10 『怪異をつくる』
「マリちゃん、もう大丈夫。落ち着いたよ」
「わかった」
握っていたミヤコちゃんの手を離す。
「やっぱり初めての家は緊張しちゃう。待たせて、ごめん。マリちゃん」
「ぜんぜん。彩子さんは話しやすい大人だと思うよ。きっと味方になってくれると思う」
「うん、いろいろありがとう」
「じゃあ、インターホン押すよ」
「うん」
ここしばらく通ってきている団地の3階の部屋のインターホンのボタンを押す。
「はい」
スピーカーから明るい声が聞こえた。
「マリです、こんにちは」
「はい、今、開けます。…こんにちは、マリちゃん。と、お友達の…」
「キ、キ、鬼頭ミヤコです。このたびはお時間作っていただいて、ありがとう、ございます!」
「初めまして。副島彩子です。よろしく。さあ、二人とも入って」
「…あの、これ」
ミヤコちゃんが手にした紙袋を差し出す。
「お世話になりますので」
「気にしなくて良いのに…。あっ、もしかして、みんなで食べられるもの?」
「えっ? ええ。Régalの焼き菓子です」
「嬉しいなぁ。じゃあ、お茶をしてからお話を聞こうね」
「は…はい!」
地元で有名なケーキ店Régalの焼き菓子を食べおわり、お茶のおかわりを用意したところで、彩子さんが言った。
「さて、喉も温まってきたので本題ね。マリちゃんから聞いた話では、鬼頭さんの本探しの相談ということだったけど。学校司書さんではダメというか、極力、秘密にしたいという話。何か事情があるのね?」
「は、はい。うちの親…とても厳しいところがあって…。マンガ、アニメがいっさい禁止で」
「…え? いっさい禁止?」
「はい。今時珍しいですよね」
「ノベライズもダメ?」
「はい。勉強時間が削られるだけだって。今の学校の施設案内で図書館の棚にコミックスやノベライズがあるのを見つけて、司書さんに文句を言うぐらい嫌ってます」
「それは…。で、学校司書さんは?」
「きちんと内容を選んで入れていて勉強の妨げにはならない、むしろ手助けになるものばかりですと説明してくれたんですけど…。帰り道で絶対に借りるなと釘をさされました…」
「…それで学校図書館では無理なのか」
「…でも、マリちゃんと知り合って、マリちゃんの家でこっそり見せてもらえるようになって、すごく嬉しくて楽しくて。でも、親にはバレないようにしないとマリちゃんの家に行くのも禁止されるかも。もしかしたら友達もやめるように言われるかもしれなくて」
「それで、対策を考えようと?」
「…はい」
「彩子さん、私はミヤコちゃんの味方をしようと思ってます。でも、ガス抜きというか、ノベライズに替わるような、一般っぽく見えて楽しめる本があったら力を抜けるかなと思って。学校司書さんに相談しようとも思ったんですけど…」
「私の親が、選書に文句を言っていたことを司書さんが覚えていたら…」
「司書さんに守秘義務があるのは知っているけど、できるだけ秘密にしたくて。彩子さんなら、そういう秘密の相談にのってくれるんじゃないかと…。それに学校部外者だし…」
「すごい慎重になっているんだね。気持ちはわかる。私も親に秘密の読書があったから」
「彩子さんも?」
「うん。昔の日本では、〝マンガを読むとバカになる〟と言われていたの。私は子どもの頃からマンガが好きだったから勉強を頑張って、マンガを読んでいても成績には関係ないと大人たちに実績をみせるしかなかった。それで、無事、進学校に合格したら、マンガを読むなとはいわれなくなった。それで、初対面の鬼頭さんに、いきなりこんな事を聞くのは失礼だと思うんだけど…」
「かまいません!」
「それじゃあ、鬼頭さん、覚悟はある?」
「覚悟?」
「成績を落とさない覚悟。マンガやアニメを勉強の邪魔になると考える親は、子どもの成績が落ちたら、言った通りじゃないかと以前よりも強く圧をかけてくると思う。対策は成績を落とさないようにするしかない」
「頑張ります!」
「良い返事。それで、鬼頭さんの興味のある分野…あっ、そうだ。好きなマンガやアニメがあるんだよね?」
「あの…『鬼滅の刃』が…とても好きで…」
「あぁ、それで…」
彩子さんが私を見る。隠しても仕方ない。
「そうです。学校図書館の388の棚のところで出会って仲良くなりました。でも、学校図書館にある388辺りの本は、朝の読書用に借りて読んでほぼ制覇しちゃってて…」
「市立図書館で本を借りることも考えたんです。でも、家に持ち込んで見つかって、この本は勉強の邪魔とか親が言い出さないか不安で…。教科書に載っている本以外は借りにくくて…」
「うん? ちょっと待って。じゃあ、私がお勧め本を紹介しても市立図書館では借りられない?」
「それなんです。でも、彩子さんなら何か別な方法を知っているんじゃないかと…」
「…マリちゃん。私のことをなんだと思ってるの?」
