手記39
※一部に流血や、暴力的、もしくは生理的嫌悪感を伴う描写がある場合がございます。
苦手な方はご注意ください
……空を眺めるのなんて、いつ振りだろうな?
確か最後に見上げたのは……もしかしたら、小学生の頃に両親と一緒に行った、ペルセウス座流星群の観察会だったかもしれない。
まぁ、天体イベントが無い限りは、普段意識とかしないから仕方ないか……あんまり、上を見て歩くなんてしないし。
こんな機会でも無ければ、沢山の星々に彩られたこの美しい夜空ですらも、恐らくは見上げはしなかっただろうと考えつつ、オレは芝生の上に寝転び、暫くの間目を閉じる。
そういえば……ツルギさんが、夜空に緑色の川のようなものが見える事があるとか、何とか言っていたっけ?
それが、大いなる流れだって……だったら……だったら、さぁ?
近藤くんとナギさんも、そこにいるのかなぁ……オレにも見えたりなんてしないかな……?
「マサトくん……?」
「ひ、樋口さん!?何で!?」
それなりに時間が経った頃、ふと何日か前に聞いた話を思い出した為、目を開け、再び夜空をボーっと眺め始めたのだが、その内についつい近藤くん達の事を考えたからか視界がボヤけ始めた直後、急に彼女から声を掛けられてしまったので、慌てて目元を拭いつつ起き上がる。
「シャワーを浴びて戻っても居なかったから、心配で探しに来たのだけど……やっぱりね。」
「何が!?」
樋口さんはそれ以上は何も言わず、静かにオレの隣へと腰を下ろす。
強がって言葉を返しはしたものの、涙ぐんでいる場面を見られてしまったオレは、恥ずかしさから思わず視線を逸らしていると、彼女がぽつりぽつりと話始める。
「私が泣くな……なんて言ったから、よね?」
「何の話!?」
「別に、泣く事を否定したつもりはないの……でも、そう捉えたのであれば、ごめんなさい……」
「樋口さん……?」
何だ?やけに声に力が無いような……?
いや?これは、どちらかと言えば思い詰めている……?
「私……私ね……?マサトくんに、どうしても言わなくてはいけないことが……他にも、謝らないといけないことがあるの。」
謝る?謝られるような事をされた覚えはないけれども……?
様子が明らかにおかしい事を不思議に思いながら、オレは僅かに樋口さんへと視線を向ける。
すると、彼女は馬車で見た時と同様、何故か膝を抱えて顔を伏せていた。
「ずっと黙っていたのだけど私、ね?実は、貴方を利用しようとして、近付いたのよ……」
「利用?オレを?」
ヒョロガリだし、体力も樋口さんと比べても無いと言えるから、オレにそんな価値は無いと思うが……?
「……ええ。貴方と丁度此処で出会った日……連日ストーカーに追われていた私は、正直限界だったわ……魔法陣に触れてしまって、力を使う衝動にも合わせて耐えていくうちに、全部を壊してしまおうかと考えてしまっていたぐらいなの。」
「うん……」
それはよく分かるよ。
だって、数日前に此処で話した時と、いい意味で落ち着いている今とでは、明らかに印象が違うもの。
「でもね?そんな中、私は丁度この辺りで貴方達を見てしまった……」
この辺り?
あー……アルマに膝枕してもらった時か……
「正直、羨ましかったわ……のんびりと、穏やかに過ごしている貴方達が、眩しかったのよ……それと同時に、貴方ならきっと……こんな私でも助けてくれるんじゃないかって考えが、浮かんだの……」
「だから、オレに声を掛けたと?」
「そう……何時だったか、転ばされた私に手を差し伸べた貴方なら……きっとって……!そんな浅ましい考えが、自分の中に湧いた事が……私は、恥ずかしい……今だって……」
それは浅ましいとは言わないような?
樋口さんは追い詰められている側の人間なのだから、誰かに助けを求める事は至って普通だと思えるが、生真面目な人だからなぁ……
「だって、貴方達は……そんな私の考えも知らずに……私を、友達だって……心配だって言ってくれるのよ!?私、私……どうしたら……どう貴方達に償ったらいいの!?私の事情に巻き込んで!それで、私はどうしたらいいの!?しかも……あ、挙句には、わ、私……マサトくんのこと……」
「オレが……?オレが、どうかしたの?」
かなり小さな声ではあるものの自分の名前を呼ばれたから問いかけるも、彼女は何度も首を横に振ってから顔は伏せたまま涙声で呟き続けた。
「今朝なんて、何もかもを有耶無耶にしたまま一緒に逃げようかとも考えたわ……でも、きっとそれじゃあ、いつかまた私の事情に巻き込んでしまう……こんな力がある私が側にいたら、必ず迷惑をかけてしまうでしょうね……」
こんな力……?
