8 『現代用語の基礎知識』と『日本に現れたオーロラの謎』
「何かを調べる時には、いろんな言葉の可能性を考えなきゃいけないのは理解できましたけど、どうやってそういう言葉を知るんですか? 国語辞典とか?」
「そういう時のための道具がいろいろあるんだ。ちょっと待ってて」
彩子さんが再び隣の部屋に行き、今度は厚めの本をいくつも抱えて戻ってきた。
「『類語辞典』? えっ、これって意味が同じような言葉を集めた辞典なんですか? こんなの初めて見た!」
「中学校ぐらいではまだ必要ないかもね」
テーブルの上に置かれた他の本の背表紙を見る。
『ビーカーくんのなるほど理科室用語辞典』、『用字用語新表記辞典』、『図書館情報学用語辞典』、『時代小説用語辞典』、『「情報」用語活用辞典』、『幻想用語辞典』…!
「彩子さん! この『幻想用語辞典』が見たいです! 貸して下さい」
「ふふふ、やっぱりそれに反応したか。良いよ」
「ありがとうございます。でも、言葉を調べる本ってたくさんあるんですね」
「私が持っているのなんてごく一部。専門分野ごとに事典辞書があると思って。それに、ちょっと変わった使い方もできるんだよ。たとえば、これとか」
「『現代用語の基礎知識』? え! 1948年版!」
「私が持っているこれは復刻版だけど、『現代用語の基礎知識』は1948年版から毎年発行されていたと思う。国語辞典に載っている言葉以外に、1948年当時、今これは知っておいた方が良いという単語が掲載されていて、年毎に増えたり削られたり表現が変わったりしてる。1948年版は進駐軍関連の略語が掲載されているね。当時の新聞を読む時は、この本がそばにあった方が良いかもしれないね。昔のことを調べる時は、その当時に発行された辞典や雑誌を読むことで、探索のヒントを得ることができる。『現代用語の基礎知識』は用語の事典ではあるんだけど、今となっては、その当時の世相を垣間見える資料としても利用できる。そういうふうに最初の刊行目的とは違う見方ができる本があるって研究者の方々に教えてもらったんだ。面白かったなぁ」
「たとえば?」
「いや、ちょっとなぁ。かなり専門的な話になるよ」
「難しすぎたらストップお願いしますから」
「う〜ん。ちゃんとストップかけてね」
「はい!」
「え〜と、歴史の話は好き?」
「『学習漫画日本の歴史』は全巻読破してます」
「あっ、大河ドラマも見てたものね。話の中で、ロシアが出て来たよね。江戸の湾に入港させろって」
「ああ、はい」
「当時の日本とロシアは国交がない。どうやって意思疎通をしていたか?」
「…中に入ってくれる人…通訳をしてくれる人が必要?」
「そうだね。江戸時代、日本の船が難破してロシアの支配地域に漂着しちゃうと、皇帝のいる都まで送られてしまうことがあってね。有名なのは大黒屋光太夫という人。今年の大河ドラマには直接出て来てないけど、あの時のロシア船には乗っていたはず。で、それよりも昔、薩摩地方…今の鹿児島地域の若い船頭さんも漂流して皇帝のいるところまで送られて日本語の先生になった。ただ、武士じゃなくて漁師だったから、書き言葉じゃなくて話し言葉で、辞書というか単語集が作られたんだって。ただ、その人たちの話す日本語は薩摩地方…今の九州の言葉だったから江戸時代の方言がわかる資料になるんだって。書き言葉じゃなくて、話し言葉が残ることは珍しいからって」
「へえええ」
「最初はそんなつもりじゃなかったのに、後になって別な活躍の場がある資料は、いろいろあるみたい。資料の使い方で、新たな研究が生まれることもあるって」
「彩子さん、他にも知ってるの?」
「う〜ん、ニュースになった、あれもそうだろうなぁ」
彩子さんがパソコンを操作する。画面に出てきたのは『日本に現れたオーロラの謎 』という書名。
「平安から鎌倉時代にかけての歌人で、藤原定家という人がいてね」
「あっ、なんか聞いたことある。えっと、『新古今和歌集』?」
「そうそう。で、その人はとても詳しい日記を遺して。そこに、書かれている内容から、日本でも当時、オーロラが見えたことがあるらしいことがわかったんだって」
「日記で!?」
「うん。他の史料…『宋史』だったかな? 複数の資料を付け合わせたりして、オーロラ出現の年数を特定する研究があったそうだよ」
「別の使い方をするなんて、そういうの考えたこともなかった」
「私も昔はそうだった。でも、目的の資料がその場に無くても、別の資料でも代用できたことはいろいろあってね。ネットが一般的じゃなかった頃に専門図書館で働きだしてね。レファレンサーといって、利用者の資料探しをお手伝いをする担当なのに、最初の頃は、そういう質問してくれる人がほぼいなくて、毎日、書架整理ばかりしていたの。で、ある時、職員さんが〝Japan almanacはありますか?〟と訪ねてらして。所蔵はなかったけど、その本はデータ集だと思ったので何を調べるか聞いたら時差だったのね。それならと書架整理でチェックを入れていた『理科年表』を出したの。時差が掲載されていることに驚かれて、そしてとても喜んでくれて、以来、図書館をよく使ってくれるようになったし、他の人さんにも〝図書館の人が相談に乗ってくれる〟と宣伝してくれた。留学生が〝日本の石灯籠についてレポートを書きたい〟と言ってきた時は、そのものズバリの本は無かったんだけど、石灯籠はどこにあるかと考えて、そういえば日本庭園にはありがちと思って、日本庭園関連本はたくさんあったから、試しに開いてみたら、石灯籠の歴史や種類が詳しく書いてあったの。留学生は、これでレポート書けますって言ってくれてね。そんなふうに、所蔵している資料を細かく確認していたら、いろんな活用法があることがわかって本を紹介し続けていたら、閑古鳥だった図書館が活気づいて嬉しかった。マリちゃんたちは、調べ学習で図書館を使うことを学ぶと思うけど、当時はそういうのはなかったし」
「…でも。彩子さんにはショックかもしれないけど、図書館で本を探すよりスマホで調べれば良いっていう同級生は、わりといるんです…」
「うん、知ってる。大学図書館で、私が働いていた専門図書館を紹介されて来館された学生さんたちの相談を受けて説明しているうちに、卒論のためにはスマホだけじゃ難しいと考える学生さんも多かったよ。図書館の蔵書検索ならスマホでも大丈夫だけど、論文収集となると画面の大きさ問題とかも出てきちゃうみたい。それから統計情報はデータが膨大でねえ。将来的には小さな端末で全部できるようになるかもしれないけど。それに、マリちゃんは私を訪ねてきてくれたじゃない。スマホ以外の、もっと違う方法があるんじゃないかって思ったんじゃないの?」
「はい!」
関連図書
・『現代用語の基礎知識』時局月報社
・ゴンザ原編 村山七郎編『新スラヴ・日本語辞典』ナウカ 1985.5 日本版
・片岡龍峰著『日本に現れたオーロラの謎 (DOJIN選書87)』化学同人 2020.10
関連サイト
・『明月記』と『宋史』の記述から、平安・鎌倉時代における連発巨大磁気嵐の発生パターンを解明
https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20170321.html
(アクセス日:2026/1/13)
初版 2026年1月13日