「え? 本のことならなんでも相談OKな大人」
彩子さんはちょっと苦笑いし、しばらく考えこんでから口を開いた。
「鬼頭さんのお家は市内?」
「え? はい」
「2人とも市立図書館の貸出カードは持っている?」
「「はい!」」
「良い、ハモリ」
「それで、電子図書館は利用したことある?」
「…電子?」
「ネットじゃなく?」
彩子さんは、部屋の隅の机の上にあったノートパソコンをダイニングテーブルの上に置いた。
「市立図書館のホームページは見たことある?」
「…あまり」
「検索のところにブックマークしちゃって。そこから」
「もしかして、Googleみたいに、検索欄がひとつの画面?」
「それです」
彩子さんに手招きされて、私とミヤコちゃんは椅子を移動させた。彩子さんの右に私が座り、左はミヤコちゃん。
「トップページが画像ばっかりで重いサイトもあるからねえ。でも、たまには確認してね。こんなふうに、良いお知らせがでてることもあるから。はい、うちの市でも電子図書館が利用できるようになりました! タブレットやスマホで読書ができます。しかも詳細検索画面からも検索可能です! 小説以外の本もいろいろあります!」
彩子さんがパソコンを操作する。
「わっ、項目がいっぱい」
「このいっぱいの検索項目が、今回は強い味方になってくれると思う。まず分類のところに388を入れて。資料区分を電子図書に限定して検索。結果の表示順を出版年順の降順にしたら、より最近に出版されて、電子図書館で提供可能な伝説関連本のリストになります」
ミヤコちゃんと一緒にパソコン画面を覗き込む。伝説関連とわかる魅力的な本の表紙が並んでいた。
「すごいよ! マリちゃん!」
「そうだね! ミヤコちゃん!」
「貸出カードを作った時にインターネットの登録はした?」
「「はい!!」」
「またまた良いハモリだねえ。パスワード設定済みなら、そのパスワードと利用者IDで、これらの本がスマホやタブレットやパソコンから読める。自宅に物理的な本を持ち込まなくて本が読める。Wi-Fiが使える場所はある?」
「は、はい! あります!」
「じゃあ、ちょっと私のIDで試してみよう。二人とも、ちょっと目をつぶっていて、個人情報を入れるから」
「あ! はい」
目を閉じる。キーボードの音が少しして「もう良いよ」と、彩子さんの声がした。
パソコンの画面には、『怪異をつくる』という本の表紙が出ていた。
「これが、うちに市の電子図書館で、分類に388があるうちの一冊を借りてみた画面。もう、これだけで貸出返却が可能。期限がきたら自動的に返却されちゃうので延滞の心配はない。うちの市の電子図書館は、予約している人がいなければ一回だけ貸出を延長できるシステム。で、この内容紹介の部分を注目してみて。著者紹介に著作の略歴があるでしょ?」
「はい。え…退学?」
「ああ、これは悪いことして退学したんじゃないからね。このへんはいろいろ細かい話になるからちょっとカット。重要なのは、ここ」
「博士(歴史学)? 国際日本文化研究センタープロジェクト研究員?」
「歴史学で博士号をとっていて、この本を出版した時には、国際日本文化研究センターの研究員だったという意味なんだ」
「「国際日本文化研究センター?」」
「名前を聞いたことない?」
「「…はい」」
「たぶん、二人は、覚えていた方が良いと思う研究機関だよ」
彩子さんは、パソコンをGoogleの検索画面にして「国際日本文化研究センター」「データベース」の二つの言葉でAND検索した。
「国際日本文化研究センターの通称は〝日文研〟ね。日本文化の研究を支援し、研究もしているところ。で、その研究成果をこうやってデータベースという形でも一般公開してくれています」
画面はデータベースへ。そしてカテゴリ別へ。その中に…‼︎
「「怪異妖怪関係資料!!」
「ふふ、良い反応。怪異も妖怪も重要な日本文化なんだ。このデータベースはそういった情報を集め、検索できるようにしてくれている。画像データベースで、鬼の画像は……すごいね、1000件以上あるって。伝承は500件ぐらいかな。日本各地の伝承を採取して整理されているね」
「…す、すごいです。彩子さん!」
「うん、凄かったね。令和の日本では、いろんな学術系データベースが作成されていて、ネットで無料公開されているものも結構ある。今の鬼頭さんの状況なら、こうしたデータベースで情報を読むのも良いんじゃないかな? ただし、きちんと時間制限してね」
「あっ! はい! 気をつけます」
関連図書
・木場貴俊著『怪異をつくる : 日本近世怪異文化史』文学通信 2020.3
関連サイト
・国際日本文化研究センター
https://www.nichibun.ac.jp/ja/
( アクセス日:2026/3/7)
初版 2026年3月7日