樋口さんはまさか、アズサさんの話を聞いたから悩んでいたのか?
「なのに……私、貴方やアルマちゃんに何も返せない……だから、一緒になんて居ない方がいいのよ……」
オレ達の力が自身にも作用するなら、あの異常とも呼べる力が樋口さん自身に向いた時、彼女は……?
だからなのか?だから、樋口さんはこんな話を……?
それに、一緒に居ない方がいいって、まさか……
「それだけ、伝えにきたの……ごめんなさい、さようなら……」
オレが思考を巡らせる中、最後に立ち上がりながら別れの言葉を告げると、彼女は足早に立ち去ろうとする。
だが、彼女の様子が尋常ではなかったからか、オレは座った姿勢のまま咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
「……離してよ。」
「離したら、どっかいっちゃうじゃん!」
オレの言葉に、彼女は明後日の方向を向きながら無言になる。
……っぶねぇ!何か様子がおかしいとは思ったんだよ……かなり思い詰めた表情をしていたし、妙な話まで始めるしでさぁ!?
「離して……」
「だから、離さないって!」
誰が離すかよ!
「痛い、離して……」
「緩めたら逃げるでしょ!」
「逃げない……」
「嘘だ!」
だったら、何故腕を引き続けてるの!
「嘘じゃないわ……」
「一昨日、何処にも行くなって言ったよね!?」
「行かないったら……」
「本当に?」
「ええ、本当よ……」
本当に痛いのかやや顔を顰めたので、オレは腕を離すフリをして少しだけ力を緩めようとすると、彼女はそれまで以上に力を込めて掴んだ手を外そうとしてくる。
「やっぱり嘘じゃないか!」
「騙したわね……?」
「お互い様だろ!?」
「……ねぇ?どうして?」
「何!?」
「どうして、貴方達に何も返せない私を……助けようとしてくれるの……?私は貴方を騙していたのよ?」
「そんなん!知るか!オレがキミを助けたいからだ!!他に何か資格が要るってのかよ!?」
細かい理屈とか、友達だからとか、偽善だとか、そんなの全部知らん!助けたいから、助ける!それ以上でも、それ以下でもない!
中々逃げるのをやめようとしない彼女の問いかけに、オレが半ばヤケクソになりながらも返した直後、こちらを向いた彼女は一際大きな涙を溢してから何かを呟くと、ようやく腕を引く力を緩めたので、オレも彼女の腕を離す。
「……あぁ、もう……本当に、手遅れ……だったんだ……」
手遅れ?何の話だろう?
「樋口さんは大人しく、オレやアルマに助けられてりゃいいんだよ。」
自分で言っておいて何だが……そういう意味でなら、確かに手遅れだわな?
オレもアルマも、どちらかと言うと友達にはお節介気味というか……?
……いや、勢いで言ったはいいけど、普段助けられているのはオレの方じゃん。
「……貴方って、本当に……」
「何?」
「何でもないわ。そういう所も、貴方らしいって話よ。」
「オレらしい……?あ、それよりも、さっきのアズサさんの話が本当なら、オレって実は何の力も無いんじゃないの……?樋口さんの勘違いでは?人選間違えてない?」
実感が全く無いのに、オレなんかが高レアなのはおかしいって思ってたんだ。
やはり、力の使い方が分からないのではなく、単純に力が無いだけだよな?
「軽く流したわね……」
「ひ、樋口さん……?」
何か、すっごく不満そうな表情で睨んでるけど……オレ、何かやらかした?
こちらの問いに、不機嫌そうな様子で呟いた後、焦るオレを他所にわざとらしく盛大なため息を漏らしつつも、樋口さんは質問の答えを返してくる。
「まぁ、それは私も気になってはいた部分よ。でも、今も貴方から出るそのモヤのようなモノ……恐らくは、コレがカルマなのだろうけれど、私から見ると他の人とは比較にならない程、沢山溢れ出ているように見えているわ……勿論、柴田くんや近藤くんと比べてもね?だから、勘違いでは無い筈なの。」
……そういえば、似たような事をアルマも言っていたか?
確か、怖いのがいるとかなんとか……なのに、オレには力が無い?
これってどういう事だよ……?
「これは、恐らく……だけ…」
ーーーガシャン
「樋口さん!ちょ、ちょっと待って!?今……」
「ええ。私にも聞こえたわ。」
遠くの方から微かに響いた何かが割れる音に驚き彼女へ確認すると、どうやら樋口さんも気付いたらしく言葉尻を切って館へ振り向きながら、険しい表情をしていた。
「……どうする?」
「かなり遠いようだからストーカーでは無いと思うけれど、行くしかないでしょうね……清水さんの件もあるから、流石に見過ごせない……」
「分かった。急ごう。」
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