Building of hope
サブタイトル『Building of hope / 希望の建物』
どうすれば、どっちに向かえば見つからずに逃げ切れるんだ……!?
コンビニの時は隠れる事が出来る建物が多かったからな。視界に入らない場所を最大限に活かせた。
だけど、遠回りの道は散歩道の立て札がある。だからほぼ直線……。
俺は問題ないが、他の皆の体力が持つかどうかだ。
走ってもたかが知れているそのスピードから逃げ切る事は可能だ。体力が持つ間まではだけど……。
視界の影に隠れて、なんとかやつを撒いてしまわないと確実に……死ぬ!
住宅を体当たりだけで破壊するような奴に真っ向勝負は不可能だ。まったく、なんて頑丈な体だ!
この俺が生前の姿が見てみたいと思うぐらいだぞ!
脳への攻撃も見込みのあるダメージにならないとなると、もう鈍器では歯が立たない!
だが、包丁などの鋭利な刃物ではどうだろう?
……だめだ、試すことすら許されない。 誰かが犠牲にならねばだせない解答なのかもしれない。
だが、俺には誰かを犠牲にするなんて選択肢は無い。
「な、なぁ、新堂……。」
「逃げるしか、ないな。」
「なら、早く動こう!」
「しかし、かなり走るぞ。この気温で、建物が多い場所までは……軽く見積もって4kmと言ったところか。
慣れない人では苦しい距離だ。」
「行ける……と思うよ。いや、僅かにでも希望がある方向にかけてみようぜ?」
「そう、か。よし」
これで行く。もう、後戻りはできないな。
「4km先の住宅街まで走るぞ! それまで無休で走らないといけない。覚悟はいいか?」
「ああ!」
「大丈夫だ。」
「僕はいつでも。」
「わ、私もいけます!」
「よし、いくぞ!」
俺の声で皆が動いた。まず、このルートで避けられないのが道路の横断と、ゾンビへの自主的接近。
少し前にある散歩道まではたかが10mほど先。ゾンビまでの距離はおよそ100mと言ったところ。
散歩道にまで近づくのが前提なのでまずゾンビが気づくはず。そして、
その後は飽くなき競走。生死を賭けた全力での走り。
ここで言う全力とは、平均スピードと走行時間の効率の意味である。最高スピードではない。
できれば、この効率的な勝負に望みたい。至近距離である最初は焦るが、それは仕方がない。
実戦や場数を踏んで初めて焦りや冷静さは保てるものであり、常人がそれを維持するのは
ほぼ不可能である。常人でその焦りや冷静を保つ方法は絶対的な優勢に立つことのみである。
例えば、獰猛な野犬がいたとする。その野犬が常人相手では勝負は火を見るより明らかであるが、
人間側が家の中からそれを見ている時というのは誰もが安心していることができる。
そう、絶対的な優勢はどんな人間にでも余裕を持たせることができるのだ。
さて、そろそろ散歩道に突入だ。さぁこい、ゾンビめ!
…………どこかおかしい。俺の計算が狂ったのか、はたまたこれは偶然なのか?
あのゾンビが、全くアクションを起こさない。俺達の事に気が回ってない様子だ。
俺達は散歩道の入り口から約50mほどの位置にいるが、ゾンビは未だに走ってくる気配がない。
「……は?」
「お、おい、これはどういう意味なんだ?」
「あいつが、追ってこない……?」
「そんなバカな!」
あのゾンビが今までの事から考えてもなんのアクションも起さないのは明らかに不自然。
どういうつもりだ? 知能を持つゾンビといえど、獲物を野放しにするのはありえない。
仮に俺達がなんらかのやつの策略や罠にかかったとしても、あの歩行速度だ。
時間がかかりすぎる。それに、ゾンビなら一刻も早く獲物にありつきたいはずだ。
色々推測したところで、不自然さがさらに色濃くなるばかりだ。
「……く、どうする。」
「ど、どうするって、これはチャンスなんだぞ! 逃げるんだろ!?」
「やつは、今こうしてみても俺達に気づいている様子すらない。走った音があったはずなのに、
俺達がすんなり素通りできたってことは、あのゾンビ、何かあったんだ。」
「な、何かってなんだよ?」
「さぁ、そこまでは推測できないけど……今のあいつならいけそうな気がするんだ。」
「いけそうって、何する気なんだ?」
「今やつに接近すれば理由が分かるかもしれない。あいつの身に何が起こったのか、
それを確かめないと今後あいつに出くわした時の対処にも支障が出そうだからな。」
「まさか、お前が調べる気か? 危険すぎる!」
「気づいていないってことは、隙だらけなのとほぼ一緒なんだ。上手くいけば、
あいつをここで葬ることだって……。」
「お前、やる気なのか?」
「仕掛けるかどうかは近づいてからだな。いけそうならせめて1発頭に入れてくる。
無理なら原因だけでも……とにかく、ここを動くなよ。俺はどうしても確かめないといけない気がするんだ。」
「なら、せめて俺も行く。」
藤島が宣言した。
「藤島はチームの中でも俺を抜けば最高戦力だ。俺もお前ももしやつにやられたらどうする?
