Be advancing
サブタイトル『Be advancing / 進行中!』
「いいですか……? それじゃ、開けます!」
ゆっくりと扉を開ける。
ゾンビはふらふらと扉の直線上の約3mぐらい先にいるみたいだ。
すきまから覗きこんだ程度じゃ流石にバレないか。
ゆっくりと音を立てない様に扉を開ける。やがて全開の状態になったが、
ゾンビはこちらを向く様子もなく、ただゆらゆらと体を揺らしているだけだ。
窓から見た時はただゾンビの個数だけを見ていたので気付かなかったが、このゾンビ、右腕がない。
ホラー映画なんかでは喰われて死ぬと、その死体もゾンビに生まれ変わるっていうのが定番だ。
だが、これはそれと同じなのか……?
「…………大丈夫だ。やつはこちらに来る気配は無い。」
「な、なんだ。あいつは結構鈍くさいやつだったのか……。」
「それにしてもあれがゾンビか……こうしてじっくり見るのは初めてだが、ひどい光景だ。」
……左右を見渡してみるが、ゾンビはいないようだ。もっと沢山いるのだと踏んでいたが、
ここはそうでもないみたいだ。できればこういう過疎地帯を探り当てていきたいからな、
ここ一帯のゾンビを抹殺すれば拠点になるかもしれないな。
ショッピングモールさえ制圧……というか、占拠できれば食糧もあるし、運が良ければ
武器も手に入るかもしれない。その先の事までは考えてはいない。多分皆もそうだろう。
「一応ですけど、合図は今みたいに近距離とは限りませんから、今後は手で合図します。
藤島は手に注目しててくれ。」
「わかった。」
「とりあえず……静かにここを離れよう。たかが1体とはいえ、ゾンビが目の前だとな……。」
「そうだな。それがいい。」
「緊張していたが、こうしてみると少しだけ滑稽に思えても来る。
まさか襲ってこないとはな……。」
俺が脚を動かすと、皆も無言で歩きだした。
俺達が出た建物の裏。そこは確か、道路があって、その向こうに川がある。橋を渡っていくと住宅街。
すぐ近くにあるショッピングモールとは方向が違うけどね。成功は俺の手にかかってる。
他の3人はさっきのゾンビがハリボテ状態だったおかげで安堵したような事を言っていたが、
歩きだした途端に表情がこわばり、みんな周りに集中している。
建物と建物の隙間にいるとき、手のひらを見せ合図を出した。『ここで止まれ』の合図だ。
隙間から出て、周りを確認する。俺から見て左側に橋がある。ゾンビはいなさそうだ。
川の水が流れる音がやけに響く。右側の遥か向こうに2体のゾンビがいるが、
地べたを這ってもがいている。おそらく冬だから道路が凍結していて、上手く歩けないのだろう。
「大丈夫だ。右側の遠いところに2体いるが問題はなさそうだ。」
皆は急ぎ足でこちらに来た。さて、ここから橋まで歩くわけだが、最初の調達までは上手くいってほしいな。
「道路が凍っていてゾンビも自由に動けないみたいだから、道路のど真ん中を歩こう。
いざという時には広いところの方が逃げやすい。」
「なんだかすまないな。全部まかせっきりで……。」
「いえ、大丈夫です。これからは協力してゾンビに立ち向かっていきましょう。
そして、生き延びるんです。何が何でも。」
「ああ……!」
「俺達、生き残れるのか?」
「少なくとも最初の民家で当たりだったら、生存率は格段に上がると思う。
できれば全員分の武器と灯りを確保しておきたいし、揃えば大概の事なら、
個人でもなんとかなると思う。」
「そ、そうなのか?」
「と言っても使いやすいものとか色々あるから、そこは個人個人によるけど。」
「それじゃ、やっぱり絶対的な強さってないのか……。」
「格段に強い武器と言ったら銃だろうな。だた、俺たちに扱えるかどうか……。
警察署に行って調達しようとも思ったけど、多分もう全部持っていかれてると思う。」
「そう、か……。」
「銃声一つ聞こえてこないこんな場所じゃ銃の存在自体無いと思った方がいいと思いますよ。」
最後の一括りは吉成に取られちゃったな。
また歩き出した俺達は油断も許されないこんな状況をシビアに捉えていたが、
実際はそこまでシビアに考える必要もないほどあっけないスタートで早々に油断を招く山場が訪れた。
俺は気を緩める事もなく橋まで歩き続けたが、本当に何もアクシデントは起こらず、
ゾンビも現れなかった。そして、ついに橋の前まで来た。川沿いを歩くのって案外早いもんだな。
「橋を通る間は挟まれたら厄介だ。ゾンビが片方から来たらその逆の方から一気に逃げます。
挟まれた場合は……片方だけを相手にして突破します。準備はいいですか?」
「あ、ああ、いける。」
藤島が言った。
「いつでも走れます。」
吉成も言った。
「ようし、ここぐらいは無事に突破しよう!」
大門さんも言ってくれた。
「皆さん、ダッシュで橋の向こうまで走って!」
俺が言うとみんな橋の上を駆け抜けた。俺は橋の方を確認する。橋の淵は
道路が3方向に続いてるからな。ゾンビが来るかどうか確認しないと……。
橋の中央くらいで振り返る。
俺達があるいてきた方向は橋から続く道路の左に続く方だ。あの時見えた2体のゾンビはもう見えない。
「大丈夫そう……いや、待て、あれは……ッ!」
大通りに続く、正面へ続く道路から結構な数のゾンビがこちらへ向かってきている!
