Observers of occurrence Scene.4
サブタイトル『Observers of occurrence / 観測者の出来事』
『Scene.4 / 回想4』
※硲視点です。
『尚、定員は最小4名、最大7名とし、規定外の場合は――――』
告知は徐々に広まり、認知度を高めていくが……
「――――依然として『個人の認識』と言うのは強く反映されてくるものですねぇ。」
「由々しき問題と言うべきか、はたまた都合が良いというべきか……。」
岬が担当している室内に二人は席を並べていた。空間には二人のみである。
「んー、今回はどちらにしても変化は無いと思うんですがねぇ。」
「変化、というと?」
「岬君の二通りに分けても大差は無いってことですよ。『由々しき問題』と取るなら、
我々以外の意識が甘いという意味合いに。『都合が良い』と読んでも他の昇格への願望意識が
あまりに低い事が原因。結果的に得をするのは一歩先へと足を着く私達ってことです。」
「急な告知だからまだ申請が少ないだけじゃないのか?」
「クク、認知度が高まったというのは先述の通りですが、『個人の認識』……これが原因でしょうね。
今回の告知を『益』か『無益』と分けるなら、必ず人間と言うのはどちらかに分類されます。
どちらを選んでも『選んだ側』への『贔屓』が生じることには間違いありません。
これは人間の心理と言うべきでしょうかね。」
「贔屓だと?」
「そうです。例えば、ゲームソフトを1本買いたい時、店頭で興味がわいた物が2本ありました。
貴方ならどちらを取ります?」
「そうだな……その場のノリとかジャンルで決めると思う。」
「ノリやジャンルでどちらか1本を買ったとすると、もう1本はどうします……?」
「ふむ、その時だと諦めることになるな。」
「そうですよ。片方を手に入れてしまうと『もう片方』は諦めなくてはならないのです。
この微妙な『差』こそがさきほどの話題の根本と言っても過言ではないわけです。」
「ほう。なるほどな。」
「これが後にその人『個人の認識』となり、あの時買わなかった事から『○○には劣る』等という
憶測が立てられてしまう……。そうでなくとも両方を経験するまでは『自分の勘』が判断材料の全て
ですから、結果的にこういう意識を生んでしまうってわけです。まぁ、ゲームだと買ったソフトが
あまりにも詰まらなかったりするとそれもスタート地点からやり直しになるわけですがね。
ま、これ以上はどうでもよい事でしたね(もちろんそのソフトへの認識は生まれますが……)。」
「それが、結果として今回の告知のように人々を二分したというわけか。
例えがそのままだな(ただ、硲君の説明だと買ったソフトが確定でとても面白かった場合に限られるが)。」
「そういうことです。色々な要因を考えた結果で諦めた方もいるようですが、
まだ私と君二人しか参加志望がないというのは些かもったいない気がしますね。」
「定員の幅の狭さも今回はどうかと僕も思っていたが……。」
「ここには約200人弱の方(上層部含む)が出入りしていると聞いてましたがねぇ。
ゾンビの事となると現状維持が鉄則のように皆の考え方が固まってきている気がしますよ。」
「奥手が結果的に最も安全ってわけだが、それでは緊急事態の時に対処しきれない部分も多い。
僕はそんな状況を恐れてここに来たわけだが……。」
「貴方は情報収集が目的でですか。私もそうですが、今回は純粋に『観測者』として
参加してもよいと思うんですよ。何しろ大物が見れるんですからねぇ、ククク。」
考えただけで笑いがこぼれてしまう。一体いつになったらめぐり合えるのだろう!
「大物……か。」
深刻な表情になる坂木氏。軽い心配性の彼がホント、よくこれに参加なんてしたものですよ。
「大丈夫ですって。ただのゾンビ開発、研究、試作品考慮なはずがないでしょう。
小数精鋭でしかできない。つまり、極秘に近い事が実験できるんですよ?
