In the door
サブタイトル『In the door / 扉の奥』
「しっかりしろよ、幽! 聖奈に手当てさせるからな!」
「…………!」
藤島が言う。九は黙ったままだ。視界が無いから周りが理解できない。
こうして身動きが取れずに徐々に闇に沈んでいくのは流石になれないな。
意識は九の背中の上から離れて行った……。黒い絶望は再度、俺を苛む結果となって事は終結した。
「なんだ、これ……。」
気を失っている自分の姿が見える。これってまさか……
「俺、死んでる!?」
呟いた。確かに呟いたはずなのだ。が、響かない。誰の耳にも通らない。
ただ、眠るように床についている自分の姿と、それを取り囲む人達。
そんな光景が見える。どういうことなんだ……!?
しかし、死ぬという感覚じゃない気がする。なぜなら、今の俺には『自分』が見えている。
それは死体と呼べる状態にまで陥ったものではなく、呼吸をしている。今の俺と同じ拍で……。
不意に体が闇を向く。暗がりの方角を。
そう、あの扉へと続く方角だ。フラフラと覚束ない動きだ。が、
これは誰かが視認できそうにもないな。障害物をすり抜ける感覚も驚いた。
思わず目を瞑る。が、痛みも感触もない。
……これは、間違いないだろう。今俺が体験しているのはまぎれもなく『幽体離脱』。
不思議な状況にもかかわらず、それに対する疑問は不思議と浮かばなかった。
そして、いよいよ扉へと侵入。
階段が続いている。下へ下へと続く長い階段。その先には、機会と屈強なセキュリティが
施されていそうな扉があった。霊体が勝手にすり抜ける。その先には
何かの資料をまとめた書類が何枚もあった。ここで何か行われていたのだろうか?
更に続く扉。奥を見ると、思いもよらぬ光景があった。
……培養機だ。数々の培養機。液が充満しているものもあれば、中身が空の物まで。
ただ、液が入っていても中で培養されているモノが小型だ。
後々始末しなくてはならないのだろうか? 培養機から脱出できる力を身に付けた時、
こいつらは……俺達にとって脅威になるのか? 分からない。ただ、この扉……
知能なしで突破できそうにない。力ずくでは無理がある厚みだ。
人間でもこのパスワードでロックが外れる扉をノーヒントで解錠するのは不可能だろう。
そして、その先にも続く扉。この扉だけはなんだが凄く頑丈な作りになっている。
パスワードの入力も今までは数字だったのに対して、アルファベット式になっている。
その先は……管理室のような場所になっていた。いくつかまた資料が……ん、これは?
『The First Key: 6047
The Second Key:3745
The third Key: myhandsishazardmaker
The Warning door Key:78665-33267-08931-43889-01029
被検体の内容は規定の培養機で行うこと。
生体検査の基準を満たした個体のみを指定された培養機に移すこと。
基準を通過した個体は写された培養機の中でのみ投薬を用いること。
Viltisの薬物調整においては《人型》のみを採用し、体調2mを上回ることが予測される場合は、
大型の培養機の申請及び通過した場合のみ許可する。
尚、H系列及びV系統の個体専用に使用する培養機は必ず確保すること。』
これは……扉の解除キーか? その下には文章が書かれてある。間違いない、あいつらは黒だ。
この先の扉が最後みたいだな。行ってみよう……
越えると、大きな培養機があった。
3つ並んでいる。君に左のものは空っぽだ。
真ん中は人型のようだ。表示には『Mother Viltis』と書いてある。
右は『V-viltis』の表示。中は人型。だが、隣とは雰囲気が違う。
もう、熟しているような不安にさせる感覚を感じた。
近くで見るとさらにぞっとした。この個体……薄く瞼を開けている。そして
目を動かしている……! こいつ、もう活動できるのか!!
驚愕していると、視界が遠のいていく。徐々に引き返される視界、引っ張られる体……。
な、何がどうなってんだ……!?
……体中が軋むように痛みとなって響く。
なんて様だ。これじゃ、もう皆の足手まといにしかならない……よな。
言いたい事も言えず、あっさりと意識を失っちまうなんて……俺、最低だ。
「ぅ、うぅ……」
「ゆ、幽?」
「……藤島か。」
「皆、幽が目覚めたぞ!」
「おお、ようやく目を覚ましたか!」
「幽にィ!」
「やーっとお目覚めか。」
「私も心配していたが、一命は取り留めたようだな。」
「皆、すまなかった。色々と迷惑かけて……。」
「まぁ、気にすんなよ、幽。厄介なやつらも去っていったんだ。もう迷いの種なんてどこにもねぇさ。」
「九。お前なれなれしすぎじゃねぇか? 俺達に会ってからまだ間もないだろう。」
「あーもー分かった。分かってるって、藤島。」
こいつら、いつの間にここまでの中を築いたんだ? 眠っている間に色々あったみたいだな。
「幽にィ、大丈夫?」
「ん? ああ、まだ体が痛むけど、歩けそうだし、なんとかなりそう。」
「良かった……ッ! 聖奈、幽にぃが眠っちゃうから心配で……。」
「聖奈。俺はお前を置き去りになんて絶対しないから、安心してもいいんだぞ?」
気休め程度の言葉しかかけてやれないけど、今はこれが一番良いと思う。
今皆が求めているのは休める場所なんだ。
「……6047か。」
「それって何の数字だ、幽?」
「何の数字って、これは…………ああッ!」
「ど、どうした?」
「皆、大事な話があるんだ!」
俺は皆に呼びかけた。何でボケっとしていたんだ俺は!
「どうしたっていうんだ? 幽。」
「扉だ! 硲のやつ。ここの地下にゾンビの培養機をいくつも置いている! このままじゃ、
地上に厄介なやつらがバラ撒かれることになる。俺達で止めるんだ、培養機を壊すぞ!」
「ホントに厄介な置き土産しやがって……硲の野郎!」
「焦りは禁物だ、新堂君。目覚めたばかりの体では不憫が多いだろう。
ここはできる限り万全な態勢で臨むべきだ。」
藤島が憤る一方、影山さんは言った。確かに、焦ってこのまま特攻を掛けるのは……死につながるかもしれない。
夢か現か。幽体離脱のあの光景が真実なら、最深部の培養機に潜むあのゾンビが特に危険だ。
だが、やれるなら俺達の手でやらなきゃならない。被害が出る前に始末しないと……!
「幽が体調悪そうにしてるから今は休んで待ってやるが、後1時間。それ以上は待てない。
幽が行けないなら俺達だけで行く事にする。いいな?」
「あ、ああ。」
九の案を俺は飲んだ。動けないままだから体調を整えるのは良い策だ。
だが、いつまでも先延ばしにできる問題ではない。これが賢明な策なのだろう。
……ゾクゾクと嫌な感じがする。暗がりの奥から漂う緊迫する空気。
このまま、1時間後でいいのか? 扉の向こうへ足を踏み入れてよいのか?
不安が尽きないまま、あっという間に1時間は経過した。