The master
サブタイトル『The master / 飼い主』
「ヴオオオオオオオオ!」
猛突進で巨体が迫ってきた。
人間とゾンビ。それぞれの思念を抱いて雌雄を決する戦いが火蓋を切った!
やはり、戦力となりえるのは俺と藤島。それから大門さんだろう。
吉成は正直主戦力に加えるにはいささか条件が悪すぎる。いざという時の、
動揺や少しだけの時間だけやつの目を引くのが主な役目になるな。
聖奈は最後の砦だ。俺も使いたくは無いが、聖奈の血はどんなゾンビにでも効果は抜群だ。
香憐はまだ動体視力や持久力にも欠ける。ここで吉成と同じ役目を持たせるのはダメだ。
誰かに護衛を務めてもらわないとな。
「香憐は遠くで見ているんだ。いいな? 後、他に一人は香憐の護衛を頼む!」
言葉の次には俺は動いていた。動いた次は他のメンバーも動いていた。
香憐と藤島がセットで接近してくる奴から距離を置こうと離れる。
吉成は左手に小太刀を構え、右手はフリーだ。左利きではないが、いつでも特技(投擲)が使えるように
するためだろう。いざという時は任せたぞ!
迫るあいつを避ける。巨体では急に止まれないのは予想通り。
避ける時に確認したが、やはり眼球はあの時の読み通りだった。
右目は開いていない。前は眼球が無かったが、今は瞼を閉ざしている。
左目ははっきりと開けている。目が俺に視線を向けた。
あの時に見えた眼球への傷は完治してしまったようだ……! なんつー治癒力だよ!
右目が見えないなら、死角は右側後方と言う事になる。そして左目が利く以上、避けるなら右側だろう。
これを踏まえていれば、回避も多少容易になるはずだ。
あの時は武器を持っていたが、今は何も持っていない。勝機はある!
ただ、あの大きさの身体だ。握力、腕力共に人間相手では一撃で…………。
だからこそ、ここで皆を生かすためには俺がやらなきゃならないんだ!
「うぉぉ!」
ガスッ 右の脹脛に横から一撃を入れる。
「ヴォォァ!」
少しひるんだが、やはりダメージは小さかった!
右から振り返ってこちらを見据える。そして拳を上げる。
「この野郎!」
後ろから大門さんが攻撃してくれた。俺の攻撃していた右の脹脛をさらに木刀で突いていた。
「ヴゥォッ!」
ひるみ方が大きくなった。しかしまだ膝を突く様子は無い。流石は大物と言ったところか……!
大門さんの方へと向くゾンビ。馬鹿なやつめ!
「そらッ!」
腰の捻りも加え、薙ぎ払った。
すると、ゾンビがついに体制を崩し、膝をついた。
「今だ! 残っている左目を潰すんだ!」
「任せろ! ハッ!」
ゴスッと鈍い音が響く。が、眼球はつぶれてはいなかった。
土壇場で大門さんも焦っていたのか、眼球ではなく頭部が叩かれていた。
もちろん、頭部へのダメージは他の部位よりも効果的なものの骨の髄までは響かない……。
『肉質が完全に人間とは違う』。そう悟らざるを得なかった。
特異な形状のゾンビは明らかに人間の原型を思わせるゾンビとは持っている能力も、
センスも、戦い方も違っていた。ゾンビはただ貪欲に近くの獲物を取るためには
手段はただ接近による噛みつきのみ。更に言うと腕などほかの部位での攻撃は無い。
知能を持った個体は別だがな……。
だが、こいつは違う。武器を使い、危険を察知し、獲物が複数いる時もそれを認知した上で、
持ちえる範囲で行動をする。そういうゾンビ……ッ!
