Passage
サブタイトル『Passage / 経過』
「うわ、見ろ! さっきまで俺達があるいていた街が……!」
『H - Viltis』と対峙する橋の前……ビルの街から出る時に通った道に表れた巨影は、
俺達の想像を絶するもので……俺たち全員の戦意を一気に消失させるほどのものだった。
今、俺達が目撃しているのは『地獄絵図』そのものだった……!!
巨体の何かが橋に迫る。
皮膚は血の色を少し濃密にして浮き出したような紅色が目立つ。
以前のビルでの会議に話題になっていたな。名前は確か……『Creeper』だっけ?
似たような状態だが決定的な違いがある。それは……巨体だ。
あの巨体では二足歩行は難しいが、それでもあの『H - Viltis』を越える巨体。
そして前足に見られる鋭利な爪。人間から逸脱した牙。
巨体だけあって頭部など体の形状も大きい。そして後ろ脚にも若干長めの鉤のような爪。
この距離から見えるんだぞ? あいつは近付いちゃだめだ! 戦って勝てる相手じゃない!
硲はあれは自分のものではないと言っていたな……。お気に入りの啓も連れて逃げるほどの相手だ。
硲達でも勝算は薄いということか……聖奈の血があって初めて勝利した俺達では話にならないだろう。
橋の前まで来て巨体が止まる。あれが『地這い鬼』か……。
周りを見渡し始める『地這い鬼』。見つかっては大変だ! 逃げるなら今しかない!
「皆、逃げるぞ! 街とは反対の方向に逃げるんだ!!」
「なんなんだよもう! 硲とか言うやつにも逃げるし、いきなり巨体が出てくるしよぉッ!」
「落ちつけ、藤島! 冷静を欠いてはいかん! この距離だ。そう焦らずとも助かる方法はある!」
「そうですよ! 今は逃げてからでも考える事は出来ます! 今は走りましょう!」
「せ、聖奈ちょっと怖い……。」
俺が指示すると皆も黙らずにはいられなかったらしい。
「香憐?」
藤島が言う。振り向くと香憐が腰を落としている。
「わ、私、腰がぬけちゃって……」
「大丈夫か?」
そうしているうちに咆哮がまた聴こえてきた。
「ッ!! しゃーない、俺が背負う!」
「え、え!?」
「ほら、早く乗れ!」
「で、でも……!」
「ここで死ぬよりはマシだ! 死んだら何もかも終わっちまうんだぞ!」
「……わ、分かりました!」
香憐ガバッと藤島の首に手をかけた。
「うし、行くぞ!」
「こうなったら、歩いていくことにする。藤島、無茶しすぎるなよ?」
「任せとけって。勝手に倒れたりはしねぇからよ!」
「行先は……どうする?」
これが決まらないと延々と放浪の旅をすることになる。コンビニ等を探し当てていきたいな。
恐らくこの道中も休憩、食事を取りつつ進むことになる。下手をすると睡眠も必要になってくる。
どこか良い場所は無いだろうか。
「ゾンビと戦った街ってのはどうだ? 今ならまだそう日もたっていないし、あの集団もいるかもしれない。」
なるほど、あの戦いの場所か。吉成には複雑な場所になってしまうそうだが……今は進むしかない!
「あの町までならわざわざあの橋の前の道から進まなくても辿りつけるし、
今はこっちの道を進もう。」
「ああ。」
「本当にアレ、怖いよぉ……。」
俺達はまた旅路の道を選んだ。これが初めてというわけではないが緊張してしまう。
まだ他に2匹……か。
俺達は闘着地点だけを目指して道を行った。その時、俺の手は少し震えていた……。
途中でコンビニを見つけたので立ち寄った。すでに誰かの使用の後があり、ゴミが散らかっている。
ゾンビがいた痕跡は見当たらない。関係者用の扉も蹴破ってみたが特に注意すべきところは無かった。
音が漏れないように防止の役目もある扉だが、簡単に開けられるので少々不安がっていた皆。
なんとか俺が説得して皆には休養を取ってもらった。食糧等などの整理もして、
俺達はコンビニ内でまだありあまっていた保存期間が長い食料にありついた。
その翌日の朝に俺達はコンビニを出た。ゾンビも来なかったし、人も来なかった。
その後もまた道を淡々と歩き続けた。
長い道のりの果てについに辿りついたあの町。
ゾンビへの戦いの傷痕はあるものの、まだ若干人気はあった。
「む、君達は……!」
「どうも、あの時はお世話になりました。」
「とんでもない。恩を受けたのは我々の方だよ。……ところで長い旅路だったようだが?」
「はい、実は……話さなくてはいけない事があるんです!」
「何?」
人を集わせて俺達は話した。ゾンビ化の事、研究者が存在する事、恐ろしい個体のゾンビが徘徊している事も
全部話した。
聴衆は驚きの顔を隠せず、絶望をあらわにしている者もいた。泣き崩れる者もいた。
「そうか、そんな事態にまで発展していたとは……。」
「はい……。」
「だが、その前にだな。君達も疲れているだろう? 今日はゆっくりしていきなさい。
努力の甲斐あって、この辺りにゾンビはいなくなったよ。……1匹取り逃がしてしまったがな。」
「取り逃がした?」
「ああ。普通のやつとは違っていたな。走ることもできて、ゾンビに対して指をさしていたと思う。
あの時は向こうも相当焦っていたんだろうな。ゾンビが盾になってしまってな。走り去ってしまった。
俺達は街から離れるわけにもいかなかったから追わなかったんだ。」
「そう、ですか。」
ゾンビに指をさす……? 指示していたってことか? 若干『軍曹』の予感がしたんだが……!
