His territory
サブタイトル『His territory / 彼の領域』
どうやら、藤島の言う通りのようだった。このショッピングモールは嫌な予感がする。
不可解な現象が取り巻いている謎めいた場所へと俺達の認識が変わった。ここは、安息の地ではない!
ゾンビが見当たらない。
何があったのかは見当もつかないが、何かがここで起こったのは間違いなさそうだ。
「み、皆! 2階に上がってください! 詮索はその後です!」
「ど、どうした? 幽。」
俺は藤島にこそっと教えた。バラすとパニック騒動になりかねないからな。
「ここはおかしい。とてもじゃないが今のままじゃ喰われるか消されるか……。
どっちにしてもかなり危険だ。ひとまず危険の薄い2階に上がってから全部話す。」
「なるほどな。そういうことならその方が賢明だな。もう中に入っちまってるし、
2階なら特攻でもなんとかなるしな。」
「そういうことだ。」
俺は順に2階へと上らせた。俺達が昇るのは一番最後。
そして無事に全員が2階に上った。
2階も1階と同じくゾンビの死体は無かった。あの時の惨事のままだ。
わけもわからずに2階へと来た人たちがざわついている。
団員の一人が聞いてきた。
「一体どうしたんだ、新堂君?」
「……このショッピングモールはどこかおかしいです。」
「おかしい?」
「はい。以前は僕達がここを最後に出たんです。が、今ここに来てみたら、ゾンビの死体が全て無くなっているんです。
本来ならあり得ません。先客がいてもおかしくないのに無人ってのも気になりますが……。」
「なるほどな。」
「2階もゾンビの死体は無いですから、ゾンビの危険はなくなりましたが……用心に越したことは無いでしょう。」
「つまりはこの不可解な現象を突きとめる方が先決と言うわけだな? 君のことだから、
まずは安全地帯確保のため2階から下層へと下って調べると言いだすのだろう?」
「アハハ、お見通しですか。」
「ハッハッハ、あの時は世話になったからね。私もしっかり指揮を取れるように精進しないとな!」
「あなたならきっとこの団員を導けますよ。頑張ってください!」
「ああ、君も無事で成功させるんだぞ。」
「はい!」
「この旨は私から伝えておこう。こちらもゾンビとの戦闘には力を入れてきたんだ。
君達は君達のチームで事を進めてくれ。慣れないチームでは何かと不憫だろう?」
「ありがとうございます。」
俺はそれだけを言うと仲間のもとへと駆け出した。
第6チームは武闘派要素が強い。武器も備えてあるし、実戦では頼りになるだろう。
武器があればの話だが、波に乗れば素手でもやってくれそうだ。
「お、幽。やっと帰ってきたか。」
「お、遅くなってすまん! えっと、話だったな。」
「そうそう。皆心配してたんだぜ?」
「あ、ああ。実はな……」
俺は大方さっきと同じ内容を話した。が、話し終わった途端に介入してきた者がいた。
あの時の二人だ。どこか予断を許さぬ気配を携えて今も尚持ち続けている。
「あ、あなたは。」
「正面でお会いしたね。新堂君。」
「ええ、今回は一体どんな話で……?」
「実は私ははぐれ者で、君達のような実戦的なチームに入れてほしいのだよ。」
「俺達のチームに?」
「ああ。決断は今すぐに出なくとも構わんよ。ただ、ここを出るまでには決めてもらいたい。」
「……分かりました。あなたの名前は?」
「私の名は『影山 日向』。また逢う機会があったらよろしく頼むよ。」
「わか、りました……。」
悠然たる態度で去っていってしまった。きっと彼女も彼女なりに何かあるのだろう。
腰に携えているモノも安物ではなさそうだし……戦闘はどうだろうか。
はぐれ者と言っていたが……だとするとここまで生き残れたのは強者の証。
相当の熟練者だろう。一人でも十分大丈夫そうだ……。
「俺も入れてもらいたいんだけど?」
振り向くと、高校生と思しき男がいた。学ラン姿でなびくように艶やかな髪。そして鋭い眼光。
「君の名前は?」
「俺の名前は『九 卿』って言うんだ。以後、よろしく!」
「イチジク? 珍しい名前だな……。」
「数字の九って書いて『イチジク』って読みだ。まぁ他で見たことねぇな。」
「なるほど。お前も同じだ。すんなり通すわけじゃない。ここを出る時までには結論を出す。
それまでは待っててくれ。」
「りょーかい。……いっとくが、俺は強ぇぞ?」
最後の間際に眼光が俺と合った。一瞬ゾクッと寒気がした!
「お、お前……!」
「ま、俺もあんたの実力ぐらい分かるよ。んじゃ、俺はそろそろ行くわ。さっさと結論だせよ?」
九は去っていった。
「な、なんだあいつ! 幽、どうするんだ?」
「まだ入れるかどうかは決められない。今後次第だ。それからでも遅くは無い。」
「影山さんはともかく、九の方が先じゃないか? あいつ、おだてるとつけ上がるタイプだと思うぞ。」
「そう、だな。統率できそうにないやつはあまりな……。」
しかし、あいつも相当の実力者に違いない。逃すには惜しい人材だが、
グループ単位での行動で不憫があるとどうなるかわからない。
こうしてみると影山さんのほうが人望があるだろう。
「だが、面倒な話だぞ。」
「ああ、そうだな。」
「キャァァァァァァッ!!」
「ッ!?」
「何かあったんだ!」
声のもとへと向かうと一人の女性が階下を見て怯えている。
その視線の先には……
「啓!? なんでお前がここに……!」
「んぁ? 幽にぃ?」
啓が少し驚いた口調で言った。
「悪いが、ここは俺達の大事な場所なんだ。今すぐ出てってくれねぇか?」
「ふざけるなッ! 先にここを占拠したのは俺達だ!」
「いーや、俺の方が先だ。ゾンビも全部俺達が始末したんだぜ? 面倒ったらありゃしねぇ。」
なんだと……? こいつがここの先客だったってか!?
「そっちが出てかねぇなら、こっちから行くぜ?」
「そこまでだ。」
その声の主は……影山 日向のものだった。
「……残念だが、お前の相手は俺じゃない。こいつだ。」
啓の背後から何かが姿を現した。
「へへ、硲の新作『H² - Viltis ver.β』」! かなり早いぜ?」
若干人よりも大きい程度の感じだろうか。人型だが『H - Viltis』よりは小さい。
「コンパクトサイズだが、詰まってるもんはあいつとは違う。さぁ、行け!」
合図とともに『H²-Viltis』が走り出した!
ここから見てても結構早いぞ!?
「おっと、ここから先は俺が相手だ。」
この声は……九!
手には濃い焦げ茶色の木刀が握られている。質が固そうだ。
スゥーッと木刀の位置を落とし、迫る『H²-Viltis』の顎に向けて、
下から一気に突きあげた! と、同時に向こうも拳を握りしめ、前へと突きだそうとしていた!
俺達は、新たなる敵を前にしてもひるむことなく攻撃に移る九の動きに見とれっぱなしだった。
そして今、両者の攻撃が繰り出された後の光景を俺は唖然と見ている事しかできなかった。