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神の性格と目的を知る

 神の性格と目的を知るために、神話が有るのであれば、それを参考にして性格や目的を推測すればいい。既存の神で自分の願いを叶えてくれそうな神が居なければ自作しても良い。

 神でなくとも過去の偉人でも想像できる存在ならば何でもありだ。なぜなら、私たち人間が想像できることは創造神が既に創造しているからだ。それが、この世界の法則を乱すような存在であれば、この世界ではなく並行世界や天界や霊界といった別世界に存在していると考えればいい。

 また、過去の偉人たちはテレパシーが使えないのではと不安に思ったのなら、神や神使や天使を仲介にして対話すればいい。


 さて、神の性格と目的を知る方法は分かった。その上で私が対話をし奇跡を起こしてもらう神を選ばなければならない。その為に、明確にしなければならないのは、自分が何をしたいのかという事だ。


 何を叶えたいのか、分からなければ神を選ぶことは出来ない。


 だから、先に自分の人生の目的を明確にする必要がある。金持ちに成りたいのか、スポーツで偉大な選手に成りたいのか、後世に残る芸術作品を作りたいのか、長生きして幸福な人生を送りたいのか、結婚して幸せな家庭を築きたいのか、それらを決めて神を選ぶ必要がある。


 私の願いは、世界の全てを知る事だった。そして、小説を書いて金持ちに成り、仕事をせずに遊んで暮らしたいと思っていた。家族は要らない。独身貴族で何者にも縛られずに自由に生きる。これが私の願いだった。


 どうせなら日本で一番偉い神様と話をしてみたかった。聖書の唯一神YHVHは好きじゃなかった。自分を信じない者には容赦なく罰を下し、自分を信じて居る者にも猜疑心を向け試練を課して試すような神を偉大だとは思えなかった。心の狭いみみっちい奴、それが聖書を読んだ感想だ。

 その点で日本神話に出てくる『天照大御神』様は尊敬できた。スサノオが高天原に来た時、戦い前に対話をして受け入れ、乱暴狼藉を働いた際も死人が出るまで許し、死人が出た後も殺すのではなく引きこもる事で争いを回避し、神々を味方につけた後は、スサノオを殺すことなく追放し反省を促した。

 ここまで心が広く、慈愛に満ち、争いを好まず平和を愛する女神様こそ、この世界の支配者に相応しいと思った。そして、そんな天照大御神様のアドバイスなら素直に聞けるし、私の願いを叶えてくれると思ったのだ。


 神話から性格を推測すると争いは避け、平和に生きる事を望み、優しい性格であり、女性なので母性もあり、人を罰するよりも改心する事を信じて許すことを優先し、善人も悪人にも愛情を注ぎ導く愛の神だと思った。そして、その目的は全人類を幸せにする事だと、勝手に決めて対話をする事にした。

 一人称は『妾』で幼女で無垢な存在でありながら母性を持つ女神として私は認識し対話する事にした。


 神話は断片的な情報だけなので、明言されていない部分は私の都合で勝手に決めた。大切なのは、それが真実であると信じ切る事だ。もし、違ったとしても問題は無い。私が想像した天照大御神様が実際の天照大御神様と違っていた場合、創造神が私が想像した天照大御神様を分け御霊として生み出しているはずなのだ。


 天照大御神様との具体的なやり取りは次の話で書こうと思う。次は、この世界の創造神のプロファイリングを行う。天照大御神様が奇跡を起こす存在で私は対話の準備が出来ている。だが、この世界を生み出しルールを決めている創造神が許可をしなければ私と天照大御神様の対話は実現しない。


 創造神が神と人との対話を認めないと決めていれば全ては水泡に帰すのだ。


 だから、創造神を正しく理解し、私と天照大御神様が対話する事を認めてもらわねばならない。前述したとおり創造神は喜怒哀楽を感じる為に世界を創った。性格は全人類の集合体である。

 つまり、私が神と対話する事を認めてもらうには全人類の同意がえられそうな方法でなければならない。人間の中には神は居ないと信じている人も居る。彼らの同意を得なければ神との会話は実現しない。


 反対派は奇跡を信じないし、そんな奇跡は起きないと思っている。


 つまり、信じていない人たちが聞いた時、気のせいだとか科学的に説明できる現象でなければ許可は出ない。だから私は、先に述べたように自分で神の声を想像する事にした。反対派は、これを妄想だという事が出来る。だから、この方法で私が神と対話しても反対しない。


 つまり、私は神と天照大御神様と心の中で会話する事は許されるのだ。


 これが真実だと反対派を論破しようとしない限りにおいて私は神と対話し奇跡の恩恵を受けることが出来るのだ。起こる奇跡についても信じない人たちを論破するような奇跡ではダメだ。何の努力も無しに金持ちに成るとか、才能や努力も無しにスポーツや勉強で一番になるとか、いきなり超人になるなどの現実に反する奇跡は起こせない。


 逆に、正当な現実的な理由があれば奇跡は起きる。


 そんな現実的な奇跡に意味はないと思うのだろうか?いいや、そうではない他人には奇跡に見えなくとも自分には奇跡だと思える内容であれば奇跡が起こるのだ。使い方と他人への見せ方を注意すれば『何でも出来る』という事だ。


 この理論を正しいと思えたのなら、あなたにも実践して欲しい。


 私は、この理論で奇跡を起こし幸せを手に入れたのだから……。


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