6 『公害白書』と『環境白書」とetc
「言葉が落とし穴ってどういうことですか?」
「さっきの〝ガリ版〟と〝謄写版〟みたいに、同じもののことを言っているのに単語が違うと、蔵書検索したりデータベース検索した時に、もう一方の単語で書かれたデータはヒットしないことが多い。Googleみたいに、〝もしかしたら、こういうことではありませんか?〟って親切にフォローしてくれることはとても少ない」
「え? じゃあ、AIとかで…」
「2025年現在、AIが平気で嘘の返答をしてくることが問題になっています」
「え? だって、これからはAIがフォローしてくれるってテレビでも言ってて」
「う〜ん。実際、学生さんが大学図書館のカウンターに来て、〝こういう参考文献を探してます〟というから調べたらなんかおかしいというので、学生さんに〝この参考文献の情報はどこから?〟と尋ねたら、〝AIが提示してきた〟という話がいくつも報告されている」
「…うううう」
「マリちゃんが大学生になる頃には改善されているかもしれないけど。でも、私が若い頃から〝これからはコンピュータが代わりに何でもやってくれる〟って言う人もいたの。確かに、いろいろ便利にはなってきてる。でも、落とし穴は相変わらずあるの。人間が積み上げてきた情報には間違い勘違い訂正エトセトラ、いろんな問題があるし。そもそもデータ化されていない情報もいろいろあるから」
「は〜。なかなか楽はさせてくれないんですね」
「そうねえ。じゃあ、言葉の落とし穴の説明にいって良い?」
「はい」
彩子さんは、〝白書 国会図書館〟の二つの単語をGoogleの検索欄に入れて検索ボタンをクリックした。
トップでヒットした〝日本-官庁の白書・年報〟をクリックする。
「白書は、学校の勉強でも出てきてない?」
「はい。調べ学習でも使いましたけど…けど…」
彩子さんが画面をスクロールしていく。
「こんなにあるんですか!?」
「そうだねえ、たくさんあるねえ。中学の勉強だと、ここまで詳しい話はしない?」
「…はい。学校図書館にあった『環境白書』とか『防災白書』とかは利用しましたけど」
「白書はこんなにあって重要な資料だけど。途中で書名が変わることがある。『環境白書』も『公害白書』っていう書名だった時期があるんだよ」
「え? 書名が途中で変わるんですか! 白書って、毎年発行される資料ですよね?」
「だから、落とし穴」
「あっ!」
「『環境白書』という書名だけで図書館で探すと『公害白書』を見落とすかも。それに発行する省庁名が変わることもある」
「あっ、さっきの話!」
「そう。しかも、内容的には同じなのに〝公文書版〟と〝市販版〟と二種類存在することもある」
「えええ、ややこしいです!」
「うん、とってもややこしい。さらに、この白書を紹介している国立国会図書館のページを見て。国立国会図書館では〝公文書版〟ではなく〝原局版〟としてるみたい」
「…ううう」
「言葉を知らないと探しているものにたどり着けないかもしれない。言葉の意味するモノについての知識がないと、ネット検索でヒットしたものが、参考文献にして良いものか判断できないかもしれない。マリちゃんの年齢なら、このあたりのことは必要ないけど、勉強し続けていれば、いつか必要になる日が来るかもね」
「…うう、がんばります」
「うん、頑張れ。さっきから話しているように全部を暗記する必要はないと思うんだ。言葉は変化するから、下調べをちゃんとしてから探索した方が良いという基本を覚えておけば。そういう助けになることを義務教育では学ぶんだということを大人になってから、しみじみと感じたの。私は子どもの頃は身体が弱くて、普通に働けるか不安で。勉強だけは頑張った。苦手な科目も平均点はとれるように。そうして大人になって図書館で働きだして、利用者の相談にのるようになって、学校の勉強がいろいろ役立つことがわかったんだ」
「へえ」
