Observers of occurrence Scene.3
サブタイトル『Observers of occurrence / 観測者の出来事』
『Scene.3 / 回想3』
※江田 硲視点&番外編です。
後日、この組織の関係者全員にとある告知が行われた。
今日7月4日はその告知がされてから初日だが、早々に皆が惑う意外な雰囲気が施設内には充満していた。
それは周りの声を聞いても以前との差異は明らかであった。
「聞いたか、今回の告知。どうやら上は本気らしいぞ。」
「大規模なものだとは聞いていたが……いよいよだな。」
「合点がいかないんだがな、下で働く者としては……。上層部の事だから、きっと策はあるんだろ?」
「策だと?」
「ここまで大規模だと1組織の権力、財力じゃとてもじゃないが難があるとは思わないか?」
「そりゃそうだが……ゾンビの実験場なんて前々から確保してるし、それで十分じゃないのか?」
「監察院所属じゃないなら無理もないか……。実は、ゾンビの実験ってのは今の今まで小規模だったんだ。
単体ずつ行うのが普通だったし、俺も今後もそうだと思ってた。最近になってようやく
外界に放つようになったんだぜ? おかげでまだ外界への反応についてのレポートは全然埋まらん。」
「なるほど。実態はそういうものだったのか。と、いうことは上もまだ全てを知っているわけじゃないんだな?」
「恐らくな。ただ、現段階で全ての情報は上に持っていくことになってるからな。
知ってる事実に違いは無いにしろ、俺たちじゃまだそれに触れることすら難しいってことだな。」
「そして、ついに上もここまで大規模なものにしたってわけか。」
「ああ。これに参加するかどうかは置いておいても、これは異様な告知にしか見えんな。」
通路を歩いていると、こういう会話もあり情報はますます多くなった。
最初は迂闊には動きたくなかったが、……決心がつきましたよ。
前々から練っていたプランとは別件と言う事になりますが……新たな計画でも練りますか。
それは置いておいて……告知がその通りなら、早期に参加を希望しなくては!
次の瞬間、通路を曲がった先に坂木氏に出会った。
「岬君ですか。奇遇ですね。」
「おお、硲君。聞いてくれ、実は僕、今回の告知を聞いて、参加希望をしてみようと思うんだ。」
「……なんですと?」
「だから、決心したんだ。今回僕は告知通りなら参加希望をする。」
「……それは本当ですかッ!?」
「え、あ、ああ。もしかして、君も?」
「ええ、私も今回はこの目で確かめてみたいんですよ。」
百聞は一見に如かず。しっかり見届けてこそわかることもあるんですよ。
「僕も今から書類を提出しようとしていたところだ。」
「なら、私も提出しますか。定員が決まっているらしいですからね。」
「なら、僕は先に行ってくるよ。」
「はい、お互いに頑張りましょうね。」
ここで別れた後はしっかり承諾書を提出した。
部屋に戻って、複雑な心境にとらわれた。
「まさか、岬君が……。」
参加することになるとはね。
いよいよ本格的になってきましたね。分岐点は近そうです。
ゾンビ研究を取り、孤独に生きるか……仲間を取り、集って事を成すか……。
岬君。君は優秀な性質の持ち主です。誰とでも頼り、求め、信じあえるその心は評価に値します。
人間としてのあり方は道徳的で、きっと良い人間関係を作れるでしょう。
しかし、ゾンビ研究員としては三流以下。鵜呑みにするがままに過ごしているうちは絶対に
昇格などありえないし、……下手をすれば喰らいつかれて終わる。
そんな彼とはここで初めて付き合いを起こした人物でもあるんですがね。
長い付き合いだから情も起こりますが……今回だけはあまり参加させたくなかったですね。
付き合いが長く、携わっていたからこそ彼でも理解できると思っていましたが、彼はまだ甘かった……。
岬君。あなた、このままでは……死んでしまうかもしれませんよ?
翌日、7月5日。硲はとある男と向かい合って真剣な面持ちでいた。
「さて、どこから話した方がいい?」
「ふふ、最初から隈なくお願いします。私も、あなたの報告を心待ちにしていたのですから。」
「まったく、お前は毎回言う事が決まっているよ。江田硲君。」
「貴方が言いますか。ふふ、お互い様ですよ。風見 恵亮君。」
「はぁ……では、話すぞ。」
硲は予め用意してあるペンとメモ帳を手に取った。
「まず、被検体の中でも最も特別な個体と認定された女の子。それが『夜霧 美鈴』。
通称は『 H T - 0 0 1』で、今までの被検体の中でも抜群の生命力、精神力。それから……
類 稀なる覚醒を成した一人だ。」
「前々から目をつけてはいたんですけどね。研究資料が1日で出来上がってしまいそうです。」
「まったくだ。下手な情報は流せないから、確定情報だけを上層部に回している。」
「と、いうことは今一番情報を持っているのは上層部じゃなく監視している院の人間ってことになりますね。」
「ああ。そうなるな。今は大分理性も感情も抑えていて、安定している。
不安定な頃は監視している側が危険にさらされていたが、今となっては過去の話だ。
能力もコントロールを利かせる事が出来るようになってきていてな。
私としても鼻が高い。が、これをどう理論づけるかが問題なんだ。
モタモタしていると上層部から文句が来るし、証拠不十分で報告すると
何かあった時はこちらの責任にもなりかねん。割り切ってもらえると幸いなんだがな……。」
「確かに、これは割り切る以外どうしようもないですね。同意書にでも書かせればよいでしょうに。」
「何と言えば良い?」
「そうですねぇ。『もし、同意書に記入しなかった時は我々も全てにおいて保証はしません』と
言えば向こうも渋々聞いてくれますよ。なにせ、HT-001ですからねぇ。
いざとなれば、あえて不安定にさせるもよし、そういう仕草をさせるもよし。
彼女を使えば何通りでも圧力のかけ方はありますから書かせるぐらいはどうとでもなるでしょう。」
「上が、黙っちゃいないぞ。」
「そこもまぁ、圧力で。」
「君はどこまでSなんだ?」
「クク、失敬な。これでも最良の案を練っているじゃないですか。安全かつ、
身体的には無傷で済むんですから。別にHT-001なら能力で暴走させてもよいんですよ?」
「そ、それは困るよ……ッ!」
「でしょう? なら、仕方ありません。ただ、向こうからすんなり書いてくれるなら、
何事もなく終了するので、そちらもできる限りそっちに持ち込む方法は考えておいてくださいね。」
「ああ。それじゃ、俺はこの辺で失礼するよ。」
「ええ、また何かあったら教えてくださいね。」
「了解……。」
『HT-001……彼女は今、何をしているんでしょう?』
眠りにつく間際にふと、そう思った。
しかし、思いは虚しく答えが返ってくるはずもなかった。そのまま硲は眠りに着いた。
高ぶるHT-001への好奇心を心の内に秘めながら……
その一方で、
「……!」
ビクッと体を反応させる。
「どうかしたか?」
風見の声が耳に伝わる。
「……なんでも、ない。」
「そうか。……明日、能力を使ってもらいたいんだが、良いかな?」
「明日で、いいのね?」
「ああ。頼むよ。」
「分かった。」
「それじゃ、よろしくな。HT-001.」
ざらつく感触。また、その呼び名なのか。
「…………。」
7月5日の午後11時05分。風間と話をした少女は、その夜、ひたむきにその名に苛まれ、
ようやく眠りに着いたのであった。