チームは絶望的だ。ここで犠牲になるのは一人でいい。そしてその役目は俺がやる。」
「……どうしても、行くのか?」
「ああ。……心配しなくても俺は生きて帰る。最悪の場合は逃げればよし。当初の作戦通りだろ?」
「分かった。そこまで言うならもはや何も言うまい。だが……気をつけろよ。」
「ああ!」
俺はできるだけ音を静かにして走った。間近まで近づく時は歩くけどな。
そして歩いた。ここまで来ると射程圏内。さて、ここからは慎重にいかないとな。
あいつの手にしているのは明らかにどこかの建物の建設に使われてそうな長い鉄骨もどきだ。
長くて、(鉄骨というには)細い。くらえば致命傷とまでは行かなくても骨折は免れられない。
いや、むしろあの鉄骨による攻撃で骨折程度で済むなら安い代償だろう。
俺はやつを観察した。どこか変化は無いだろうか。こうしてまじまじと見ることすらなかったためか、
どこがどう変化しているのかさっぱりだ。ん、な、なんだこれは……!?
「……ッ!?」
このゾンビ、街の方から歩いてきたが一体何があったんだ……?
目が、傷ついている。右目は完全にアウトだ。綺麗に眼球がなくなってしまっている。
グロテスクだが、ここで音を立てれば確実に…………。
左目は瞼に鋭利な物で切られたような跡がある。この痕跡は一体……。
右目を抑えているゾンビ。ときどき手の隙間からチラチラと見えるその内部は言葉にできないほどの、
何かがある。何か、どす黒い感情のような何かが……。
左目はたまに薄めだが瞼を開いている。ということは、ほんの少しだけなら視力があるのか?
どおりで俺達の姿に気づかないはずだ。その傷ならはたしてどこまで見えているのか。
もう、ぼやけた世界観だろう。体に外傷は見当たらないが、頭部には最初に出会ったときよりも、
凄いものになっている。というと、傷痕が多いのだ。ほとんどが切り傷だろう。
街で一体何があった? このゾンビをここまで追い詰めたのは誰なんだ?
このゾンビよりも、危険なやつらが街に入るってことなのか……?
……さて、俺はそろそろ戻るか。頭部への傷痕で完全に理解した。木刀では歯が立たない。
俺は、巨体のゾンビよりも早く静かに歩き、少ししたところでまた走りながら戻った。
「何だって……? あいつ、目が見えないのか?」
「すでにやられた後だったとは……。」
「街、の方が気になりますね。」
「で、でも、これで目的地に着くまでの余裕が出来ましたね。」
「そうだな、だが、そこもあの街からは隣町ってところだ。油断はできない。」
「……」
沈黙がやけに響く。静けさが耳にはなぜか刺激的だった。皆が冷静に対処している証なのだろう。
成長が見受けられるが、このくらいにまで冷静になれるのならそろそろ実戦経験も積ませたい。
もう普通のゾンビ相手で1対1の勝負ならかなりの勝率は見込めると思う。
後で、その事について話すか。
「あのゾンビについてだけど、さっきも言った通りで木刀ではダメージは期待できない。
もっと鋭い刃物なんかがないと外傷すら難しい。」
「そ、そうか……。」
「もう2度と会いたくねえってのに……。」
「なんだか、また出会うと思うと怖くなってきました…。」
「もう、ゾンビについてはここまでだ。行こう。散歩道の終わりまでぐらいは早目に抜けたい。」
「そうだな。」
「後4kmか……長い道のりだな。」
「体力温存のために極力徒歩で行きましょう。」
こうして、徒歩で散歩道を抜けた。走る必要性がなくなった分体力温存の恩恵が大きく、
残党のように単体で現れたゾンビはあっさりと始末で来た。
街の付近にはゾンビがあつまるようだが、やはり過疎地域となった場所では数も相当少ないようだ。
雨坂町。それが、この町の名前である。文字通り、雨が降り、坂にあたる箇所が多い。
山の近くではないのだが、以前に起こった大きな地殻変動やら何やらで地盤の陥没が大きく、
全てを平地にすることは難しかった地域なのだが、ゆるやかな坂で大半を埋めて作られた街だそうだ。
どうしてこんなところに街が出来なのかはわからないが、先代の人達の必死の作業の末に、
ようやく作られた町という話を聞いたことがある。なんでも、とある町人と貴族の間で起こった
