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7 『日本人の読み書き能力』

「仕事で一から学ばなきゃいけない社会人さんに、調べ学書用の本と大学生向け本を一緒に紹介したことがあったの。最初はけげんそうな顔をされていたんだけど、せっかくだからと借りていかれた」

「大人に貸したの?」

「うん。で、返却時にお礼を言われたの。〝調べ学習用の本を先に読んで、次に大学生向けを読んだら、するする頭に入ってとても良かった〟って」

「へええ」

「調べ学習用の本って監修が大学教授とか専門家のことが多い。出版社も、小中学生向けの本を作り慣れてるところが多いし。回り道に思えるかもしれないけど、まずは、基本的な単語、基礎的な知識を得てから詳しい情報を頭に入れた方が、結局は効率的なことがある。大人になってから何か新しい分野を知りたくなったら、まずは公立図書館の調べ学習本を探すことを薦めてる。ただ、調べ学習本は、あまり書店には置いてなくてね」

「どうしてかな?」

「個人が購入するには高く感じる値段設定なんだ。調べ学習本は、学校図書館で繰り返し子どもたちが使うことを考えて〝図書館用堅牢本〟という丈夫な製本になってるし」

「あっ、小学校の図書館の本って、がっちりしてた!」

「それそれ。あとね、調べ学習用の本は、作るのに手間がかかるらしいんだ」

「手間?」

「中に写真や図版を入れることが多く、その掲載許可をひとつひとつとってるみたい。奥付あたりに、協力者・協力機関ってあると思うから、今度機会があったら見てみると良いと思う。さて、言葉の落とし穴の話の続きだけど」

「そうだった!」

「どの言葉を選択するかは、どの言語でも問題になると思う。でも、日本語の場合、プラスの問題があるらしい」

「プラス?」

「マリちゃん、英語と日本語を比べて、大きな違いはなんだと思う?」

「文法が違うけど…やっぱり漢字?」

「そう、漢字があるのは大きい。だけど、漢字を使う中国や台湾の人も日本語は難しいという人がいる。正確には、日本、中国、台湾で使われている漢字は少し違うし。でも留学生の話では、漢字以外にひらがなカタカナ、そしてアルファベットが混在しているのが面倒くさいらしい」

「あっ!」

「本の書名で検索する時、この言葉は漢字だろうと思っていたら、ひらがなにされていて。それだと、漢字で検索してもヒットしないことがある」

「…日本語って、めんどくさい言葉だったんですね」

「まあ、面倒くさい言葉だったおかげで、長いこと海外からの詐欺メールを見分けられたんだけどね。日本語っぽくない文章ばかりだったから。でも、AIの普及でかなり標準的な日本語になってきたから気をつけないと」

「AIは味方なの? 敵なの?」

「AIは道具だからねえ。使う人によって正義にも悪にもなると思うよ。ところでマリちゃん、古い日本語には興味ある?。古いといっても100年ぐらいだけど」

「さっきの難しい漢字とかですか? 興味あります」

「嬉しいなぁ。じゃあ、GHQって知ってる?」

「日本語では連合軍最高司令官総司令部。最高司令官はダグラス・マッカーサー。太平洋戦争終結時に日本に乗り込んできて、日本が二度と戦争しないように、いろいろ口出してきた人たち」

 彩子さんがテーブルに突っ伏した。肩が震えている。どうやら笑っているようだ。

「え? 違いました?」

「…いや、まあ、良いと思う。けど、レポートとかでは違う…もっと真面目な表現にするんでしょ?」

「あっ、はい」

「良かった。それでね。そのいろいろの中に日本語もあったの」

「ホントですか!」

「うん。ローマ字で文章を書くようにしろとか。せめて漢字は廃止しろとか。漢字は〝悪魔の文字〟という人もいたみたい」

「悪魔の文字…」

「〝漢字は難しい。こんな難しいものを庶民が理解できるわけがない。民主化が遅れているのは日本語が難しいせいだ!〟という意見もあったらしくてね。どのくらいの日本人が当時使われている日本語を理解できているかテストまでしたんだって。でも、庶民でもけっこう読み書きができるという結果が出てしまった。今は、もう少し識字率は低かったんじゃないかという説もあるんだけど。エリート以外も新聞を読んでいたのは本当の話だしね。それでローマ字で文章を書くという案は消え、日本語の存続も決まったらしいんだけど。〝一般的に使う漢字の数は減らせ〟〝漢字をもっと簡単にしろ〟っていうことにはなった。現在、新しい漢字で検索しても、古い漢字で書かれたデータはヒットするようにはなっているけど、やっぱり落とし穴はある」

「また、落とし穴ですかぁ?」

「うん、落とし穴。マリちゃんよりもずっと歳上の人でも戦前に使われていた漢字を知らない人が増えてしまってね。古い本に書かれている漢字を見てデータ入力する時に、きちんと漢和辞典で確認すれば良かったんだけど、テキトーに〝たぶん、これでしょ〟って作業してしまった人がいる。そうすると、正しい漢字で書名検索しても、間違って作られたデータはヒットしないんだ」

