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よい子のための指導案

掲載日:2026/04/05

春の風が、まだ少し肌寒い四月の朝。私は、新しく赴任した中学校の校門をくぐった。名前は南雲遥。二十七歳。教職五年目。前任校での“ある事件”を機に、ここへ転任となった。この学校は少し特殊だった。

 ——生徒数わずか56人。統廃合寸前の小さな町の中学校。新任の私は2年B組の担任と国語教師として配属された。教頭は笑顔で言った。


「この学校では“人の目”を大事にしています。生徒をよく観察し、よく記録し、よく導いてください」


その“記録”という言葉に、私は少しだけ胸がざわついた。私のクラスには23人の生徒がいた。全体的に静かで、素直な子が多い。——だが、その“静かさ”がどこか不自然だった。笑い声が少ない。反抗も少ない。授業中に私が一度「静かに」と言うだけで、全員がピタッと黙る。その整然とした雰囲気に、私は違和感を覚えた。同僚にそれを話すと、彼はこう言った。


「この学校では、悪い子はいなくなるんですよ」


冗談だと思った。最初は。

毎週月曜日、担任は“指導記録”を職員室のロッカーに提出することになっている。

所定のノートに、**「問題行動」「言動」「表情の変化」**を細かく記録する決まりだった。正直、やりすぎだと思った。だが、それがこの学校の“伝統”らしい。「記録がなければ、指導にならない。指導にならなければ、教育ではない」そう言って、教頭は指導案を提出しない先生には圧力をかける。まるで“教師のための監視社会”だった。ある日、一人の生徒が学校に来なくなった。名前は安田叶多やすだ かなた。おとなしく、特に目立つことのない男子生徒だった。

だが、私は知っていた。彼は私の授業中、いつもノートに“何か”を描いていた。漢字の練習でも、俳句でもない。人の顔。何十枚も、何百枚も。しかも全部、同じ顔だった。


大きな目。真一文字の口。

 よく見ると、それは私の顔だった。


叶多がいなくなって一週間後、私は偶然、旧校舎の鍵を手に入れた。資料室の片隅にひっそりと置かれた、小さな木箱。その中にあった。夜、こっそり旧校舎に入ると、カビの匂いが鼻を刺す。廊下の突き当たり。鉄製のドア。そのプレートには、かすれてこう書かれていた。


「指導準備室」


私は息を呑んで、鍵を差し込んだ。中には机が三つと、ロッカーが一列。奥の棚にはびっしりと並ぶノート。その背表紙には生徒の名前と、学年、年度が書かれていた。そして、赤く塗りつぶされた“印”。叶多のノートを見つけ、開いた。最後のページに、こうあった。


「記録完了。指導不能。再配置」


再配置——どこへ?

 私は、背筋が冷えるのを感じた。


その日から私は、夢を見るようになった。

真っ暗な教室。誰もいないはずなのに、机に座る生徒たち。全員が、私をじっと見つめている。夢の中で私は言う。


「立ちなさい。あなたは、わるい子ですね?」


生徒は首をかしげる。その顔が、笑っているのに、泣いている。そして私は、手にしたチョークで、生徒の額に“バツ印”を描く。

 何度も、何度も。


目覚めると、手にチョークの粉がついている。

私は気づいていた。最近、クラスの生徒の顔をよく覚えていない。まるで、毎日少しずつ、違う顔になっていく。口数の少ない子。まばたきが少ない子。以前はいなかった“無表情の子”が、徐々に増えている気がする。

ある日、クラスの出席簿を見た。


“23人”と記載があるのに、教室にはどう数えても21人しかいなかった。


なのに誰も気にしない。出席も、通知表も、成績表も——“その2人”の存在を当たり前のように扱っている。

その年の三月。卒業式の前日。校長から呼び出された。


「先生、立派な一年でしたね。あなたの“指導力”は群を抜いている」


意味が分からなかった。


「…私は、生徒を何人か“失った”はずです」


校長は微笑んだ。


「“失った”とは思わない方がいい。“変わった”のです。あなたの言葉で、あなたの目で、あなたの記録で」


私は背筋が凍った。


——“記録する”とは、“変える”こと。

“変える”とは、“消す”こと。


つまり私は、“自分が正しいと思う生徒像”に合わない子を、記録によって塗り替えていた。

私は教頭に詰め寄った。


「私がやってきたことは——教育ではない。洗脳だ」


彼は言った。


「じゃあ訊きます。南雲先生。あなたにとって、“よい子”とは?」


言葉が出なかった。

私は記録を続けていた。ただ、理想的な教室を目指して。口答えしない。目を合わせる。反抗しない。整理整頓ができる。それが“よい子”だと、信じていた。その結果、何人の子どもが、“本当の顔”を失ったのか。


春、私は教職を離れた。だが、家にいても、ずっと誰かの視線を感じる。ノートを開くと、そこに文字がある。


「南雲遥:問題教師。表情の変化あり。道徳的観点の崩壊。記録継続中」


私は叫んだ。


「これは誰が書いた!?」


答えはすでに分かっていた。机の引き出しにあった、赤いインクのペン。夢の中で生徒の額に×を描いていたのは、——私だった。


私は“生徒を記録していた”のではなく、“記録の中の自分に塗り替えられていた”


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