「利用者と会話していて、基礎的な単語を知っていることで話のやりとりがスムーズになる。質問してきた人の表情が変わるの。だから、教科書に載っている言葉の意味をざっくりとでも知っていることはとても重要だったんだと実感したの」
「…彩子さん、言葉の重要性はわかりましたが…」
「うん?」
「あの…。『環境白書』は『公害白書』以外の書名もあるんですか?」
私はパソコンの画面を指さした。
「『環境循環型社会白書』って? 総論? 各論?」
「あ〜、見つかっちゃったか」
「こんなに、コロコロ、白書の書名って変わるもんなんですか?」
「まあ、いろいろ大人の事情があるらしいねえ。う〜ん、ここまで詳しく話すつもりはなかったけど…」
彩子さんは、パソコンの画面をCiNii Booksに変えた。
「え〜と、〝公害白書〟と〝大蔵省〟で良いかなぁ。うん。これは、CiNii Booksで大蔵省で発行された『公害白書』のデータを探した結果です。昔は、省庁の資料は〝大蔵省〟〝大蔵省印刷局〟で発行されることが多かったのね。で、このデータ画面の右の方に、〝雑誌変遷マップID〟というのがあって、ここをクリックすると…」
「…樹形図? …じゃない。これは?」
「『公害白書』の変遷図」
「最初は『公害白書』で、『環境白書』にかわって、各論と総論に分裂して、でも、再度、『環境白書』に戻って。でも、同じ平成13年に『循環型社会白書』というのも出始めて、それが平成21年に合体して『環境白書:循環型社会白書/生物多樣性白書』になった、という図ですか?」
「素晴らしい!」
彩子さんが拍手してくれたけど、ちっとも嬉しくない。
「なんで、こんなめんどくさいことになってるんですか!?」
「その時々の状況で、〝公害〟という言葉はもう相応しくないとか。これからは〝循環型〟を目指すべきなんだとか。そういう話し合いの結果じゃないかしらねえ」
「でも、白書って、前後の事情と比較するのに良い資料だって、学校司書さんが言ってましたよ」
「そう。学校司書さんの言う通りだと思う。だから、資料名が変わっていくのを追っかけるのに、この〝雑誌変遷マップ〟が必要になったんだと思う。これは、CiNii Booksのデータを作成している全国の図書館関係者の努力の成果なんだ」
「もしかして、彩子さんも?」
「うん。このデータを管理しているところから〝そちらの図書館にある逐次刊行物の創刊号の情報を送って欲しい〟みたいに連絡がくるの」
「あの…逐次…刊行物って難しい言葉だけど雑誌じゃダメなの?」
「逐次に発行されるものだから。白書とかを含むと、やっぱり逐次刊行物と言った方が良いと思うよ」
「あぁ。白書や年鑑は、雑誌っぽくないですね」
「そうそう。あまり日常では聞かない言葉かもしれないけど、研究とか調べるとかなったら〝逐次刊行物〟は覚えておいた方が良い言葉だと思う」
「〝謄写版〟みたいに?」
「そうだね。今は必要ないけど、いつか必要になるかもしれない言葉はなんとなく覚えておいた方が得…というか、私自身が得したからね。職場で」
「…専門図書館で?」
「そう。専門用語を日常使いする人も、知識もないのに仕事で急に調べなきゃいけない人も来館される図書館で。みなさんの基礎知識のレベルが違うから、単語を言い換えてみたりする必要があったの。そういえば…」
関連サイト
・日本-官庁の白書・年報
https://ndlsearch.ndl.go.jp/rnavi/politics/JGOV_hakusyo
(アクセス日:2026/1/7)
・日本-官庁の白書の調べ方
https://ndlsearch.ndl.go.jp/rnavi/politics/post_205031
(アクセス日:2026/1/7)
・雑誌変遷マップ表示システム(多言語対応版)
https://mokuren.nii.ac.jp/map/utf-8.html
(アクセス日:2026/1/7)
初版 2026年1月7日