後数分もたたずにこの橋に着くだろう。急いでここから逃げなきゃ!
藤島達は無事に橋を通過したようだ。奥で俺を待ってくれている。俺は全速力で走った。
大きめの川を跨ぐ橋だから藤本達のところまで着く頃には流石に少し息が上がった。
「新堂、こっちには3方向からゾンビは見えなかったよ。」
藤島が教えてくれた。そうか、ならこっちはだいたい安全か。
「ハァ、ハァ、橋の正面の道路からゾンビが群れてこっちに来てる。
軽いマラソン気分でいいから少し走りながらで行こう。」
「何!? 急いでいかなきゃ!」
「いや、まて、そのための軽いマラソン気分なんだ。今全速力で逃げてもし、
途中で疲れきっている時にゾンビに出会ったらどうする?
逃げ切れるはずがない。戦う体力が残っているかすら怪しい。だから、少しでも体力を
温存しながら行こう。戦えれば、こっちにも分がある。」
焦っていた皆も落ち着いてくれた。その後は道路をマラソンのように軽く走っていった。
当たりの家、か。そろそろ吉成が息を切らしてしまいそうだったので、途中で止まった。
「結構進んだな。 このあたりの家で調達しよう。家の中は多分誰もいないからゾンビもいないはず。
クリスマスイヴだから皆外に行ってたんだと思う。」
「いや、自宅でパーティーしてたかもしれないじゃないか。安心できないぞ。」
「ゾンビ化してるならこの辺にゾンビがいてもおかしくは無いはずだ。それなのにうめき声すら
聞こえてこない。それから自宅でゾンビ化したなら家の中が荒れているはずだし、
もしこの辺に人がいたならこの辺で騒動が起こってるはすだ。」
「そう、だな。しかし、この辺りは静かだな……。」
「人すらいない証拠じゃないかな。ゾンビ化する対象もいないとこうも静かなものなのか。」
「とにかく願ったり叶ったりじゃないですか。早目に調達しましょう。
家は鍵がかかってると思いますから窓ガラスを木刀で割って入ります。音でゾンビの有無、
生存者の有無を確認して、誰もいないようだったら包丁と、できれば灯りを入手。
その後は速やかに離脱。いいですね?」
「な、なんで速やかになんだ? 誰もいない家だとわかったら急ぐ必要は無いんじゃ…」
「家の中に誰もいないとわかったところで、外に音が響く。長居は無用なんだ。
それと探すのは1階だけ。2階以上は絶対に入らないこと。それから灯りは目について使えそうな
ものがあったらだけにすること。包丁は必須だけど、灯りはそこまで必要じゃない。
もうすでに懐中電灯は確保できてるからな。」
「OK」
「分かったよ。」
「逃げる準備だけは万全にしておきますね。」
民家の前に移動した。
「よし、それじゃ、まずここで待ってて下さい。ガラスを割った後に戻ってきます。危険そうだったら、
放置して他の民家へ。当たりが出て揃ったら橋じゃなく、別ルートでショッピングモールへ向かいます。」
「よし」
「了解!」
了承を得て、俺は窓ガラスの前にたった。リビングが見える。ここなら簡単に入れそうだ。
人気もなし。荒れてもいない。よし、ここならいけるぞ!
俺は、手に持っている木刀を渾身の力を込めて窓ガラスに叩きつけた!!