実は王女⁉︎
10歳の誕生日のケーキを食べ、
「もうお腹いっぱい!」と叫び、
その直後に「やっぱりもう一切れ!」と追加で食べ、
ようやく夕食が終わったあと。
食器を片づけていると、
パパが、やけに改まった声で言った。
「フィリア、少し話がある」
……やばい。
その声、
雷が落ちる前の空みたいに低い。
(なに!? なに!?
この前の算数テストで二十一点取ったのバレた!?
それともママの隠してたクッキー食べたの!?
あ、もしかして両方!?)
でも私は、十歳だ。
もう子どもじゃない。
だから顔には出さず、なるべく平静を装って言った。
「なに?」
「座りなさい」
ママまで真剣な顔だ。
……これは、絶対ただ事じゃない。
私は椅子に座り、二人の顔を交互に見た。
「怒られること、した? 私」
するとママが、すぐに首を振った。
「違うわ、フィリア」
(よかったぁ〜!!)
胸をなでおろした、その瞬間。
ママがパパの方を見て、
パパが一度だけ頷いた。
え、なにその合図。
パパは深く息を吸ってから、口を開いた。
「……フィリア」
「これから話すことはな、驚くかもしれない」
「うん」
正直、もう十分驚く準備はできてる。
「でも、怖がる必要はない」
「今までと、何も変わらない」
私は首をかしげた。
「変わらないなら、なんの話よ?」
「そう焦るな」
パパは苦笑してから、静かに続けた。
「お前は――」
「俺たちの、本当の娘じゃない」
……え?
頭の中で、何かが「ぽん」と音を立てて飛んだ。
「……え?」
ママがすぐに私の手を握る。
「誤解しないで」
「愛していない、なんて意味じゃないの」
「私たちは、あなたをとっても愛してるわ」
「……うん」
でも、混乱は止まらない。
「じゃあ……」
「わたし、誰の子?」
パパとママは目を合わせて、
ママがゆっくり言った。
「あなたは、この国の王様と王妃様の娘よ」
「…………」
沈黙。
「……おう、じょ?」
「ええ」
「……え?」
思考が完全に追いつかない。
「お城の?」
「ドレス着て、冠かぶってるやつ?」
パパが吹き出しそうになりながら言った。
「まあ……そうだな」
「……ほんとに?」
「本当だ」
私はしばらく床を見つめてから、ぽつりと聞いた。
「じゃあ……」
「わたし、ここにいちゃだめ?」
その瞬間。
「そんなこと、あるわけないでしょう!!」
ママが即答した。
パパも、間髪入れずに言う。
「ここはお前の家だ」
「それは、これからも変わらない」
ママはぎゅっと私を抱きしめる。
「あなたが誰の子でも」
「どんな身分でも」
「私たちの娘よ」
……うん。
正直、まだよく分からない。
だから私は、いちばん大事なことを聞くことにした。
「……ねえ」
「うん?」
「王女でも、明日井戸の水汲みする?」
パパは一瞬きょとんとしてから、真顔で言った。
「当然だ」
「働かざる者食うべからず、いつも言ってるだろ?」
「なーんだ!」
私はぱっと笑った。
「なら、いいや!」
王女とか、王様とか、よく分からないけど、
明日も水汲みするなら、今まで通りだ。
それが分かって、
私はようやく安心した。
◇◇◇
同じ頃。
王城の奥、夜でも灯りの消えない書斎に、
王太子レオンは呼ばれていた。
「父上?」
扉を閉めると、
部屋の空気がいつもと違うことに気づく。執務机には書類が積まれていない。
母上も、椅子には座っていなかった。
「座れ、レオン」
王の声は低く、
けれど厳しさよりも、どこか迷いを含んでいた。
「……はい」
レオンは背筋を伸ばして椅子に腰かける。
幼い頃から、
「王太子としてふさわしくあれ」と教えられてきた。
この場で呼ばれるときは、
たいてい叱責か、重要な決定事項だ。
王は、しばらく息を整えるように黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「レオン」
「今日、お前に話すのは――王としてではない」
その一言で、
レオンの胸がわずかにざわついた。
「父としての話だ」
王妃が一歩前に出る。
その表情は、いつもの柔らかな微笑みではなかった。
「あなたは、知るべき年齢になったの」
レオンは静かに頷く。
「……はい」
王は、まっすぐレオンを見た。
「お前には――妹がいる」
「……妹?」
言葉が、少し遅れて意味を持つ。
「双子の、妹だ」
胸の奥で、何かが強く脈打った。
「生まれた時から……ですか?」
「そうだ」
「では、なぜ今まで……」
問いかける声は、思ったより冷静だった。
それが逆に、自分でも不思議だった。
王妃が、そっと口を開く。
「守るためよ」
「危険だったのですか」
「ええ」
「……今も?」
王は首を振った。
「今は違う。だが、当時は――」
「お前も、妹も、どちらも守らねばならなかった」
レオンは視線を落とし、
机の木目を見つめた。
「……生きているのですね」
「生きている」
その答えに、
胸の奥にあった重たいものが、少しだけほどける。
「……会えるのですか」
王は、わずかに目を伏せた。
「今は、まだだ」
「ですが」
「約束しよう」
王は、はっきりと言った。
「必ず、会わせる」
「それができる日を、父として、王として、用意する」
レオンは、ゆっくりと息を吐いた。
「……妹は、どんな子ですか」
王妃が小さく微笑む。
「まだ、あなたは知らない方がいいわ」
「?」
「でもきっと――」
王妃は、少しだけ声を震わせて言った。
「あなたが誇りに思える子よ」
レオンは、静かに頷いた。
「……はい」
その夜、
レオンは自室に戻っても、すぐには眠れなかった。
「妹……」
顔も、声も、何も知らない。
それなのに、
胸のどこかが、確かに温かかった。
――守るべきものが、また一つ増えた。
そう思ったとき、
王太子としてではなく、
兄としての自分が、確かにそこにいた。
◇◇◇
同じ夜。
町外れの小さな家で、
井戸の水汲みを心配する少女が眠りにつこうとし、
王城の高い塔で、
妹の存在を胸に刻む少年が星を見ていた。
まだ、出会わない。
まだ、交わらない。
けれど――
確かに、同じ運命の中にいた