これを知らずして何が研究者ですか。ここで引き気味になるのはあまり良いとは思えませんよ。」
「そう、だな。すまない。少々深く考えすぎた。」
「ククク、岬君。参加が確定した時は大いに喜んでくださいね。なにしろ、
あのH T - 0 0 1が拝めるんですからねぇ……ッ!」
「む、HT-001?」
少し、声のボリュームを落として自慢げに硲は言った。
「ああ、知らなくても当然でしたね。詳細はこれからの調査に全てがかかってますが、
ゾンビ研究における 賜 と呼ぶべき存在で、『覚醒』した少女のことですよッ!」
「な、なんだと……。」
「おまけに個体としても今はとても安定していて、その能力も健在……。
能力の大まかな事は聞きましたね? 告知次第では大幅にその事実に迫れるわけです。」
「……これをレポートとして仕上げれば、昇格の可能性も――――」
「夢ではありませんよ。間違いなく今以上の待遇は確定ですね。」
最も、そのためには参加者の誰よりも、関係者の誰よりも先に事実を突き止め、
それを確実なものとしなければなりませんが……。
そして後日、参加希望者が新規に3名。
参加者に体験してもらう内容も確定した。が、内容は公開ではなく、参加確定した者にだけ秘密裏に
プリントで通知された。
『調査内容はゾンビの各個体の状態と前回と比較してみられた変化及び
新規に調査対象に認定した【HT-001】の調査、分析と健康値及び覚醒能力の全種把握を目標とする。』
「いよいよチャンス到来か。」
ロビーで坂木氏が暖かい缶コーヒーを啜りながらボヤくのを隣で硲が聞いていた。
「期限は明後日まででしたね。今回新規に3人も入りましたし、大方条件はクリア……。
早期に書類を提出した私達はもう確定らしいですからね。もう安泰ですよ。」
「だからこそ、だ。上手くいきすぎている気がしてな。」
「甘いですねぇ~岬君。上手くいきすぎているなら、流れに乗っていくべきなんです。
躓くまでいくらでも進むべきなんですよ。」
「そうなのか?」
「現に私は上からもそこそこ良い評価を頂いてるんですから、進まないメリットなんて
考える必要すらない。せめて、私の地位まで辿りついてから言うんですよ。そういうことは。」
「如何せん、今回があまりにも大事だったものでな……。」
「普通に今回のノルマをこなそうとするのが『奥手』思考の証。ノルマを越えて尚且つ、
より高い地位と評価を求めて深入りしてこそ『勝者』の証です。」
「そうだな。……共に頑張ろう。硲君。」
「おや、今回は協力しようというと思ったのですがねぇ?」
「それでお前はいいのか? 迷惑じゃないのか?」
「長い付き合いですから、協力ぐらいしてあげますよ? 共同で仕上げましょう。研究成果を……ね。」
「……本当にすまない。いつも手を煩わせているのは僕の方なのにな。」
「クク、これが『友情』ってやつですかね? 私には似合わないといつも言われるんですけどねぇ。」
「ハハ、本当に似合っていないよ、その言葉。……ありがとう、硲君。」
「当日、頑張りましょう。私はそろそろ自分の持ち場に戻りますね。」
「分かった。また暇があったらその時にでも。」
そして、刻々と期限は近付き、硬直状態のまま告知の〆切が過ぎた。
研修日は7月23日と言う具合に確定し、派遣する側も念入りな準備を開始し始め、
派遣される側の監察院所属の人間もゾンビへの管理に余念が無くなっていった。
そして当日が訪れた。
「おはようございます、岬君。」
「おお、硲君。おはよう。」
「ちゃんと出来上がりましたよ。これをどうぞ……。」
硲が錠剤の入った小さな包とコンパクトサイズの小箱を手渡す。
が、岬はそれを疑問の念を含めて見つめ続けた。
「……ほら、対ゾンビ化防止の錠剤ですよ。忘れたんですか? ちゃんと用意しました。
何かあった場合はそれで応急処置をしてください。最悪ゾンビ化を防ぐ事が出来ます。