「この、この……!」
何度も叩くが、頭部にしか当たらない。眼球には木刀は届かない。
「大門さん落ち着いてください!」
「し、しかし!」
頭部への攻撃がまだ弱かったのか、いままで倒れていたゾンビがついに体を起こし始めた。
「距離を置いてください!」
「あ、ああ……!」
ヒュッ 起き上がろうとするゾンビを横から飛んでくる石によって行動は後れを取った!
「吉成、ナイスだぞ!」
返事は後で とでもいうかのようにまだゾンビへと視線を向けている。まるでタイミングを計るかのように
落ち着いた目で見据えている……。振り向くゾンビ。振り向いた瞬間、
吉成は更に手に隠していた石を投げた!
その石は放物線を描かず、直線に飛んでいった。 恐らく渾身の投擲だ!
ゾンビはそれに気づいて角度を変えた。石は眼球には当たらなかった。
「く、しぶといですね……!」
右足はもう狙い目確定。武器で突くなり薙ぐなりすればもうよろめくのも時間の問題だろう。
問題は最後だ。あいつを仕留める事は出来るのだろうか。何度も何度も叩けば息絶えるのか?
恐らく今の俺たちでは……最後の最後に聖奈の血を使うほかに手段は無い。
できれば首を吹っ飛ばしたい。心の臓を貫いておきたい。だが……俺達には無理だ!
「新堂幽! ここにいたか!」
声の方へ振り向くと、第6チームのメンバーがいた。5人がこちらへ向かってくる。
「緊急事態のようだな。参戦する!」
「分かった! 眼球を潰してくれ!」
「任せとけって!」
第6チームのメンバーがなりふり構わず特攻していく!
巨体故に足を攻撃するのが定石なのを理解しているらしく、ゾンビは倒れこんだ。
その後にやはり頭部への連打。こちらと違い、向こうは鉄パイプを所持している面子もいるので、
これは想像以上にダメージが大きいかもしれないな!
そして連打が終わった。ゾンビはうめき声を上げるばかりでアクションがない。
「こんなところか?」
数の力とは、こうも強大なものとはな……。
啓のやつも見くびっているに違いない。協力しなきゃ生き残れない世界だが、
協力すれば人数分よりも凄い真価を発揮できるんだ。それが人間なんだ!
「それじゃ、聖奈の出番だね。」
浅く切り傷を……。くそ、こうしてまた傷が増えていくのか!?
俺には止めることはできないのか……!?
チームのため、生き残るため、聖奈のためとはいえ……心が痛むよ。
「聖奈、ここから先は向こうに行ってなさい。俺がやる……。」
ダガーを受け取る。聖奈は少し距離を置いた。
俺はダガーに力を込め、左の眼球へと振り下ろした!
ザシュッ ブシュッ 一気に刺し、引き抜いた。血が流れて唸るような声を上げる!
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
手でゆっくり眼球を抑えてもがく。
ダガーに着いた血を空で一振りすることで払った。ビシャっと血がコンクリートに付着する。
ダガーを聖奈に返す。声は続き、今だ止む様子が無い。
「やはり生命力はすさまじいな……。」
「化物だな……。」
「だが、これでお終いだろ。」
「そう、だな。」
第6チームが言う通りだと良いのだがな……。
すると、声が少しずつ弱まっていく。死ぬというところまではいかないが、小さくなっていく。
「…………これで、終わったんだな。」
俺が空に語りかけるように言ったつもりが、思わぬところから返答が返ってきた。
「終わりじゃありませんよ。」
「何ッ!? ……あんたはあの時の。」
「そう、一度お会いしましたよね。新堂幽君。私です。江田 硲 ですよ。」
「あ、あなた……一体ビルに何しに向かったんですか?」
「前にもお話した通りで、相棒を迎えに来たんですよ。ただそれだけです。」
……しかし、気配は変わっていない。近づきがたいこの雰囲気……一体何者なんだ!?