だが、話で聞いたようにあまり余裕は無かったみたいだ。
ゾンビにあれこれ指示できる能力でゾンビを盾にすることもできるだろうな。
その後、俺達は疲れを癒した。食後に『軍曹』、『獣人』、『地這い鬼』について持ちえる情報を話し、
今後気をつけてくれと言った。
この集団もあの時から発展したみたいだ。俺達が最初に来た時よりも、
倒れて負傷していた者が減っており、人数も増えている。
本来ゾンビ化するはずなのに……。ということは、この人達は耐性が強いのだろうか?
言いたい事は色々あったが、全ては明日やることにしよう。今日は俺も疲れたよ……。
あれが起きてから時間が過ぎゆくのがかなり早い気がする。
あれほど気を張って、危険に満ちた世界を経験してから、ここのように安全地帯でのうのうと過ごすのは
俺達にとっては夢のような話だ。やはり、人々の力は侮れない。
ゾンビでは決して持ちえる事が無い、人間だけが持つ最大の武器だ。
「朝だ、皆起きてくれ。」
呼び出しがかかる。朝食の時間では賑やかな雰囲気に満ちていた。俺達は、
この時だけ……あの日以前に戻されたような、そんな風に思いつつ目の前の食べ物を食した。
思わずホッとできる状況って、この世界ではもう他では味わうことはできないだろう。
今は、俺も至福の時を噛みしめていたい。そんな甘い感情を持たされてしまう。
朝食後、全員が一堂に集う。
「俺達の今後の方針は例のショッピングモールだ。意見があるものは後でもいいから来てくれ。」
ショッピングモールか……。あの『H - Viltis』が最初にあらわれた場所だったな。
だが、あれは俺達が協力の末に始末した。大丈夫だろう。
「ところで、君達はどうするんだ? 俺達としては是非共に行動してもらいたい。」
「はい、僕もそう思っていました。同行してもいいですか?」
「本当か!? ありがとう! 今後も一つ、よろしく頼む。」
「はい!」
こうして俺達11人はこの集団に加わった。これで総員が42名らしい。クラス1つ分という感じか。
ショッピングモールへの道のりはそう遠い距離ではない。まだあの場所には食料もあるだろう。
不安もあるが、俺たちならきっと切り抜けるさ!
「なぁ、幽?」
「藤島か。どうしたんだ?」
「ショッピングモールってやばいんじゃないか?」
「どうしてだよ。『H - Viltis』は俺達が始末しただろ?」
「そうじゃねぇよ。ただ、俺はあの時に『忽然と姿を消した人達』が気になってさ……。」
「なるほど……な。」
考えていなかった。確かに、これは注意すべき点である。
強靭な個体のゾンビがいたからというのが最もあの場面では有力になりえるが、
それ以外の事も考慮しておかないと……。
とたんに嫌な感じが頭をよぎる。あの時の事を思い出させる。
俺達は、何か忘れているかもしれない。重大な何かを……。
そしてその何かに気づく前に一行はショッピングモールが見えて歓喜の声が溢れだす。
その中でただ数人だけが不安に満ちた冷やかな目線でショッピングモールを見据えている。
冷たい目線をしているのは俺が見渡してみた限り、第6チーム以外の俺達の他に2人いた。
この状況に喜べずに警戒する視線をしている2人の内一人が俺に気づいた。
こちらを向くと少しだけ見据えてこちらに歩いてくる。
「おい、幽?」
「ん、藤島か。何かあったか?」
「ここに来て嫌な予感がするんだ。なんとか引き返す方法とかないか?」
「……ここまできて引き返そうなんて、俺の口からでも言えないよ。」
「そうか……。」
俺はそう言って気付かれないようにそっと藤島たちから距離を置いた。会話声ぐらいは聞きとれる。
「何か不安でもあるのか?」
大門さんが聞いてきた。
「ショッピングモール……嫌な雰囲気がするというか、妙にすんなり行けたというか……。」
「なるほどな。だが、このあたりにいたゾンビはもういないんだろう?」
「ああ、だけど不安で仕方ないんだ。」
「何、この人数だ。一網打尽にするのは俺達の方だろう?」
「そうだけど……!」
「藤島は気を張りすぎだぞ。俺も一応警戒はするから、お前は少しでも多く休むんだ。」
「分かった……。」
会話がそこまでで終わった。そして迫る人物が俺のもとに来た。
「君、同じような目をしてるね。」
凛とした視線が俺をとらえている。女性の人だ。ストレートロングで毛の色は茶。
腰に何か棒状の物を携えている。この人もただものじゃなさそうだ。
「皆、そろそろ中に突入する! 準備はいいか!!」
「おうッ!!!」
「いよいよだな!」
「これでしばらくは安泰だぜ!」
「これもきっと新堂君たちのおかげだわ!」
等々聴こえてくる。
「……マズぃな。」
俺が放った一言に隣の女性は敏感に反応した。
「君もそう思うのか?」
「以前ここに来た事があるので。」
「……なるほど、な。」
「そろそろ皆が行ってしまいます。詳しくは皆が落ちついてから話しましょう。」
「そうしよう。君の名前は?」
「新堂 幽です。」
「分かった。後で呼びに行く。さあ、中へ行こう。」
「はい。」
中に入ってからは皆もせわしなくしていた。破られたバリケートはそのままだったが、決定的に
俺が目を見張った事があった。それは……
「死体が……ない?」
ゾンビの死体が無い。あの時にはかなりの数の死体があったはずだ。腐るにしても早すぎる。
骨すら残らないのは不自然だ。
どうやら、藤島の言う通りのようだった。このショッピングモールは嫌な予感がする。
不可解な現象が取り巻いている謎めいた場所へと俺達の認識が変わった。ここは、安息の地ではない!