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4 『疎開した四〇万冊の図書』

「え!! 本も疎開したんですか!?」

「そうなんだって。ただ、全部じゃない」

「…知らなかった」

「私も知らなかった。学校で習った覚えもないし。太平洋戦争時の空襲は都市部や工場や港が中心で、農村山村には被害が少なかったらしい。そういうところに、人間だけじゃなく本も疎開して守った。守った資料に統計資料があった可能性もあると思う。実は、私自身、そういう統計資料に触れたことがあるの」

「え? 彩子さんの働いていた専門図書館にあったんですか?」

「そう…。図書館の倉庫を整理していたら古い統計資料が出てきてね。中を確認したら手紙が挟まれていたの。〝重要な資料だと思い軽井沢に疎開させた。終戦を迎え、自分の手元にあるよりは専門の機関で活かしていただけたらと思う〟という感じの。ただ、資料を託されたものの、戦後はいろいろ大変だったみたい。寄贈された資料よりも新しく購入した資料が優先されたりするから。そんなこんなで倉庫に半世紀以上、眠ることになってしまった。その手紙を読んですぐに本のデータを作ってCiNii Booksで検索できるようにしたけど、国立国会図書館にもない統計だった。〝こういう情報が欲しい〟と思っても、それがこの世に存在しない可能性がある。もしかしたら存在しているかもしれないけど、どこかの倉庫に眠っている可能性もある。そういうお話」

「…そんなことがあるんだ」

「今のマリちゃんには必要ないかもしれないけど大学生になったら必要になるかもしれない。その時は大学の先生や図書館司書に相談してね」

「え? でも、データベースやネットに出てこない資料をどうやって探すんですか?」

「専門家や専門機関に相談するの」

「彩子さんが働いていた図書館みたいなところ?」

「はい、問い合わせありましたよ。研究者や学生から〝自分はこういう資料を探しています。お心当たりはありませんか〟って」

「それで探してあげるの!?」

「うん。本当はデータベースで検索できるようにしておくのが筋なのに、人手が足りなかったりして公開できていないこともまずい話でね。自分のところにない場合も、心当たりがあれば他の機関を紹介したりする。それで目当ての資料にたどり着けたというお礼のメールをいただいたこともあります」

 彩子さんが嬉しそうに笑う。そっか、手間がかかっても質問した人のためになるのが彩子さんにとっては重要なんだ。

「まだマリちゃんには早いと思うけど、どんな専門機関があるか調べる本もサイトもあるから、必要になったら言ってね」

「はい、わかりました」

「それで、図書館に所蔵されていなかった本が、ある日、ふっとネット上に現れる話の続きをしても良い?」

「…はい。なんだか幽霊みたい」

「あはは。ほら、さっき話した倉庫に眠っていた資料をデータ化したら、突然資料が半世紀ぶりに表に現れたみたいになるでしょ? 実際、私がさっき話した統計以外でもいくつも古い本をデータ化したのね。そうしたら、遠方の研究者から〝何年も探していて、定期的にCiNii Booksを検索してたんです。複写希望です〟って連絡がきたことがあったの。で、CiNii Booksとは別に〝日本の古本屋〟というサイトがあって…」

 彩子さんがパソコン画面を変える。

「日本全国の専門古書店の在庫を検索できるんだけど。ここに参加している古書店の中には、出張買取をしてくれるお店があるの。研究や趣味のために本を収集した人たちの中には、自分が死んだ時、蔵書をどうするかで悩む人が多い。捨てるんじゃなくて活かして欲しいと希望する人もいる。計画的に古書店に引き取ってもらう人もいれば、蔵書家だった親御さんが急に亡くなって、山のような本の処分に悩むご家族もいる。そういう本が専門古書店に引き取られて、ある時、突然、特定分野の資料がこのサイトでヒットするようになる」

「あの…フリマサイトでも本を売ってるの見ますけど、それとは違うんですか?」

「う〜ん、少し違うかなぁ。専門古書店の人は、研究者が必要だと思えるような資料に詳しかったりするのね。普通の人だとゴミに見えるものが〝資料〟になるものだと判断できる目を持っている。たとえば…」

 彩子さんは〝日本に古本屋〟の検索窓に〝謄写版〟と入れた。

「はい! 彩子さん!」

「え? なに?」

「謄写版がわかりません!」

「あっ、そうか! う〜ん、〝ガリ版〟は?」

「え? ガリ? お寿司に付いてくる?」

「あああ、いま、学校では見ないよねえ。藁半紙も?」

「ワラ? バンシ?」

「わかった。えっと、話長くなりそうだけど良い?」

「いいです。時間がある今みたいな時に聞いておきたいです」

「了解。じゃあ、かなり横道に逸れるけど。マリちゃんって今年の大河ドラマは観てる?」

「はい! 面白いです!」

「江戸時代の本づくりのお話も出てきてるよね?」

「あっ! 原稿書いて、板に写して、線以外の部分を彫って。その板に墨をつけて紙に写してました…」

「そう。大量に同じ本を作る一つの方法。それが時代とともに、いろいろ変化していくのね。印刷屋さんで機械で印刷して製本していく方法も出てきたんだけど、それなりにお金がかかる。で、特殊な紙に鉄筆で文字を書いて下原稿を作り、それにインクを付けて写していく製法が生まれたの。それが謄写版」

 彩子さんは〝謄写版 歴史〟でGoogle検索し、検索結果を画像だけにした。

「これが用具と原稿の作成方法。この原稿を元にして、主に藁半紙という値段の安い紙に印刷していく。書いた線が印刷される逆方式だけど、江戸時代の板木の代わりみたいでしょ?」

「ほんとだ! で、これを綴じていくんですね?」

「そう。糸綴じもあったけど、ホッチキスもそろそろ使われるようになっていると思う。安くて大量に作れるから学校やお役所や、いろんな場所で使われたけど、欠点があってね。劣化が早いの。元々、長く保存するものには使用しないという区別はしてたらしいけど。今となっては、その謄写版資料にも知りたい情報があったりして。でも、劣化しちゃってボロボロな紙束としてゴミ扱いされやすい。でも…」

 彩子さんは、日本の古本屋のサイトに戻り、〝謄写版〟で検索した。2000件以上のヒット。

「謄写版だけど、必要な人がいそうな資料として販売されている」

 彩子さんが画面をスクロールする。画像があるものは、ほぼ茶色い。

「変色してて、文字も手書き。紙が破けているものもあるわね。部屋を整理していて、こういう紙束が出てきたら燃えるゴミの日に出す人が多いと思う。でも、そう思わなかった人たちがいた。う〜んと、このあたりが良いかな?」

 彩子さんがクリックしたのは〝小作法草案 イタミ有 謄写版 ホッチキスとじ〟。

「昭和2年刊行? 古い! 値段が6000円!」

「しかも編者は農務局だ」

「農務局って?」

「そっか! そこも引っかかるか。じゃあ、他の事例に…」

「待って待って! 彩子さん、説明できるんでしょ? お願いします」

「私は嬉しいけど、良いのかなぁ」

「良いです」

「じゃあ」

 彩子さんは〝省庁 変遷〟でGoogle検索した。

関連図書

・金高謙二『疎開した四〇万冊の図書』 幻戯書房 2013.8

 

・専門図書館協議会私立図書館小委員会編

『課題解決のための専門図書館ガイドブック』読書工房 2020.8



関連サイト

・日本の古本屋

 https://www.kosho.or.jp

  (アクセス日:2026/1/4)



初版 2026年1月4日

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