「相棒ってのは俺の事な。」
硲の後ろから聞き覚えのある声。まさか……
「啓、なのか……?」
「びっくりしたよ。聖奈の血の事はすっかり忘れていた。思い返してみるとあれほど天敵になる相手は
他にはいないな。」
「どうして生きてる! お前は確かに……」
「辛かったぜ? ゾンビならどいつもこいつも死に至る血を喰らったんだからな。
俺もやばかったんだが、硲のおかげで何とか助かったってわけよ。」
「硲……? 一体何をした!」
この男、ゾンビへ助力をするとは……! ただの研究員ってわけじゃなさそうだ。
「何、ちょっとした薬を与えただけですよ。」
「……何の薬か言ってみろ。」
「『IR-013』。とある研究室で生み出されたゾンビ化の進行を促進させる薬ですよ。」
「ゾンビ化促進だと……!?」
そんな薬が存在していたとは……! 研究室で生み出されたってことは、
十中八九ゾンビ化の起源も人間が生み出したものなのだろうな……!
「聖奈君の血はゾンビとは相反するもの……。生身の人間とゾンビは相いれない存在なんですよ。
ゾンビ化とは、文字通りゾンビに変わりはてる事を差しますが、厳密には違ってくるんです。」
「ど、どういうことだ……?」
こいつ、何か知っているのか?
「ゾンビ化とは、生身の人間が普段管理下に置いている体の支配権をその過程で奪い取るんです。
生身の状態の支配権を奪われると当然動けませんし使えません。
ところが、進行はどんどん進みます。生身の人間の抵抗力……の事を『Normality』と呼称していますが、
ゾンビ化ウィルスの『Viltis』とノーマリティ。どちらかが尽きるまで人間の体は支配権を奪い合うんです。
結果的に勝者が人間を支配します。ただ……体質で打ち勝つ人間も稀にいますがね。」
「ウィルスだと? あれはウィルスの力だって言うのか!?」
「ええ、ただ彼らはそう長くは持ちませんよ。所詮はモルモットですからね。」
モルモット? ゾンビがモツモットだって? こいつら、これだけの被害を出して置いて何を言ってやがる!
「貴様、そんなのが許されるとでも思っているのか!」
「許されますよ。この事実は君達も含めて知っている者はごくわずか……。
ついでに質問ですが、この状況下で我々を裁いてくれる者はいるんですか?
裁けませんよねぇ。自分の事で手いっぱい。もしくはもうゾンビになっているのかもしれませんからねぇ。」
「この野郎……この状況を利用したのかッ!」
「利用? クックック、御冗談を。もちろん自らの手で作り出したんですよ。」
「全部計算どおりってわけか……。」
「……いや、予想はしていましたが例外が出てきましたよ。その最大の例外が……」
「聖奈ってわけか。」
「御名答。少しはキレるようですね。」
「なるほど、な。で、お前らは聖奈を始末しに来たのか?」
「始末……ですか。研究者としては確かに聖奈君のデータは検証したいところですが、
今回は別件。そこに転がっている『H - Viltis』の回収ですよ。」
「エイチヴィルティス……?」
そこに転がっている……ってこの巨体のゾンビのことか!?
「今回もよいデータが取れましたよ。ご協力に感謝します。」
「誰がてめぇなんかに!」
「クク、……そろそろいいですよね?」
硲の目が俺とあった。グッ……! 凄い威圧がある視線だ。ここまでのものとは……!!
深い闇が具現化したかのような黒の瞳がギロリと俺を睨んでいる。
こいつ……なんなんだよ! どうしてゾンビに加勢しているんだ!?
「今のあなたには何も出来やしませんよ。」
言葉が俺の内にズシッと響いた。俺はあいつが……怖い。存在がゾンビよりも恐ろしい化物に見える。
『H - Viltis』に歩み寄る硲を俺はただ固まった足で立ち、
俺の横を平然たる態度で通り過ぎていくのを見ている事しかできなかった……。
ゾンビ化の詳細については次話以降で詳しく取り上げていく予定です。
感想等がありましたら、是非是非聞かせてください! お願いしますです!