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ある暗殺者の手記 ー崩壊の序曲ー  作者: 眠る人
目覚め ーAwakeningー
5/18

手記5

 少しの間彼女を見つめた後で我に返ったオレは、頬が熱を帯びるのを感じながらも、自分の名前も彼女に告げていなかった事を思い出して、慌てて口を開く。


「ア、アルマさん、ね。オレの名前は……」


「アルマ、です。ア・ル・マ!」


 ん?これってまさか、いきなり呼び捨てにしろって事?


 だとしたら、オレにはハードルが高すぎるのだけど?


 い、いやでも、多分そこまで気を許してくれたって事、なんだよな?


 だったらーーー


「ア、アルマ?」


「はい。」 


 オレが勇気を出して彼女の名前を呼ぶと、アルマは満足気な表情で頷く。


 一度声に出してみたらなんてことはない、案外違和感も無く呼べたし、第一呼び捨てにする事を彼女が望んでいるみたいだから、今後は望む通りにしよう。


 しかし、昨日までの小動物みたいな感じも可愛かったけど、嬉しそうに笑うのもこれはこれで……


 ……って、いや、今はそんな事考えてる場合じゃない。


 折角彼女が名前を教えてくれたんだから、オレもきちんと名乗らないと。


「今更かもだけど、オレは桜井将門……マサトでいいよ。」


「マサト、さま?」


 あれ?この反応は、まさかオレの名前は彼女に伝わってなかったのか?


 オレ、確かクレイさんに名乗ったよな?


 いい加減だなぁ。


「様、は要らないかな?……で、話の続きなんだけど、実はアルマに聞きたい事があるんだ。」


「はい。」


 これを口に出すのは正直恥ずかしいけど、聞いておかなきゃならないからね。


「その……いつ、オレの相手をしろって言われたの?」


「マサト、さま、朝、呼んだ、後……です。」


 様は要らないって言ったのに……まぁいいや。


 それより、今のだとちょっと分かりにくいけど、多分オレを呼びに来た後って意味だろう。


 なら、多分二度目に連れてくる際で、協力も断った時って事だな。


 であるならば、やはりこの待遇には何か裏があるって考えるべきなのだろう。


 言い方は悪いが、逃がさない為に彼女を宛てがったと考えるのが妥当だし、恐らくオレ以外にも同様の対応をしているのだと思う。


 だが、そこまでして戦力にもならない人間を抱え込んで、連中に何の得がある?


 さっぱりわからんな。


「分かった。ありがとう。」


 何も分からん事だけは分かったが、こうなったら最悪この屋敷から逃げ出す事も視野に入れて、行動するのがいいのでかもしれない。


 とはいえ、生きる術や情報も無いままに逃げてもロクな事にはならないから、まずは情報だけでも集めないとな。


「わたしたち、家族、だけ、知る、名前、あります。」


 ん?家族?


 このタイミングでそんな事を言うって事は……


「もしかして、アルマって名前が?」


「はい。だから、おしえる、よくない、ですよ?」


 家族にだけって……そんな信頼されるような事は、してない筈なのだけどな?


「分かった。誰にも言わないよ。」


 ちょっと重い気がしなくもないけど、言ってはいけない事を内緒で共有するとか、オレを友達のように思ってくれたって事だよな?


 なら、この事は絶対に守らないと。


「あと、わたし、大人、です。」


 ……えっ?


「何で、今……?」


「大人、です!」


 昨日子供扱いされたの、そんなに嫌だったのか……謝ったのに。


 うーん……だとしたら、失礼でないなら年齢を聞いておいた方がいいのかな?


 もし同じぐらいなら、もっと話をし易くなるかもしれないし。


「えっと……じゃあ、アルマは何歳なの?オレは十五だけど。」


「わたし、十八、なりました。わたし、おねえさん、です。」


 まさかまさかの歳上かよ!?


