In fact
サブタイトル『In fact / 真実』
『H - Viltis』に歩み寄る硲を俺はただ固まった足で立ち、
俺の横を平然たる態度で通り過ぎていくのを見ている事しかできなかった……。
場が一気に滞る。動いているのは硲と啓だけ……。
「派手にやられてくれましたねぇ……。」
呻く『H - Viltis』に語りかけるように硲は言った。
「もっと改良の余地はあると思うんですけどねぇ? 啓君。」
「貴重な人材使ったんだろ? なんで最新のやつにしなかったんだ?」
「最新……『H³-Viltis』のことですか?」
「巨体なら最新のほうがよかっただろ?」
「あれでもよかったのは事実ですかね。ただ……他の研究員の発明品を使うのは虫酸が走りますから。
最も起源に近く、派生の利く初代を使わせてもらったというわけですよ。」
「なるほどな~。……で、派生の見越しはあるのか?」
「勿論。良質な人間をベースにした割にはなかなかのデータですよ。
ここまで改良点が見つかるとは!」
会話を聞くからにこいつらは完全に黒だ。俺達の敵……!
ここで始末しておかないと後々とんでもない事になる。俺が……やるんだ!
矛を構える。すると……
「幽君、そこで何をしているんですか?」
「!?」
「物騒な矛を収めてもらえませんかねぇ。私はここで貴方と対峙するつもりはないんですよ。」
「そうかもな。ただ、俺達……いや、生きている人々の為にはお前が降伏するか、
死んでもらうしかなくなる。」
「ほう、面白い見解ですね。私がいなくなったところでゾンビの感染、拡大は止まりませんよ。」
「ああ、止まらない。止まるわけがない。お前でも止められないんだろ?」
「……止める方法はいくつかあります。しかし止めては実験も、割り出しの意味もないですからねえ。」
「割り出しだと?」
「ここにいる生存者。なぜゾンビに喰われずに生きているか……。
答えは簡単。君達が強い存在だからですよ。我々はその強き生存者を割り出すためにも、
ゾンビと言う名の悪鬼を登用させたんですよ。」
「俺達もその生存者の一人ってわけか。」
「そう、その通り! この世にいる人間でも本当に土壇場でも使える実力を持つ者は
そうこの世にはいませんよ。ゾンビに打ち勝ってこそ本当に強き人間。」
「お前はその強い人間を炙り出してどうするつもりだ……?」
「モルモットにはできませんからねぇ。今のところはまだ検討中ってところですか。
今はまだ生存者を集めているわけでもないですから。」
今はまだ……か。これは想像を絶する『災害』になりそうだ……!
「ああ、『H - Viltis』を倒した褒美に良い事を教えてあげますよ。」
「何ぃ……ッ!?」
「この付近にはまだ『H - Viltis』を越えるゾンビが徘徊しています。
啓君はこの中には含めていませんが…………あと3匹。面倒なので『ヴィルティス』は略しますが、
『地這い鬼』こと『R⁵-Viltis』。
『獣人』こと『A⁶-Viltis』。『軍曹』こと『L⁸-Viltis』。
……どれも強敵ぞろいですよ。私ではなく他の研究員が生み出したので私には関係ないですけどね。
啓君ならもう単独で『軍曹』程度はやれるでしょう。あなたたちではどうでしょうかね……?」
「こいつを越えるのがまだ3匹もいやがるのか!?」
「何もゾンビへの研究は私に限った話じゃない。すでに他の研究者たちも開発に取り掛かっています。」
なんだと……。こいつは俺達でようやく倒したんだぞ!? それ以上がまだ3匹……!
とてもじゃないが太刀打ちできる気がしない……! もしかしたらあいつもまだ情報を持っているのかもな
聞いてみるか……。
「そいつらの特徴は?」
「『地這い鬼』はその名の通り地を這う者。長身で『H - Viltis』をも超える巨体です。
『獣人』は獅子を思わせる方向に伸びる爪、牙……。体格は『H - Viltis』に劣りますがね……。
『軍曹』はゾンビを率いる新手のゾンビです。指揮官のような位置に着き、
常にテリトリーを配下のゾンビに見回らせるので軍団に近い……。
意志無きゾンビを抑制させることもできるかなり異質な存在です。
こんなところで情報提供は終わりでいいですかね?」
「全く、硲は一々おしゃべりが過ぎるんだって! だから『B - Viltis』の
研究も盗まれちまうんだぞ?」
「『B - Viltis』は元々調整が難しいゾンビでしたし、
他の研究員が勝手に成果を上げてくれるなら良い事じゃないですか。正直な話、
誰かが盗んで成果を上げたなら、その調整された個体は私も盗み返すまでですし。」
「あれほど云々言ってたくせに……。」
こいつら、まだ奥の手を隠し持ってやがるのか……?
そして他の研究員たちもゾンビの研究だと? 狂っている! この世界はもう狂っている!
「お、おい! 幽! なんかがこっちに向かってくるぞ!」
「え?」
な、なんだ。凄い咆哮が遠くから聴こえてくる。そして地をたたくような重量のある音……。
「マズぃですね! もう『地這い鬼』の登場ですか……! 退却ですよ。啓君!」
「おう!」
啓と硲は俺達がもともと向かおうとしていた方角へと橋を渡って行った。
って、硲も啓も凄い速さで走っている! 生身の硲も相当凄腕らしいな……。
「お、俺達も逃げるぞ! 橋を突っ切った後は橋の道路から外れる! いいな?」
「あ、ああ!」
「もちろんだ!」
「時間が惜しいです! いきましょう!」
俺達は全力で走った。まだ姿が見えたわけじゃないが、あの咆哮はヤバすぎる!
人間が太刀打ちできる相手じゃない。それが直感で分かった。
「こっちだ!」
俺達がやむなく使った橋を遠回りするために使った散歩道を通った。
しばらく走った。俺の祖父の道場のある街の手前まで続いている散歩道をその街の手前で止まった。
振り向く。しかしまだ変化は無い。しかし、この周囲に振りまく感じの狂気は……。
「うわ、見ろ! さっきまで俺達があるいていた街が……!」
『H - Viltis』と対峙する橋の前……ビルの街から出る時に通った道に表れた巨影は、
俺達の想像を絶するもので……俺たち全員の戦意を一気に消失させるほどのものだった。
今、俺達が目撃しているのは『地獄絵図』そのものだった……!!