運命じゃないの?
「リート。そんなところにいては風邪を引くぞ。中に入りなさい。」
「シュタルク、」
シュタルクの理知的なグレーの瞳と目が合った瞬間、私の瞳から涙がこぼれ落ちた。ぼたぼたと流れる涙がほおを濡らす。
どうしよう。シュタルク、。私の愛するシュタルク。誰よりも何よりも愛してる。なのに、、
「私とあなたは運命じゃないの?」
シュタルクの瞳が大きく見開かれ、長い足で急いで私の元までやってくる。彼の長くごつごつとした指が優しくほおをぬぐった。たくましい体で、動きは誰よりも繊細で優しい。言葉よりも明らかに感じられるシュタルクの優しい心が好き。差し出されたその手をとって頭をすりとこすりつけると、幾分か心が落ち着いた。
そんな私を見てシュタルクがゆっくりと口を開く。
「どうしてそのように思ったか聞いてもいいか?私は貴方を不安にさせているか?なら言わせてくれ。愛している、誰よりも何よりも。私の唯一。」
バスのような低音が耳に響く。まるで猫のゴロゴロ音のようだと笑うと、「では猫のように主人に甘えなければ。」などと言って抱きしめてしばらく離してくれなかったこともあった。そんなことを思い出しながら、愛を囁くその声でさらに涙があふれてくる。
それはあまりにも突然だった。シュタルクが訪れるまで少し風にあたろうと庭に出たのだ。ぼんやりと空を見ていた。
シュタルクはまだかしら。早く会いたい。そういえば、今度夜会があるのだ。パートナーをつとめてくれないかとお願いしなければ。評判の悪い私でいいのかと渋られるかもしれないが、大丈夫。あの人はなんだかんだで私に甘いのだ。
くすりと笑った時強い春の日差しが私の目に飛び込んできた。くらりとして、そうして思い出したのだ。前世の記憶、なんてものを。
それは前世というにはあまりにも希薄な記憶。どんな人生を歩んだのか、どうして死んでしまったのかも思い出せないが、唯一覚えているのが前世で遊んだ「君と恋の讃美歌を歌おう」と言う乙女ゲーム。主人公リートが攻略対象者達と恋に落ち、協力して悪役であるシュタルクに立ち向かう王道ラブストーリーだ。
「シュタルクってかわいそー!優しすぎて悪役になるしかなかっただけなのにこんなに嫌われちゃって!イケメンなんだしいっそ主人公と結ばれちゃう!?」
「うそ!ほんとにいけた!これ隠しルートなんだ!あーあ、でもみんな死んじゃった。まあでも、しょうがないよね。」
「運命じゃないんだから!」
「あのね、シュタルク。私のこと信じてる?」
「信じてる。何があっても。」
条件反射のように紡がれた返事にほおが緩む。嬉しい。私は、シュタルクを信じてる。この人は悪役なんかじゃないし、私も主人公なんかじゃない。そう心が決まると、涙もおさまった。この世界がどうであろうと私たちが積み重ねてきた年月は、思いは決して揺らがないから。
あのね、、、。
私はシュタルクに全てを話した。攻略対象者のことも、全部。
今はゲームの時間軸でいうといつぐらいだろう?
「四月。」
ゲームが始まるのは三月だ。暦はこちらも前世も変わらないはずだから。
ゲームは始まっているのだ。否、始まっていたのだ。「リート。大丈夫。ここは現実だ。ゲームなんかじゃない。大丈夫、私が貴方を守る。」
そんな言葉にようやっと笑みが溢れた、二人ならきっと大丈夫。前世の記憶なんかたいしたことじゃないのだ。
しかしそんな簡単なことではなかったのだと、思い出すのがあまりにも遅すぎたのだと、私が知ることになるのは、これからずっと後のことになる。




