手記6
あー……そいや、会った当初って時々オレを怖がっていたけど、まさかソレが見える所為って事はないよな?
夜伽が嫌だったからだと思っていたけど、よくよく考えれば何かが見えていたからだとしても、辻褄が合うし。
一応聞いてみるか。
「ねぇ、アルマ?アルマが最初オレを怖がってたのって、今言った何かが見えてたからなの?」
「はい。」
なるほど、正解だったらしい。
「マサトさま、こわい、の、いる。」
……うん。
だとしても、ちょっとそれはやめてほしいかな!
ニュアンスが違う可能性もあるけど、そこだけ聞くとまるでオレが悪霊に取り憑かれてるみたいやん?
でも、これってもしかしなくても、どういう訳かアルマには祝福が見えてるって事かな?
オレにはあって、クレイさんには無いモノ……みたいな言い方をしていたし。
確か、普通は人族に無い力らしいから多分、これで合ってるよな。
「でも、マサトさま、は、こわく、ない。」
「ありがとう。」
どうにも、アルマは祝福を怖いモノとして見ているっぽい?
「けど、こわい、ひと、は、いる。」
「怖い人?」
「はい。こわいひと。」
んー……怖い人、ね?
単純に考えるなら、強い祝福を持ってる奴って事なんだろうけど。
となると、ひょっとして力の大小まで見えてるって事なのか?
だとしたら、オレのショボい祝福をアルマが怖がっていた事の説明がつかない気もするが、可能性はある。
彼女が祝福そのものを恐れたって事もあるだろうからな。
一応、もう少し聞いとくか。
「それは誰か分かる?」
「わからない、です。」
まぁ、ずっとオレと一緒にいるから、他の奴らの事なんてわからないわな。
それに、強い力を持っている奴が本当に居たとして、ボッチなオレがどうするんだ?……って話で。
「ちなみにさ?ソレって、アルマにはどんな風に見えてるのかな?」
「こんな!」
オレの問い掛けに、アルマは両手を上に伸ばし、丁度万歳をする格好をしながら、手をヒラヒラと振りつつ身体もくねくねとさせてみせたり、しゃがんでから伸び上がる様にジャンプをしてみせたりしてくる。
……子供のお遊戯会か何かかな?
オレには、不思議な踊りを踊っているようにしか見えないのだけど?
いや、可愛いけどさ。
さて最後のは置いといて、色々分かった事もあるが、現状殆ど情報が無いも同然なのは変わらないから、取り敢えず情報収集がてらこの館を彷徨いてみるか。
軟禁からも解放された事だしな。
「じゃあ、オレちょっと散歩してくるから、アルマは休んでいてよ。」
「さんぽ?」
あ、わかんないのか。
それに、仕事の進捗を聞かれていたぐらいだから他の仕事があるかもしれないし、休んでて……は、ねぇわ。
「えっと、この館の中を歩いてくるから、他の仕事があるなら……」
「マサトさま、ひとり、ダメ!わたし、は、仕事、いっしょ!」
えっと、一緒に居る事が仕事だから、自分も行く……ってトコかな?
それに、よくよく考えたらアルマとは此処一週間、毎日ずーーーっと一緒に居るんだから、他に仕事なんてモノも無いんだろう。
……だとしたら、彼女の仕事って一体?
まぁ、浴場とかの場所も見ておくつもりだったから、アルマに案内してもらった方が手間も省けるし、お願いしようかな?
「分かったよ。じゃあ、この館を案内してくれる?」
「はい!」
そうしたら、取り敢えずーーー
「オレ、まだトイレと食堂しか知らないから、まずはお風呂……かな?」
「……はい。」
何で、今赤い顔でモジモジする?
……って、まさか!?
「ち、違う!一緒にお風呂は入らないよ!今は場所を知りたいだけだよ!」
「ちがう?」
「違う!」
危ねぇ、勘違いさせるところだったわ。
その後アルマに一生懸命説明をして、オレが使ってもいい館の施設を案内してもらう事となり、その途中であの石室に繋がっている筈の地下への階段の前を通りかかったのだが、何故か兵士に道を塞がれており、近付いただけで何故か兵士がこちらに注意を向けてきた。
此処まで厳重な警備ともなると、まるでオレ達をあの石室に近づけさせたくないようにも思えるけど、確かあの部屋って中に何も無かったよな?
……いや、待てよ?あの時は暗くて気付かなかっただけで、見張りを立てているという事は、もしかしたら此処に帰る為のヒントがあるのかもしれない。
何とかして中に入れないものかね?