 この世界の成人の基準は知らないけど、本人が大人だって言ってるのだから、成人してはいるのだろうな。


 つーか、十八だとオレらの基準でも大人扱いだったわ。


「確かに、大人だ……」


「はい!」


 素直にオレが認めると、彼女は得意げな表情で胸を張り、元気よく返事をする。


 ナニコレ……ドヤ顔が、すっごくかわいい。





「アルマは此処には出稼ぎに来たの?」


 現状で聞きたい事は聞けたし、折角仲も良くなってきたんだから、今度は彼女自身の事を聞いてみよう。


「でかせ?」


 出稼ぎ、は意味が通じないか。


 えぇと、近い意味の言葉は……


「仕事をする為に此処に来たの?」


「ちがい、ます。」


 オレとしては軽い気持ちで聞いたのだが、この問い掛けはアルマにとって聞いてはいけない部類の事柄だったらしい。


 彼女は急に表情を曇らせたかと思えば、みるみる間にその瞳から涙が溢れそうになる。


 自らの意思で来た訳では無い、って事か?


 い、いや?ちょっと待て。


 って事は、労働力として無理矢理連れて来られたか、若しくは売られたとかなのか?


 何処の馬の骨ともわからない人間と、雑に性交渉させようとしていたぐらいだから、もしかしなくても使い捨てに……いや、これ以上はあまり詮索しない方が良さそうだ。


 踏み込んで欲しくない事ぐらい、誰にでもあるもんな。


 それより今はこんな事を考えるよりも、彼女に謝らないと!


「ご、ごめん!オレ、アルマの事がもっと知りたかったから、聞いただけだったんだ。泣かせたかった訳じゃないのに……本当にごめん。もう、聞いたりなんてしないから。」

 

 そんなオレの謝罪に、彼女は言葉を返すでも無く、暫くの間首を横に振りながら涙を零し続けた。


 こんな時……って、さぁ?


 小説の登場人物やラブコメならきっと、アルマの頭を容易く撫でたりもするのだろうな?


 でもオレは、自分が彼女の辛い記憶をほじくり返して泣かせてしまったという負い目から、とてもじゃないがそんな事は出来そうにもなかったし、幾ら彼女が気を許してくれているのだとしても、自分にそんな資格があるだなんて到底思えなかったんだ。



 それから、オレは彼女が泣き止むまで、ただただ声を掛ける事しか出来なかった。


 地雷踏んだとか、呑気に考えてもいい雰囲気では無かったしな。



「ちがい、ます。日本語、むつかしい。わたし……いっぱい、話せない。たくさん、べんきょ、した、けど……ごめんなさい。」


 どれだけ時間が経ったかはわからないが、暫くして震える声で彼女はオレにそう告げる。


 そんな事、謝る必要なんて無いのに……


 うーん?でも、何かがちょっと引っかかるけど、今はいいや。


「大丈夫、日本語はオレ達にとっても難しいからね。」


 世界で一番修得が難しいって聞くしな。

 

「わたし、べんきょ、します。マサトさま、話したい。」


「んー……なら、こうしない?オレだってアルマと話したいから、オレに此処の言葉を教えてよ。上手く出来るかは分からないけど、オレもアルマに教えるからさ?そうしたら、きっと二人とも早く覚えられるよ。」


 何となくなんだけど、お互いを理解したいって気持ちがしっかりとあれば、無理矢理やらされる勉強よりも早く、言葉を習熟する事が出来るような気がするんだ。


 根拠は無いがね。


「はい!」


「でも、この事は他の人には秘密だよ?」


 じゃないと、面倒な事になりそうだからな。


 兵士達の会話からも情報を集めたいという、打算半分の提案ではあるし。


「ひみつ?」


「アルマの名前みたいに、他の人には話しちゃダメって事。」


 ……もう半分は下心だから、実は打算100%なんだけどな!


「はい!ひみつ、です!」


 何、この子……可愛すぎるんだけど!

