手記7
「少しは落ち着いたかい?」
騒ぎから暫くして、オレは最初に駆けつけてくれた同級生に連れられて、ソイツの部屋を訪れていた。
「うん、ありがとう。」
対面のソファに腰掛けるその同級生は苗字を柴田と言い、オレと同じクラスで委員長をしていた男だ。
尤も、下の名前を覚えてはいないけどな。
何故、オレが柴田の部屋を訪れているのかというと、あの騒動の直後に現場に沢山の人が集まってきた為、収拾が付かなくなったというのもあるのだろうが、柴田はクラス委員としても見過ごせなかったようで、オレから直接話が聞きたいとの事らしい。
その際、アルマには一人で部屋へ戻るように告げたのだが、オレを制止してからは腕を掴んで離そうとしないので、結局柴田に許可を貰ってそのまま此処に連れてきている。
ちなみに、柴田の従者はアズサさんというらしく、今は一時的に退室をして貰っているのだが、すっごい美人の大人なお姉さんだったので、アルマに不満がある訳では無いけれど、正直柴田がちょっと羨ましいと思ってしまったのは内緒だ。
そんな彼女がオレの腕にしがみついてるアルマを見て、あらあらとでも言いたそうな表情をしていたのは、恥ずかしかったがね。
「まさか、あの大人しい桜井が騒ぎを起こすなんてね……それで、キミの腕にしがみついてるその子は?」
「友達だよ。オレは此処に来てすぐに体調を崩してさ。寝込んでる間に仲良くなったんだ。でも、すっごい人見知りだから、この子のやりたいようにさせておいてほしい。それでさ……ちなみになんだけど、近藤は……?」
半ば軟禁されていたとか、どう説明していいか分からんからこのぐらいの嘘は方便だろ。
アルマの名前もオレ以外には秘密にするって約束だから、今後も彼女が自分から名乗るまではこれでいいな。
……しかし、あんな事があったから、妹と同様にアルマもオレを恐れてこんな事をしているのだろうか?
「あぁ、近藤なら兵士の人達に任せて治療中だよ。そんな事より、姿を見せない間に桜井も大変だったんだな……それで、早速で悪いが本題なんだけど、何があったかを聞かせて貰ってもいいかな?」
「うん、分かった。」
柴田の言葉の裏に、薄々は事情を把握しているような印象を憶えながら、オレはなるべく簡潔にあの場での出来事を話した。
「あぁ、やっぱりな……」
「やっぱりって?」
オレの話を聞き終えた柴田は、予想通りといった様子で嘆息して頷く。
やはり、何があったのかの見当が付いていたらしい。
「いや、あいつ……似たようなトラブルを、この一週間で何度か起こしているんだよ……それとアイツの言った事も、そんな奴が居ないとは言わないけど真には受けるなよ?大体何を言ったのか、想像はついてるから……実は僕も言われていたんだ。」
「そうなんだ?」
柴田みたいなお堅そうな奴だっているから、近藤の言った戯言なんて最初から信じてはいないがね。
「だから、あの場の状況を見て近藤が桜井を怒らせたんだろうな、と思ってはいた……とはいえ、怪我をさせた事に関してはちょっとやりすぎだったね。その辺りは、此処の人たちの判断に任せてもいいかな?先生や警察なんて、いないからさ。」
「ごめん、面倒事を起こして……」
柴田の言葉で、オレの胸はキュッと締め付けられるような感覚を憶える。
オレも、流石にやり過ぎだったとは思う。
柴田に連れられてあの場から離れる間際に、へたり込む近藤がこちらへ向けた怒りの篭った表情は正直、暫く忘れられそうにない。
「いや、僕はそれほど気にしていないよ。でも、うーん……」
「どうかしたの?」
「桜井は冷静みたいだから、話してもいいかな?……ここだけの話なんだけど多かれ少なかれ、皆此処に来る以前と何かが違っててさ。近藤だけじゃないんだ、おかしくなってるヤツ……」
「そうだったんだ……」
確かに、言われてみれば近藤の様子、おかしかったもんな。
「しかも、その事を近藤に指摘したらかなり反発されたから、以来誰にも言ってないけどね。」
そんな事があったとは、柴田も柴田で大変だったようだ。
「オレ……あんな事をしでかしたのに、どうしてそんな大事そうな事を話すの?」
流石に近藤にしようとした事を、柴田には言えないわ。
未遂で終わって良かった……いや、良くはないけどさ。
「そう思えるだけ、キミがマトモだからだよ。あんな事があったのに、近藤の心配までしてるしね……桜井は、まだ数ヶ月の付き合いだから知らないかもしれないけど、近藤って僕と幼馴染で、小さい頃からモテたんだ、アイツ。顔と運動神経だけはいいからね。」
ん?いきなり何の話だ、これ?