うーん……夜に様子を見に来てみるのもいいかもしれないな。
「此処、お風呂、です。」
「んー……朝から中に誰か居るっぽいな?このお風呂って、いつでも使えるの?」
「はい。」
そうして、最初に浴場を案内してもらったのはいいものの、中から人の声が聞こえてきたので、中の様子を確認するのは止め外観を見回す。
入り口は現代の温泉施設に似た造りとはなっている為、日本人のオレとしては否が応でも期待が高まるのは仕方のない事だ。
……と思いきや、よくよく見たら中へと進む通路が一つしか無く、外から見る限りだと入り口では男女の区別が無いようにも思えた。
「これ、どうやって入るの?」
まさか、混浴とかじゃ無いよね?
「ふく、着ます。」
そう言うと、アルマは何処かへと走って行き、少しして薄くて白い布製の服のような物を持って戻ってきた。
入る気は無いけれど、折角彼女が持ってきたのだからと、オレはその薄衣を手に取って確かめてみる。
あー……これ、ひょっとして元の意味での浴衣、みたいなヤツか?
「これ着て入るの?」
「はい。」
「男も女も一緒に?」
「……はい。」
なるほど、だから入り口の区別が無いのね。
……それはいいとして、お願いだからモジモジしないで!
こっちまで恥ずかしくなる!
とはいえーーー
「そうなると、湯船は入りづらいなぁ……」
折角の温泉施設っぽいのに。
「ゆ?」
あれ?アルマの、この反応は……
「湯船、わからない?お湯をいっぱい溜めておくやつ。」
オレがそう問うと、彼女は一度首を傾げてから、横に振った。
おんやぁ?見た事あるなら、分かりそうなものだけど……
「じゃあ、あの中には何があるの?」
湯船が無いとしたら、浴場には何があるのかが気になったオレは尋ねてみた。
「あつい、いし、と、しろい、の、いっぱい、です。」
なになに?熱い石に、白いのがいっぱい……って事は湯気?
あー……なるほど、中はスチームバス若しくは、スチームサウナになっているのか!
だから浴衣みたいなのを着て、男女関係無く入れるのね。
そうかそうか……
そんなの、どの道オレには無理!
まだ沐浴しか無い方がマシだわ!
……いや、夏とはいえ沐浴も嫌だったわ。
「マサトさま?」
「あ……うん、次いこっか……」
冷静に考えたら、大量のお湯を沸かしたり水を入れ替えたりするコストより、焼いた石とかに水をかけるサウナの方が、現代じゃ無いんだから管理する労力も少なくて済むもんね……
入浴の習慣が無いだけかもしれないけど。
外観から温泉かと思いきや全く想定していなかった型の浴場だった為、気分が落ち込んでしまったオレはアルマに次の場所の案内を促して、この場から立ち去ろうとしていた時だった。
「あっれー?誰か居ると思ったら、マサカドサマじゃん!」
突然真後ろから、大きな声で呼び止められる。
げっ!?
この声は、同級生のウザ絡みしてくるヤツ!?
下の名前は覚えてないけど、確か近藤だったか?
状況からして、どうやら浴場の中に居たのはコイツらしい。
まぁ、向こうの声が此処から聞こえてたのだから、中からこっちの声が聞こえてても不思議じゃないわな。
「マサ……?」
おっと……それよりも、アルマが余計な単語覚えちゃうのを止めないと!
「いいよ、それは覚えないで!」
「はい?」
「マサカドサマ、おひさー!一週間ぶりぐらいー?元気してた?」
ええい!会って早々に、馴れ馴れしく肩を組んでくるんじゃねぇ!
後、その呼び名は、かのお方に対して不敬だからやめろ!
日本三大怨霊に祟られるぞ、マジで!
いや!寧ろ、祟られろ!
「なぁなぁ、一週間も部屋に篭って何してたのよー?やらしい事ー?」
……こいつ、オレが軟禁された事情を知らされてない?
まぁ、知ってたらオレと肩なんて、普通組めないか。
「関係、ないだろ。」
「いやいやいや!関係あるし!」
ねーよ!
いや、それより近藤の奴……ウザさが前より増してるような?
「だって、ほら?オレら協力して獣人、だっけ?そいつら倒さないと、帰れないワケじゃん?」
それも何処までが本当かかなり怪しいから、獣人を倒すとかよりも、帰り方を探るべきなのでは?