 

 今の笑顔だけで情報がどうとか、考えるのも馬鹿らしくなるわ!



 それからの何日間かは、本当に楽しかった。


 何故なら、彼女のおかげでオレは短い期間でも簡単な単語の組み合わせの会話ぐらいでならば、何とかこの世界の言語でも多少の意思疎通が出来るようになったからだ。


 この世界の言語って、英語みたいに主語とか目的語がはっきりしているようだから、それさえきちんと伝えたら片言でも何とか意思疎通が出来る、というのもあるのだけどさ?


 学校の勉強だと、あんなに嫌だったのになぁ。


 ちなみに彼女は、が、は、も、といった助詞の使い方がよく分からないらしくかなり苦戦している所為で、オレサマ、オマエ、マルカジリみたいな話し方になる事が多々ある。


 助詞については文章の意味を変える場合もあるから、正直オレ達日本人でも難しいので仕方ないだろう。


 ついでに他に分かった事と言えば、彼女が何処かの部族出身だという事と、両親と三人で暮らしていた事や、両親から名前は友達になら教えてもいいと言われた事ぐらいで、他の自分の事については話したがらないのだけは、少し気に掛かったな。



 そんなこんなで、異世界に来たというのに穏やかな時間を過ごしている間に気付けば此処へ来てから一週間が経ち、変わり映えのしない日々にこのままでいいのかという思いも沸き始めた頃、オレが朝食を摂り終えてのんびりしていると、朝食を食べに行った筈のアルマが何故か、すぐにクレイさんを連れて戻ってきた。


「お久しぶりです。こちらの生活には慣れましたか?」


「退屈で死にそうです。」


 まぁ、嘘だけど。


 正直、この人達が信用出来ない事にはとっくに気付いているから、この世界の言語を学んでいる事は当然黙っているつもりだしな。


 それに、クレイさんを連れてきたアルマの表情が、オレと二人で居る時と違い出会った当初と同じような無表情でいる事からも、コイツらに虐げられていたのはほぼ間違い無いのだろう。


「ははは!……この者は無愛想ですが、ご迷惑をおかけしませんでしたか?」


「別に……オレも、あんまり人と話す方じゃないもんで……」


 しかし、コイツ何しに来たんだ?


 もしかして、オレとアルマの楽しいひとときの邪魔でもしにきたのか!?


 だとしたら、最初にコイツをいい奴だと思った自分をぶん殴りたいわ!


「そ、そうでしたか……ところで、本題なのですが……」


「本題?」


 あれ?


 ……そういやオレ、何か忘れてね?


「〝祝福〟の件です。」


 うん、色々あってすっかり忘れてた。


「何か、分かったんですか?」


「はい。詳しい作用までは特定してはおりませんが、効果は恐らく恐怖症の発症だと思われます。」


 いきなり話が始まったから正直頭がついてこないのだが、恐怖症って事は何かを怖がるようになる、って事か?


 ちょっとそれだけだと意味がわからんぞ。


「えっと、それはどういう意味でしょうか?」


「説明不足でしたね。実験として、頂いた血液を動物に経口で投与したのですが、投与された動物が過度に金属から距離を取るようになったようなのです。」


 確かに毒物かもしれないって話だったけどさぁ……だからって、わざわざオレの血で動物実験までしたってのかよ!?


 ……必要な事みたいだから別にいいのだけど、流石にちょっとモニョるんだわ。


 とはいえ、金属に恐怖を覚えるだけだとすると、かなり警戒していた割に効果がショボいな?


「何度か繰り返したようなのですが、同様の結果だったそうで、私達の結論としては特に危険性は無いと判断しました。」


「という事は……」


「はい。今後は館の中であれば、自由に行動して頂いて構いません。……同行者を付けさせて頂けるならばですが城下へ行く事も出来ますので、その際は私にお申し付けください。」


「分かりました。」


 薄々分かってはいた事だけど、危険が無いと改めて確認出来て、これでひと安心だな。


「では、私はこれにて失礼いたします。」


「わざわざ、ありがとうございます。」


「いえいえ、これも私の役目ですから。おっと、その前に少しだけ……〝おい、そこのなりそこない!仕事の進捗はどうだ?〟」


 あん?