友達自慢か?
「でも、アイツは女にだらしない奴では無かった。むしろ、ずっと片思いしてたのに、告白も出来ないようなヘタレだったんだ。勿論、女の子と付き合った事も無い、本当に気のいい奴だったんだよ?ずっとキミがクラスで孤立していた事も気にしていたしね。そんないい奴が、ヒロトがあんな風になるなんて、僕は………」
柴田は目の端を軽く拭いながら、震える声で近藤の事を話す。
友達が急に変わってしまったら、柴田がこうなるのも分かる気がするな。
ってか、近藤の奴……だからオレに絡んで来てたのか。
言わなきゃわかんねぇだろ、そんなの……
「……話を戻すよ。それで最初のうちは、何人かが食堂に顔を見せなくなった程度だったんだけど………」
その何人かには、オレも入ってる訳ね。
まぁ、オレは部屋から出れなかっただけだが。
「その内、桜井みたいに大人しかった森田とかが、急に運動部の連中のグループに混ざって騒いだりし始めて、全体の雰囲気が大分変わり始めたんだ。」
「そんな事になってたんだ?」
オレもグループの統廃合自体は、主要メンバーが欠けたグループもあるから起きるとは思っていたけど……
まぁ、一言だけ言わせてくれ……森田って、誰?
……冗談はさておき、たったの一週間で随分と急な変化には感じるな?
「それだけが原因って訳じゃないけど、一週間経った今じゃ食堂に四割も顔を出さないよ……幾つかのグループに分かれて、何処かで固まってご飯を食べたりしてるみたいだがね。」
「でも、それくらいなら特に問題は無い気がするけど?」
とはいえ、オレ達からすれば異常事態でも、客観的に見た場合このぐらいならば、だからどうしたと言われかねない程度の異変だ。
そう考えたオレは、真っ直ぐにその事を問うと柴田は表情を曇らせて俯く。
「そう、これだけ……ならね。」
「え?」
そいや他にも原因があるみたいな事を、ついさっき言ってたな。
「樋口さん、分かるかな?」
「あ、あぁ、うん。」
勿論分かるよ。
だって、このクラスで唯一オレが親近感を覚えた女の子、だから。
後、かなり目立つからな彼女。
美人だし。
「彼女、僕達が生活に困らないようにと手配してくれた、その子みたいな従者……とでも、言えばいいのかな?メイドって言ってる奴もいるけど。」
「うん。」
「樋口さんの従者は男性だったらしいんだけど、祝福を使って、その人を……」
「まさか……?」
柴田は言いづらそうに言葉を区切ると、オレが思い浮かべた言葉を肯定するかのように頷いた。
嘘だろ?
「それが、四日前だよ。」
「なんか、大変な時にごめん……」
柴田の苦笑いに、オレは思わず謝罪の言葉を口にする。
いや、本当にそんな時に騒ぎを起こしてしまって申し訳ない。
「桜井だって大変だったんだから仕方ないさ。今回の件は近藤が原因なんだし……まぁ、それ以来皆が皆、疑心暗鬼になっててね?此処何日かで、一気に食堂へ来る奴が減ってきた、ってな訳さ。」
「そっか……」
そりゃ、オレ達が手に入れた力に人を殺せる可能性があるって気付いたならば、顔を見せなくもなるわ……特に、樋口さんを虐めていた奴らとかはな。
もしかして、オレが近藤に怪我をさせた時のあの衝動も、祝福のせいだったりするのか?
そして樋口さんも、ひょっとしてオレと同じ様な状態になったから……?
「でも、僕はね、正直……この一件で腑に落ちない事が、別にあるんだよ。」
「まだ、何かあるの?」
いや、その話はとりあえず置いとくか。
今は柴田の話に集中しよう。
「うん。樋口さんの一件は流石に手に負えなくて、此処の人達に任せたんだけど、トーマさんが下した判断は……お咎め無し、だったんだ。」
「え!?」
人を殺しておいて、無罪放免って事かよ!?
少し前にアルマ達従者は、使い捨てにされてるんじゃないかって考えたけど、本当だったか……
本当に何なんだよ、この狂ってる状況は?
