2 『調査されるという迷惑』
戻ってきた彩子さんは、テーブルの上に薄い本を置いた。
表紙に絵とかはなくて、〝調査されるという迷惑〟というデザインされた大きな文字。これが書名だと思うけど、なんだか穏やかじゃない。
「この本の著者は宮本常一さんというんだけど」
(あれ、どこかで見たような気がする)
じっと、表紙の人名を見る。
「もしかして、マリちゃん、この人の本を読んだことがある?」
「…う〜ん、読んだ記憶はありません。でも、この人の名前をどこかで見たような…」
「たぶん、それ、図書館の棚かもしれない」
「え?」
「マリちゃん、伝説関係を読んでいるって言ってたよね?」
頷く。
「図書館では伝説や昔話は、388に分類されている事が多いと思う。で、この宮本さんは民俗学者でね。書いた本は389に分類される事が多いと思う。だから、本探しの時にでも近い棚をマリちゃん眺めていて記憶に残った可能性があると思うの。まあ、それは余談。分類の話に戻るけど、この『調査されるという迷惑』は、389にしている大学図書館がほとんどなんだけど。まれに361.9にしている大学図書館があるの」
彩子さんはCiNii Booksの画面で『調査されるという迷惑』を検索して所蔵館一覧を表示した。
彩子さんが言うとおり、ほとんどが389だけど、361.9がちらほらある。
「361.9は何の分類なんですか?」
「世論調査や社会調査」
「世論調査は聞いた事がありますけど、社会調査って?」
「フィールドワークという言葉は?」
「あっ、それなら聞いたことあります! 学者さんが特定の地域に行って、そこに住んでいる人たちから話を聞いたりすることですよね?」
「大正解! よく勉強してるね」
「えへへ」
「フィールドワークも社会調査の一種なんだって。で、この本の表紙に、ちょっと小さな文字で副書名があって」
「この縦に書いてある? えっと〝フィールドに出る前に読んでおく本〟」
「そう。フィールドワークするなら、この本を事前に読んで欲しいってことで書かれた本みたい。マリちゃんのお家で、ある日いきなり玄関チャイムが鳴って〝研究のために話を聞かせて〟っていう人が来たら?」
「…え? 嫌です。ドア開けません」
「そうね。私もそれで正解だと思う。でも、話を聞いて残しておかないと文化的記録が失われてしまうかもしれない事情もある。人に話を聞きに行くとはどういう事なのか、ちょっと考えてみて欲しいという事で、フィールドワークに出る学生さん向けの参考図書にされる事がけっこうある本。ただ、世の中には、文化人類学が科目にないけど社会調査の科目がある大学はあってね。その場合、大学図書館の389の棚にある本はとても少なくて、361.9の本は棚にけっこうあるという現象がおこる。この本がぽつんと389の棚にあっても、手に取られにくいけど、他の〝社会調査の基礎〟みたいな本の隣にこの本があれば、シャイで先生や図書館司書にアドバイスを聞きにいけない学生さんの目にとまるかもしれない。そういう事を願って、361.9にするケースもあるという話。その図書館を利用する人たちのことを考えて分類する事例」
「へええ」
「そう多くはない事例だと思うけどね。いろんな学部がある大学、特定の学部しかない大学。それぞれに本の所蔵事情は違うので。余談だけど、理系の単科大学の図書館には小説はあんまりないことが多いと思う」
「えええ、なんでですか?」
「文学部が無ければ、小説はほぼ必要無いから」
「あっ!」
「気になる大学があるなら、そこの図書館のサイトがネットで公開されていると思うから、新着案内を見てみて。どういう本を受け入れているか傾向がよくわかるから」
「はい!」
「それで、分類以外に、本の中身をおおよそ判断できる手がかりがあります。〝件名〟というんだけど、知ってるかな?」
「〝件名〟? 〝キーワード〟とは違うんですか?」
「厳密に言うと違うかな。〝件名〟は、似た意味の言葉は出来るだけこの言葉にしてねという決まりができていて、専門の本も出ています。ただ、今はネットで国会図書館の件名情報が公開されていて…」
彩子さんがパソコンを操作して、文字ばかりの画面を出す。「〝国立国会図書館典拠データ検索・提供サービス〟? 典拠って?」
「ええと、図書館で言う〝典拠〟は、似た意味や近い意味の言葉をまとめる感じかな? キーワード検索欄に〝哺乳類〟といれて検索すると…同義語欄にいろいろ言葉が入っているけど、〝件名〟として扱うのは〝哺乳類〟だけです。〝獣〟を〝件名〟にはしませんっていう感じ。で、画面の中に〝件名検索〟というボタンがあって、これをクリックすると…。国立国会図書館サーチに情報が入っている本の中から〝哺乳類〟という〝件名〟を持つものを絞り込めます。たとえ、書名の中に哺乳類という単語がなくても出ます。つまり、哺乳類について知りたい調べたい時に、参考になりそうな本のリストができます。これが良さそうだなという本をクリックすると、この本を持っている都道府県立図書館や政令指定都市の図書館の一覧が出て、地元の県立図書館の所蔵が確認できます」
「すごい! 市立図書館に無い本でも県立から取り寄せられるかまで、この手順でわかるんだ!」
「そうなんだよぉ、便利でしょ?」
「彩子さん!!」
「え? あ、はい、なに?」
「これは、マル秘テクニックじゃないんですか!?」
「えぇ…そんな…こと…ないと思うけどなぁ。う〜ん、マル秘テクニックっていうのは…」
彩子さんはGoogleの検索画面に、〝出生 推移 go.jp〟と三つの単語を入れて、検索ボタンを押した。
関連図書
・宮本常一, 安渓遊地著『調査されるという迷惑』 みずのわ出版 2008.4
関連サイト
・Web NDL Authorities 国立国会図書館 典拠データ検索・提供サービス
https://id.ndl.go.jp/auth/ndla/
(アクセス日:2026/1/2)
初版 2026年1月2日