 

 なんだ?コイツ、いきなり何を言い出したんだ?


 えっと多分だが、本物……の否定形だから、偽物ってトコかな?


 それと、仕事……?


 多分、仕事の進行度合いを聞かれてるのだろうけど、だとしたら最初の偽物ってなんだろ?


「〝いえ、まだです。〟」


 まだ?


 上司に仕事の進み具合を問われて、アルマは出来てないと答えたのかな?


 仕事、ねぇ?


 ずっとオレと一緒にいるのに、進捗も何もあったものでは無いと思うのだけど……


「〝貴様のような役立たずを有効活用してやろうというのに、こんな出来損ないすら懐柔出来んとはな……〟」


 コイツ今、アルマだけでなくチラッとオレを見ながらも、偽物どうこうと言ったよな?


 何を言ってるのかはまるで判らんが、今の視線には憶えがあるぞ?


「〝申し訳、ありません。〟」


「〝まぁいい。ゴミはゴミ同士がお似合いだ。私の言葉もわからずに呆けているこの無能が相手なら、無愛想な貴様でも役目を果たせるだろうよ!〟……では、用事も済みましたので、これにて失礼いたします。」


「は、はい。」


 ダメだ、全然わかんねぇわ。


 慣用句みたいなのを使われると、まだ聞き取りすらもできねぇや。


 とはいえ、あの野郎が出てった後の表情から見ても、アルマが責められてたのは間違いないな。


 ちなみに、これは少し根拠のあるカンなんだけど、あの野郎オレやアルマを扱き下ろす為に、この場でわざわざ何かを言っていったんじゃないかって思うんだよ。


 だって、アルマとの話の途中で野郎がオレを見た時の目が、いつもオレをバカにしてた連中と同じだったからな。


 それにさ、ここ数日アルマを見てて気付いたのだけどね?


 普段は長袖に隠れてて分かりづらいけど、袖口から時折見える彼女が腕に巻いてる白い布みたいなモノって……アレ、多分包帯だ。


 ……クソ野郎どもが!


 よし!今決めたぞ!


 オレがこの館から逃げる時は、絶対にアルマも連れ出してやる!


 



「マサトさま、と、わたし、と、ちがう!」


 そう、オレが心の中で誓った時だった。


 クレイさんが退室する前から俯いていたアルマが、突然顔を上げて怒鳴り声をあげたのだ。


 びっくりした……


「ど、どうしたの?」


 この子、実はかなり気が短いよね?


「あいつ、みえない、バカにする、よくない!」


 いや……それより、アルマはオレがバカにされたって怒ってたから、その怒りを堪える為に俯いてたのか?


 オレの事、本当に友達だって思ってくれてたんだ……


 って、ん?待てよ?


 見える見えない、って何の話?


「オレは気にしてないよ。それより、見えてないって、何のこと?」


「ちち、は、〝・・・〟いってた。わたし、は、みえる。あいつ、は、ない。」


 うーん?肝心な所が、聞いた事の無い言葉でわかんないな?


 アルマって、如何されましたか?といった仕事で使うような丁寧な言葉は定型文として覚えているけど、所謂雑談になると途端に語彙力が低下するから、何が言いたいのかが分からない時があるんだよ。


 どうも、教育係みたいな人からは丁寧な言葉ばかりを中心に教えられていたらしく、それ以外は他の従者達から学んだようで、本人曰くギリギリで試験のようなモノを通過出来たのだそうだ。


 だから、他のクラスメイトに付いている従者は普通にオレ達と話せるらしい。


 それはさておき今回の話を総合すると、アルマには何かが見えるらしくオレにはそれがある……って事かな?


 ……幽霊だったら泣くぞ。


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