「一応、襲われたから自衛したんだと、彼らは結論付てるみたいだけどね。」
「だったとしても、過剰じゃん……」
「うん、僕もそう思う……だからさ、桜井がもし良かったらなんだけど、こんな状況だからこそ僕達だけでも助け合わないか?」
「柴田くん……」
「正直さ、今食堂にきている連中って、元は別のグループに居たのに弾き出された連中ばっかりなんだ。その所為で余計に皆、拠り所が無くて不安なんだよ。だから、僕だけでもいつも通りに行動して、食堂に残ってる皆から纏めていかなくちゃいけないと思ってる。」
「でも、オレ……そんな時に近藤に怪我をさせちゃって……」
そんな奴が近づいてきたとして、普通仲良くなんて出来る訳ない……
オレが逆の立場なら、そんなヤツを信頼なんてできる筈がないんだよ。
「それは大丈夫!僕がきっちり説明するから!義理堅いヤツで友達を守るためだったんだって!キミは、いい奴なんだって!その小さい子がキミを信頼しているのが、何よりの根拠になるんじゃないかな?」
こいつ、こんな状況でも本気でクラスを纏めようとしてるんだな。
いや、こんな状況だからこそ、か。
「……時間、貰ってもいいかな?」
現状が混沌とし過ぎていて、正直色々知っていそうな柴田が味方になってくれるのは、心強くはある。
とはいえ、少し冷静になる必要もあるし、オレ自身がまた近藤を相手した時みたいにならないとも限らないから、考える時間が欲しいのもまた事実だ。
「分かった。でも桜井にとっても悪い話じゃないと思うから、いい返事が貰える事を僕は期待してるよ。」
「うん……何か疲れたからオレ、取り敢えず今は部屋に戻るよ……食事の時は、なるべく食堂に顔を出すから。」
「ありがとう。それだけでも、嬉しい。」
オレがまた顔を見せると言って立ち上がると、柴田が笑顔で手を差し出してきたので、空いている方の手でそれに応えてからオレは柴田の部屋を後にした。
そうして柴田の部屋から戻り、情報でパンクしそうな頭を整理する為に、オレはベッドで横になって目を閉じる。
まだ昼にもなっていないのに、今日は色々と起こりすぎだ!!
変わってしまった同級生、オレ自身の異変、柴田の話、そして樋口さんの一件……
一週間近く情報が得られなかっただけで、此処まで事態が動いているなんてな。
「マサトさま……」
内心で辟易としながらも、暫く考えを巡らせている間にうとうととし始めた頃、部屋に戻ってからはベッドのすぐそばで控えていたアルマが、何故か小声でオレの名前を呼んだ。
「アルマ?どうかした?」
返事を返しながら目を開け、身体を起こしつつ彼女へ視線を向けると、アルマは酷く思い詰めたような表情でオレを見つめていた。
知らない奴に腕を掴まれそうになったりとか、オレの所為とかで、かなり怖い目に合わせてしまったからなぁ。
「今日は、怖い思いをさせてごめんね。」
オレが謝罪を口にすると、アルマは勢いよく首を横に振って否定した。
あれ?もしかして、近藤の件じゃ無い?
「何かあったの?」
オレが再び問い掛けると、少し躊躇するようにしてアルマは口を開く。
「こわいひと、いた。」
……え?怖い人が、いた?
近藤相手には、最初特に怯えた様子は見せなかったから……まさか、柴田の事か!?
そういや、柴田と話している間中ずっと、アルマは片時もオレから離れようとはしなかった。
最初はオレがおかしくなったから怖くなったのだと思っていたけど、実際は柴田に怯えていたからだった、ってな訳だ。
で、でも、オレには柴田が嘘を言っているようには全く見えなかったし、近藤の話をした時の涙も本物に思えた。
というよりも、嘘を吐くメリットの無い話しかしていなかったような?
あ………いや?
柴田がオレの祝福を本当にあるかどうかは別として、〝怪力〟とでも判断したのなら話が変わってくるよな?
それに、柴田が嘘をついているとは限らないし、オレが素手で近藤の骨を折ったみたいだったから、それを見て味方に引き入れようとする事もありえなくは……
いやいや、そうなると今度はクレイさんに言われた、〝毒〟って一体なんなんだって話よ!?
血を摂取した動物が実際に、金属への恐怖心を植え付けられた……つまりは、パラノイアのような症状を引き起こしたのだろう?
オレの祝福の詳細そのものは、そうやって既に調べられているんだよ。
なのに、何でオレはあんな力が出せた?
冷静に考えれば漫画やアニメじゃねぇんだから、鍛えても無いのに握力で骨なんか折れる訳が無いし、アレも祝福の一部と考えるべきなのは分かる。
これは確信に近いカンだけど、あのままアルマが止めていなかったら、オレは近藤の首を簡単にへし折っていた筈……って、ダメだ!
思考が色々な方向に散らかって、ちっともまとまらねぇ!
何なんだよ、祝福って!?
なぁ!誰か……教えてくれよ!!
オレは一体、誰の何を信じたらいい!?