「…ひどい」

「国立国会図書館サーチやCiNii Booksの場合、ミスは発見しだい修正されているから、たぶん大丈夫だと思う。それ以外のところは古い本の書名検索は注意が必要。著者名と出版者名という組み合わせでも再度検索をした方が良いという話。あと、すっごく似ている漢字を間違って選択してデータ化されている事例を私は見たことがあります。人間の目には同じように見えるけど、コンピュータは別の文字と認識するから、これもヒットしません。たとえば…」

 彩子さんはGoogleの検索窓に〝こけら〟と入れた。出てきた漢字は〝柿〟。

「えっ、柿じゃん!」

「良い反応をありがとう。でもね、コードが違うんだよ。新しくできた劇場で行われる初めての舞台のことを、柿落としというんだけど。その柿の漢字と果物の柿の漢字はすっごく似ているんだけど、違う漢字」

 彩子さんは、二つの漢字を比較できるように、画面上で拡大してくれた。

「ほんとだ、微妙に違う」

「あとね、昔は伝染病のコレラを〝虎列剌〟というふうに漢字化することもあったんだけど、この〝剌〟の漢字が〝刺〟にされていたりとか」

「ほんとだ、ちょっと違う。コケラとカキよりはマシだけど。でも、これは見間違えると思う」

「対策としては、公的な図書館検索機能は、たいていヨミの情報が入っているはずだから、カタカナ読みでの検索も試してみると良いと思う」

「わかりました。ところで、この変な漢字の組み合わせって、もしかして、北海道の地名みたいに、もともとの発音に漢字をあてたみたいなことですか?」

「その通り。中国大陸で漢字化されたものをそのまま使用したものもあれば、日本国内で漢字をあてた場合もありで…あっ、これも落とし穴かもしれない」

「またですか!?」

「ロシアは、〝魯西亜〝とか〝露西亜〟とか複数の漢字形が存在したらしい」

「その場合は、ヨミ検索で、ロシアにすれば良いんですよね?」

「う〜ん。ロシア以外に、ロシヤもあって。昔々はオロシャの可能性が考えられるかなぁ」

「…日本語が落とし穴の意味が、よ〜くわかりました」

「まあ、こういうのは大学生になってからの話だから。そういう漢字化についての参考本も出てるし…」

「あっ! だったらISBNは? 数字だけだから落とし穴に落ちずに本を特定しやすいでしょ?」

「マリちゃんが生まれて以降に発行された本にはだいたいISBNはあるけど、古い本にはISBNは付いてないんだ。残念ながら。それにISBNも100%じゃない。数字が間違っているケースもあるし、番号が使い回しされたりしている」

「使い回し!?」

「本当は禁止されているんだけどね。あの数字をとるにはお金がかかるし。〝改訂版だから、初版の時の数字のままで良いでしょ〟って勝手に判断してとか。私が一番ひどいと思ったのは、法律が変わったので本文中にある数値を全部変更したにもかかわらず、改訂版とも訂正版とも表記せず、ISBNも同じにした本かな? ページ数が違うから出版社に確認の電話をしたら〝数値を全部変更するのは苦労しました!〟ってやりきった感のある元気な声で説明されてね。ああ、図書館業界と出版業界では考え方が違うんだって思った。で、以前とは別のデータを作成して、ISBNは一緒だけど、中身は以前とは違うって説明文を追加しました」

 彩子さんは、CiNii Booksの検索窓に〝同一 ISBN〟と入れて検索ボタンを押した。結構な数がヒットして、そのうちのひとつの詳細画面へ。注記という場所に〝改訂版2024とISBNが同一〟と書いてある。

「これは私以外の人が作ったデータだけど。やはりデータを別にしなきゃと作成してるね。これは改訂版2025と改訂版2024のISBNが同じという意味。大学の講義で使用されるようなテキストは、こういうことがあるから。必ず、刊行年とページ数も確認してね。ISBNに問題がある資料は、レポートに使用する参考文献としては、できれば避けた方が良いかなって、個人的には思う」

「……わかりました」

関連図書

・『日本人の読み書き能力』東京大学出版部 1951.4

 

・『宛字外来語辞典』柏書房 1979.11


 

関連サイト

・ISBN(国際標準図書番号)および日本図書コード書籍JANコード利用の手引き 2025年版 [PDF:56ページ]

 https://isbn.jpo.or.jp/doc/ISBN_jp2025.pdf

  (アクセス日:2026/1/9)

 

・料金表 日本図書コード管理センター

 https://isbn.jpo.or.jp/index.php/fix__about_8/

  (アクセス日:2026/1/9)


初版 2026年1月9日

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