても慣れる気がしないこの感覚……。こんなこと、一体いつまで続ければいいんだ?
「後はこいつ一匹でお終いだ。 おらよッと!」
最後の最後で力を入れたらしく、九が最後に蹴散らしたゾンビは地を転がるようにして
やや遠くで動かなくなった。
「これで、全部始末したか?」
大門さんが聞く。
「多分これで終わりですよ。」
「相変わらずって感じだったけど……少し物足りなかったって感じがあるな。」
藤島が言った事の心理が俺には読み取れた。硲の事だろう。
あれ以来、藤島は気迫があるし、ゾンビが硲と比べると当然劣っている。無理もない。
「んで、このまま歩いてどうするつもり?」
九が言った。
「そりゃ、ここから一刻も早く逃げるに決まってるだろ。何の因果でこんなところに
留まらなきゃならないんだ……ハァ。」
藤島が嘆息しながら言った。
「戦いに出向けば面白そうだったのになぁ。」
まったくこいつは……戦闘凶かっての!
「そんなに戦いたかったら今からお前だけでも引き返してもいいんだぞ?」
俺はため息交じりに言った。
「そりゃないぜぇ、幽!」
「だいたいなんでそんなに戦いたいんだ? 死ぬとか怖くないのかよ。」
「死だって? 死ぬのが怖くて戦ってられるかっての。」
吐き捨てるかのように言った一言は他の面々を深く考え込ませた。
覚悟の違いが皆を困惑という名の戦慄に感化させた。
「お前な……俺だって死ぬのは怖いんだぞ?」
「あのなぁ、死ぬ手前まで来てるやつがそれ言ってどうすんのさ。そういうの経験してるやつが、
自信もって死ぬ恐怖と闘っていかなきゃ、いつまでたっても人間止まりだぞ。」
「悪いが、俺は人間の心を捨てるつもりは無いんでな。」
「はぁ、そんなんじゃいつまでたってもあいつに負けちまうぞ……。」
グッ…… 九の言う通りかもしれない。死ぬのが怖くて硲に勝てるわけが無い……。
むこうは強力な兵器を率いているかもしれないんだ。死が怖くて勝てる相手じゃない。
もちろん、硲に勝てなくてこの世の中をこの先無事で過ごせる保証は極めて薄い。
文字通りの弱肉強食の世界になってしまったこの地獄では、生きることすら苦痛。
飽くなきゾンビとの無限の戦いを強いられる。
俺まで考え込まされる……。いや、ダメだ駄目だ! こんなんじゃ、メンバーを率いていくなんて、
甘すぎる話だ!
俺がしっかりしなくてどうするんだ。2人の強力な助っ人が入ったといっても、
俺がしっかりしなきゃ、統率しなきゃ……!
深く考え込んで、かなりの距離を歩いた。
無言が続き、ゾンビもいないような場所を歩き続けた。
そして大きな道路から外れないように進み続けた。
「……今日は、あそこで休もう。」
俺が指をさして言った。指差した先には、コンビニがある。
ガラスはほぼ無傷。目立った戦闘の形跡もない。
ここなら、きっと安全だろう。
向かいにガソリンスタンドがあり、歩いて2分もしないところには警察署があった。
場所を把握しようとしていると、宣伝ポスターの張り紙が風に吹かれて飛んできた。
それを掴んで見てみる。
『君のポイ捨てを無くすだけで 空羽町はきっと変わります!
界野市ボランティア委員会 空羽町支部』
ゴミのポイ捨ての防止を訴えるポスターのようだ。
空羽町……聞き覚えは無い。かなりの距離はあるいたから、見知らぬ街でも不思議ではないか……。
肝心な町の名前を覚えると、俺はポスターを手から放そうと……いや、やめておこう。
俺はコンビニの外に設置されてあるゴミ箱にポスターを入れた。
「無傷だな。意外とこういうコンビニってまだあったんだなー。」
のんきそうに九は言った。
聖奈、華憐もいままで後方に控えさせていて、皆も疲れているだろうし。
ここらで休憩をはさんだのは正解だったな。今日はもうゆっくり休もう。
自動ドアを九が力ずくでこじ開けて、また力ずくで閉めた。
こうすることで無傷のままの外見を保てる。
ここに立ち寄ってくるであろう人達がいたとしても安心できるし、
ゾンビはここに人がいるとは思わないだろう。知能の有無関係なしに、安全に眠る事が出来る。
これはこの上ないメリット。眠る事が出来なくてはこの先の未来は掴みとれやしないだろう。
今日は早々に寝るのがベストだ。今後は寝れるかどうかもわからないしな……。
このコンビニは2階建だったので、2階を使うことにした。
今日の夜はあっという間に訪れた。
「皆、たっぷり寝ておけよ。次寝れるのはいつか分からないからな。」
「おっけー。」
「ああ、ここが見つかって本当によかった。」
「今日はぐっすりですね。」
「俺はもう今日はねよっと。」
「済まない。今日はもう眠りに着かせてもらうよ。」
「今日も、怖かったですぅ……。」
皆が就寝に着く前と言うのは個人差がはっきりしているな。
うん、一言だけでも色々感じ取れるぞ。
「聖奈は幽にぃの隣でいいよね?」
……忘れていた。聖奈の事を……!
「え、あ、ああ……。」
「ありがとうね、幽にぃ!」
ア、アハハ……若干人目を気にしてしまう……。
だ、だけど、安心して眠れるようにできる限り尽くせないようでは、まだまだ俺も甘い……。
自分を犠牲にしてでも、皆の事に関しては気を配らなければならないんだ。
例え、俺への目線が変わったとしても……な(皆の目線が明日も変わらないと信じたいところではあるが……)。
この夜は全員が深き眠りに着いた。彼らが眠りに着いた後、
コンビニを含む空羽町の隣町である、『高屋町』が完全にゾンビに喰われた。
この事実と、ここ『空羽』に『高屋』への度重なる遠征を繰り返している猛者が集ったチームが
存在している事を知るのは、明日以降の事である……。
※『高屋』等の語句はここではオリジナルの設定で扱っていて、
実際に表現されているものとは別物です。