討議やら一揆やらの末に元の町から離れてここに行きつき街を気付いたという説もあるらしいが……。
どちらにしろ大規模な行動だったが、主導者が祖父の祖先だと言い聞かされたこともあったっけな。
懐かしいな。一体いつぐらい前の話だろう。
ゾンビも現れず、街の中を淡々と歩くのはどうにも感覚を狂わされる。
今まで波乱万丈な生き方を強要されてきた分違和感が否めない。
「なぁ、ゾンビってどれぐらいで餓死すると思う?」
「唐突になんだ? ……まず、人間がどれくらいで餓死するのかがわかんねー。」
「だよなぁ……。」
「勝手に死んでくれるならさっさとどこかに非難したいところですね。いままで思いつきませんでしたよ。」
「だが、望ましくないな……。時間がかかりすぎる。」
「なぁ、目的地はまだかー?」
「あと少しだ。」
「だといいんだけどよ。」
「……あの、新堂さん。どこかで騒動が起こって言うような人の声が……」
「何!? すぐに行くぞ!」
「あ、はい。こっちです!」
俺達は走った。
「まだゾンビがいたのか、この際ここ一帯も制圧しちまおうぜ!」
「できればそうしたいところだな!」
「ひぇぇ、またゾンビですかぁ!?」
「大丈夫大丈夫、俺と新堂がついてるからさ!」
藤島の自信もそろそろ良い感じになってきたな。実力も多分相当伸びていると思うぞ。
「アッハッハ、ゾンビ共を潰すぜぇぇ!」
「おい、藤島……テンションがおかしいぞ!?」
「アハハ、なんのことやら! 今なら新堂と互角にいけそうな気がする!」
……俺、このチームを組んでて初めてイラッときたぞ。
「ほう、地区最強の俺を越えるとまで言うか。凄い自信だな。」
「ウゲゲ! そうだった! 最強だったってことすっかり忘れてたぜ!」
「ゾンビ相手では今でも多少遅れを取るが、同じ人間ではどうだろうなぁ?」
「そ、そんなに恐ろしい口調で言うなって! 俺が悪かった!」
「調子に乗ると大物が来た時に困るんだ。少しは抑えてくれよ。」
「大物?」
「巨体のゾンビ相手に特攻するのは危険なんだよ。それ以外にも知能がある相手には図られるかも。」
「うわわっ、いやなこと思いださせんなよ……俺だって普通のやつじゃないとここまでにならねぇって!」
「普通でも極力抑えるようにできないか!?」
「頑張ってみるよ。」
「さらりと言うな。絶対に頑張れよ?」
「チームのためなら命だって張るさ!」
そろそろ見えてきた。結構な数だ! 2,30体ぐらいか?
どこかの門の前に集まってて……ってあれ、祖父の道場じゃないか!!
「うおおおおおお!! 人様の門の前で何やってんだァァァ!」
渾身の力でゾンビの脳天を突いた。
「うらぁ!」
藤島の木刀も脳天への一撃。
悲劇の夜からはまだそこまで日は立ってないけど普通のゾンビ相手だともう、
そこまで緊張することもなくなった。
おかげで門の前のゾンビの殲滅はあっけなく終わった。
「ハハ、容赦ないな、藤島。」
「お前こそ!」
「さて、この門だけど……」
「開ける方法があるのか?」
「ないよ。この門を突破するには、塀を登るしかないんだ。」
「この塀をか!?」
「大丈夫、こっち側に確か……あ、あったあった。ここ、ほら。くぼみがあって登れるんだよ。」
「意外な抜け道だな……。」
「盲点みたいだが、これつけてて大丈夫なのか?」
「休日とか祝日ぐらいしか門を随時閉めてる日はないし、大丈夫。
祖父はなんだかんだで毎日ここに来てたからね。」
「そ、そうか。」
「もちろん香憐が最後に上るんだぞ。俺達は越えたら門の前に行くんだ。速やかにな。」
「速やかにする必要なんてあるのか?」
「まぁ、その、香憐が越える時にだな……。」
「なるほどなるほど。」
「とにかく登ろうか……。」
無事、全員が内側に入れた。出るときは、内側からもくぼみがる場所があるので、そこを使うんだ。
「この道場を開けるぞ。」
「頼む、頼むぞ……!」
「ゴクリ……」
「なんだ不吉な予感がします……。」
扉を開けた。中に入る。道場の格技場に当たる部屋はここだ。この扉を開ければ、
全てがわかる……。祖父の安否も、弟子の安否も……。
混濁した疑惑の思念が渦巻く中、俺は目の前の扉を力強く開いた!