錠剤の方が対ゾンビ化の錠剤『 N R - 0 2 1』で、
そちらの小箱には注射器が入ってます。液を詰めたケースも用意してありますので
非常時に使ってください。注射器の方は鎮痛剤ですけどね。」
「すまない。恩に着る。……できれば使わずに終わってほしいものだな。」
「どうにも貴方が心配性で困っていると思ったのでね。それでもう安心でしょう?」
「レポートを仕上げるためだ。ここで引くわけには――――」
「その意気ですよ。気持ちがブレなければ大概は乗り切れます。ポジティブに行きましょうね。」
「ああ……!」
他の面々も揃い、ようやく監察院へと足を踏み入れる事が出来た。
監察院も意外と広く、研究書類を纏める大きな事務のスペース。
そして大量のゾンビを個体感覚で観察できる大牢館と名がつけられた空間。
院内の人数をはるかに超える個室の量。一斉にゾンビを沈められるように整った設備と
研究と実験のために貯蓄された薬剤がある倉庫。どこをとってもこれほどの設備は他では見れない。
「おお、やっと来たか。」
「調査を受け持った江田 硲です。院への出入りを許可していただきたいのですが。」
「上からの許可は下りているよ。好きな個室を使ってくれ。荷物をまとめ次第、
さっそく大牢館に案内するからゆっくり準備を済ませてくれ。」
院の人間は以外にも快く対応をしてくれた。
個室について、大きな荷物を肩からおろす。硲は用意した小バックにレポート用紙、筆記用具、
それから……錠剤と注射器セットを詰めた。後は飲料水程度で十分だろう。
「やっと、ここまで辿りつけましたか……。」
HT-001に対する研究意欲が十二分に表れた笑みを浮かべた。決して邪気があるものでなく、
純粋な好奇心に心が躍った稚児のような気持ちと同類の笑み。
それは研究者として成功を収めたに等しいほど硲の心を加速的に満たした。
小バックを片手に個室を出ると、ちょうど佐々木氏も部屋を出たところだった。
互いに無言だったが、両者とも意図は理解していた。
『二人で、一つのレポートを纏める事が出来ればきっと成功を収める事が出来る』
その思いが硲と岬を結束させた。
7月23日 8時35分 大牢館へ踏み入れようとする5名がロビーに集まった。
内の2名は情報を共有する参謀を企てている。
残りの3名のうち1名……成功、情報を求めていない人物が1名ロビーで皆が真剣な面持ちの中、
誰にも気づかれない程度の微笑みを浮かべていた。
「……嫌な、予感がする。」
本棚を整理していた風見 恵亮が手を止める。
「なんだって?」
夜霧 美鈴、通称『HT-001』が斜め下を向く。
「美鈴……。君には、一体何が見えているんだい?」
風見の質問に夜霧は率直な答えを述べた。
「ロビー。闖入者が5人……。」
「ああ、きっと調査員だろう。そろそろ報告する時期だったか。」
「ここには、来るの?」
「恐らくね。」
「なるほど、……能力は使う?」
「その時が来たら、頼むよ。」
「分かったわ。それと、風見。」
「どうかしたのかい?」
「島坂 俊道って人に注意して。後、坂木 岬って人と、
江田 硲って人。バックに薬剤を仕込んでいるわ。」
風見の目つきが鋭くなる。
「それは、本当かい?」
「間違いない。」
視線を変えずに率直に夜霧は言った。
「……まったく。何を考えているのかは知らないけど、硲君には失望したよ。
良き関係を気付けると思っていたんだがな。」
「この距離だと思考までは読み取れないから何とも言えないけど……。」
「黒だったら、『念力』でコンタクトしてくれないかな?」
「隙があれば、伝える。」
「何の薬剤かまでは分からないからね。黒なら押えて薬剤を証拠として突き付ければ、
あっという間に追放。それを省みずに挑んできたのか、それとも美鈴を舐めていたのか。
どっちなんだろう。ねぇ、……硲君?」
8時38分。5人が大牢館の頑丈な扉がセキュリティによって開かれ、5人による調査が始まった。