筋肉は正義
翌朝。
(……筋肉痛、ないのに体が重い)
ベッドから起き上がりながら、レオニスは小さく息を吐いた。
体は動く。
でも“自分の体”って感じが、まだしない。
(操作感バグってるゲームキャラみたいな感覚)
朝食後、執事が静かに告げる。
「本日は軽い鍛錬を予定しております。
殿下の体調確認も兼ねて」
鍛錬。
その言葉に、一瞬だけ不安がよぎる。
(体は覚えてるはずだけど……扱えるかは別問題なんだよな)
鍛錬場
すでにノアがいた。
鍛錬着、汗、真面目な表情。
(……いや普通に顔強すぎだろ公爵)
「殿下」
ノアが一礼する。
「無理はなさらず」
「問題ない」
言葉とは裏腹に、内心ちょっと緊張。
剣を持つ。
構えた瞬間――
(……あ、知ってる)
フォームは合ってる。
姿勢も、重心も、剣筋も。
体が勝手に“正解”を取ってくる。
でも――
(反応が、ワンテンポ遅い)
振れる。
動ける。
けど、完全に“自分の操作”じゃない。
ノアはそれを見て、少し目を細めた。
「……動きは問題ない。
ですが――」
近づいてきて、肩に手
腰に軽く触れる。
「体重移動を、こう」
「力の流れが、少し不自然です」
距離、近い。
「ここ。力が抜けきっていません」
そう言って、腕の角度を直される。
(近……近……距離……)
「……殿下、集中してください」
低い声で言われて、我に返る。
「……すまない」
休憩中。
二人並んで腰を下ろす。
「体は覚えている。
だが、扱いきれていない……そんな感じですね」
ノアの観察、正確すぎる。
「……さすがだな」
「長年見ていますから」
一瞬の沈黙。
ノアがぽつりと言う。
「殿下は……変わりました」
「そうか?」
「前より、話しやすい」
レオニスは少しだけ目を見開く。
「前の殿下は、“皇太子”でした」
「今の殿下は――」
一瞬、言葉を選ぶ間があって、
「……“人”に見えます」
その言葉が、妙に胸に残る。
(それ、たぶん中身変わってるからなんだけど)
でも言えない。
「……それは、悪い意味か?」
「いい意味です」
即答だった。
俺は、公爵家の人間として殿下に従います。
でも今は……個人としても、信頼できます」
信頼、って言葉が胸に落ちる。
(原作のノアはこんなこと言わないのに)
ノアが立ち上がる。
「今日はここまでにしましょう」
「無理をさせるつもりはありません」
(優男公爵すぎるだろ)
ふと視線がいく。
腕。
肩。
首元の汗。
(……顔良。筋肉良。声良。性格良)
(推し属性、詰め合わせセットか?)
無意識にガン見。
「……殿下?」
ノアが不思議そうに見る。
「いや」
一瞬で視線を逸らす。
「なんでもない」
(危ない危ない危ない)
去り際に、ふと振り返る。
「……殿下」
「?」
「今の殿下のほうが、俺は好きです」
言い切って去っていく。
(は????)
固まるレオニス。
(いや待って、
それ友情?信頼?好意?どれ!?)
内心パニック。
(てか普通にノア、顔良・声良・筋肉良・性格良……
推しじゃないのに)
表情に出てたらしく、
ノアが怪訝そうに振り返る。
「……殿下?」
「いや、なんでもない」
即答。
(この世界、距離感バグりすぎだろ)
そう思いながら、
レオニスは確信していた。
――これはもう、
“原作”の流れじゃない。