……とはいえ、その辺りは流石に全員に同様の説明をしてはいるようだな。
「らしいね。」
「じゃあ、オレら仲間だろー?仲良くやるべー?」
悪いが、オレは信用出来ない人間の為に誰かを殺すなんて、真っ平なんだよ!
「……考えとく。」
ーーーとは、流石に表立っては言えないから、ここは大人しく頷いておくに限る。
「そっかそっか……でさ?ちょい聞きたいんだけど、そのかわいい子がマサカドサマのメイド?」
「まぁ、そうだけど……」
正確には雇い主はこの館の奴等で、この子はオレの友達だ。
説明ダルいから、もうそれでいいけどさ。
アルマも恐怖からかさっきっから無言で俯いてるし、どうでもいいからコイツさっさとどっか行けよ。
「じゃあさ、じゃあさー?その子と、オレのメイドを一日交換しない?オレのメイドはヤリ疲れて今は部屋に居るけどさ。」
……あ?
今、テメェ何つった?
「この一週間、お前もずっとその子とヤリまくってたから部屋に篭ってたんだろ?」
黙れよ。
そんな事、する訳ねぇだろ。
「マサカドサマ以外にも似たような事してる奴、いっぱいいるぜ?オレとかな!」
下衆が、黙れよ!
お前なんかと一緒にするな!
「なんか、一人ですんのと違って、何回ヤッても疲れないから、ついなー……」
黙れって、言ってんだろうが!
「だからさー?飽きてきたから、一日だけでいいから交換しようぜー?オレのメイド、いい身体してるよー?なぁっ!」
そう言いながら、いやらしい笑みを浮かべた近藤がアルマへと手を伸ばそうとすると、彼女は助けを求めるかの様に、酷く怯えた表情でオレを見た。
その瞬間、アルマの姿がいつか見た泣きじゃくる妹の姿と重なり、オレは何故か血液が沸騰するような感覚を覚え、咄嗟に近藤が伸ばした腕を掴む。
「いきなりなんだよ?……ん?お前、その右目は……」
彼女に、触れるな。
「い、いたい!?いたいいたいいたい!?お、折れる!折れるから!離せ!離せってんだよぉ!」
真っ赤に染まる視界と思考の中で、まるで水中に居る時のように敵の声が遠くから響くのを聴きながら、〝僕〟は内側から湧き出してくる高揚感に、身を委ねた。
するとその刹那、何かが砕ける感触を手の中で感じるのと同時に誰かの悲鳴が聞こえてきたので、一度握る力を弛め視線を下に向け、目の前の敵が痛みでのたうち回る様を〝僕〟は暫くの間眺める。
いい気味だね。
「ふっざけんなっ・・・!」
暫くして漸く止んだ絶叫の後、〝僕〟を睨みつけるようにした敵の表情が、こちらを見るなりみるみるうちに恐怖で染まっていった。
「お前……!なんでこんな事をして、笑ってられるんだよ!?」
どうやら、こちらを見てコイツは動けなくなったらしく、小便を漏らしながら怯えた瞳で〝僕〟を見上げ続ける。
その恐れを孕んだ視線も、〝僕〟には実に心地がいいよ。
「そ、それに!なんだよお前!その赤い右目はなんなんだよ!?」
何か五月蝿いけれど、次はどうしようかな?
こんな所で派手に立ち回れば、彼女まで巻き込んでしまうだろうから……そうだな、首にしよう。
コイツは〝僕〟達の敵だから、生かしておく理由も無いし、始末するべきだもんね。
そうと決まれば、まだ見ていない所が沢山あるから、さっさと済ませないと。
「待てよ、桜井……何を、する気だよ!?冗談……だよ、な?な!?」
手早く片付けてアルマとまた散策の続きをしようと考え、恐怖でへたり込む敵の首に両の手を伸ばそうとした時だった。
「だめ!〝・・・・・・!〟」
オレの伸ばした腕をアルマが抱きしめるようにして制止するのと同時に、何かに塗り潰されていた思考も戻ってくる。
「あれ?オレ、今……」
オレ、今、近藤を……?
しかも、間違いなくオレの意思でやっていたし、記憶もはっきりしている。
だというのに、明らかに普段のオレではあり得ない事を考えていた。
……一体、オレに何が起きたっていうんだよ!?
「おい!さっきから、何の騒ぎだよ!って、桜井と……近藤!?どうした!何があったんだ!?」
「どうかされましたか!?」
騒ぎを聞きつけた館の兵士や、同級生が集まり何があったのかを聞き出そうとしてくる中で、オレは今起きた出来事に理解が追いつかず、暫くの間呆然と立ち尽くしていたんだ。